即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

棋界における機械の機会

2014年08月03日 14時36分28秒 | 将棋
機械との競争
クリエーター情報なし
日経BP社


もう一年半前に出たので多少タイムリーではないかもしれないけど、アメリカでは大きな反響を呼んだ本がこれです。

なかなか景気がいまひとつ上向きにならない原因、雇用が回復しない要因は、技術の進歩が速すぎることで生じる現象、人間がコンピュータとの競争に負けているからだとしている。

いまやコンピュータの能力は、自動車の運転までこなせるようになっているが、それはまだ序盤戦であり、今後の技術の進化は計り知れないものになっているし、無限の可能性を秘めているようだ。
東大の試験に合格する東ロボ君の開発も進んでいるようだし、少し前までは思いもよらなかったこともコンピュータ化によってどんどん実現してしまっている現実が我々の目の前にある。

『人間固有と思われてきた領域にもどんどん侵食していき、結果として人間はごく一部の知的エリートと、肉体的労働に二極化されるーー。』と指摘されているこの難解な局面において、われわれ人間は、どういう大局観を持って、どう対処していけばいいのだろうか。

このことについては前回も取り上げましたが、風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観るというブログでも、《本当に人間に残る仕事は何だろう/アルゴリズムが全て呑み込む未来》《機械と人間の共生について突き詰めて考えるべき時が来ている》と、この問題についてしっかり考察されています。

さて、チェスが今どうなっているかのことも書かれているので、『機械との競争』の中から少し引用させてもらいます。
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その素晴らしい例をチェスに見ることができる。1997年、人間界最高のチェスの名手であるガルリ・カスパロフはディープブルーに敗れた。ディープブルーは、IBMが1000万ドルを投じて開発さしたスーパーコンピュータで、チェスのための専用プログラムが搭載されている。この大ニュースは全世界で報道されたが、その後の経過にも注目していたのは主にチェスマニアだけだった。そのため大方の人は知らないと思うが、現在世界最強のチェスプレーヤーは、実はコンピュータではないのである。人間でもない。では誰なのか-----コンピュータを使った人間のチームである。
いつもコンピュータが勝つようになって、人間対コンピュータの直接対決が面白くなくなったため、試合は「フリースタイル」が認められることになり、人間とコンピュータがどういう組み合わせで戦ってもよいことになった。近年のフリースタイル・トーナメントでの優勝者は、最高の人間でも最強のコンピュータでもない。カスパロフの説明を紹介しよう。
「優勝者は、アメリカ人のアマチュアプレーヤー二人と三台のコンピュータで編成されたチームだった。二人はコンピュータを操作して学習させる能力に長けており、これが決め手になったと考えられる。対戦相手にはチェスのグランドマスターもいたし、もっと強力なコンピュータを持つチームもいたが、すべて退けた。<中略>《弱い人間+マシン+よりよいプロセス》の組み合わせが、1台の強力なマシンに勝った。さらに驚いたことに、《強い人間+マシン+お粗末なプロセス》の組み合わせをも打ち負かしたのだ。」

このパターンは、チェスだけでなく、経済のどのシーンでも有効である。医療、法律、金融、小売り、製造、そして科学的発見においてさえ、競争に勝つカギはマシンを敵に回すことでなく、味方につけることなのだ。第二章でも述べたように、コンピュータは定型的な処理、反復的な計算、一貫性の維持と言った面では圧倒的に強い。さらに、複雑なコミュニケーションやパターンマッチングと言った面でも急速にレベルアップしている。だがコンピュータには直感も創造性も備わっていない。あらかじめ決められた領域から少しでもはみ出す仕事を命じたら、もうできないのである。幸いなことに、人間はまさにコンピュータが弱いところに強い。したがって、お互いに素晴らしいパートナーになる可能性は十分にある。

このパートナーシップがうまく行けばコンピュータにいいところをすべてさらわれるという心配はあまりなくなるだろう。技術者は、マシンの高速化、小型化、エネルギー効率の改善、低価格化に目覚ましい成果を上げてきた。チェス盤の残り半分を進んでいっても、この傾向は続くに違いない。
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試合は「フリースタイル」が認められて、今一番強いのは、人間でも機械でもなく、人間と機械のチームなのだそうな。
へ~、チェスはそうなってるんですか。知らなかったです。

ルポ 電王戦―人間 vs. コンピュータの真実 (NHK出版新書 436)
クリエーター情報なし
NHK出版

この本の中には、
「チェスの分野では世界チャンピオンがコンピュータに敗れた後も、チェスは相変わらず人気があり、世界チャンピオンは尊敬されている。」と書かれています。

チェスと将棋では背景も文化も違うけれど、僕が一番気になるのは、一生の時間や魂を賭けてやってきたプロのプレーヤーに対するリスペクトの気持ちです。

チェスの世界チャンピオンはコンピュータに負けても、コンピュータよりも弱いことが明らかになっても、今でも当時と変わらないリスペクトの気持ちが持たれているとのことです。

この本の中に出てくる橋本八段の言葉。

『もし出るならば引退を賭けての勝負になる。

棋士としての存在意義を賭けての戦いのはず。

タイトルホルダーが出るのなら対局料は億。』


棋士としてはそこまでの覚悟を持ってやるべきだ、という意見です。
この言葉は重いものがあるし、そういう受け止め方をしている棋士の方も多いのだろうと推測します。

なぜ棋士がコンピュータと戦わなければならないのか?
棋士としての存在意義を賭けてまで戦う必要がなぜあるのか?

チェスだって将棋だって単なるゲームなのだから、強い方が勝つのは当たり前で、別に存在意義とか大げさなことを言わなくてもいいじゃん、という言い分もわかります。

ここまで棋士側がやられてるのだから、タイトル保持者でも出して、人間の強さを見せてほしい、見たい、という今の電王戦の流れもよくわかります。

将棋連盟始まって以来のピンチという渡辺二冠の言葉も含め、汚名挽回、棋士の意地を見せてくれ、という世間の期待も当然あるでしょう。

公衆の面前で逃げたなら、それは男らしくない、卑怯だ。
真っ向から受けて立つべき。
という無言のプレッシャー。

ここは連盟の総合的な判断に任せるしかないです。

開発者としては、強いプロ棋士に勝ちたいと言う気持ちはわからないではない。
でも、勝負に出てきてくれるプロ棋士側の心理とか、プレッシャーとか、に思いを馳せたら、相手をしてください、とか、気軽に胸を貸してください、なんてとてもじゃないけど言えないと思う。
ましてや、将棋の奥深さとかアナログの部分に興味関心があり、そこに流れる歴史や文化、そこに立ち向かう人間への畏敬の念をも含めたらプロ棋士をその場に引っ張り出すことには消極的になるのが普通ではないかと思う。

廃業に追い込まれるかもしれない、とまで棋士に思わせてしまうこと。

この『機械との競争』にも書かれていたように、人間対機械、という対決の図式ではなく、お互い、お互いの良さを引き出して、素晴らしいパートナーになれれば一番いいのだと思う。

こと棋界においても、電王戦を盛り上げて、機械との戦いという面ばかりを浮き立たせるのでなく、将棋という長年続いてきた日本の誇るべき伝統文化に対して、機械がどう貢献できるのかを考えていければいいのではないかと思います。

まさに、棋界における機械の機会

急速な機械の進化とともに棋界全体が着実に発展していくのをしっかりと応援していきたいと思います。



今年の電王戦関連記事はこちら。
<作戦間違い@電王戦>
<その2>
<その3>
<その4>
<その5>
<その6>
<その7>
<その8>
もしも羽生さんよりも数倍強いコンピュータソフトができたら
電王戦その後
羽生さんとコンピュータ将棋
人間に残されたもの
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4 コメント

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プロ棋士、ソフト開発者双方にリスペクトを (アンケイ)
2014-08-04 15:27:44
blogの主の方は将棋ソフトの開発者に対してのリスペクトが欠落しているのではないでしょうか。

将棋ソフトの開発者は暇つぶしの片手間でソフトを開発しているわけではありません。プロ棋士と同じように一生懸命努力しているのです。プロ棋士にと同じようにソフトの開発者もリスペクトされるべきです。

「お互いの良さを引き出して」というのはその通りだと思います。というか現状そうなっていると思います。ソフトはプロ棋士の魅力を引き出し、プロ棋士がソフトの良さを引き出すという状況に。
返信する
さらに、協力、連携体制に (nanapon)
2014-08-04 17:03:16
アンケイさん、こんにちは。
コメント、ありがとうございました。

>blogの主の方は将棋ソフトの開発者に対してのリスペクトが欠落しているのではないでしょうか。

あー、痛いところを突かれました。
もとより棋士が好きで好きで将棋が好きなので観る将棋ファンになってるわけで、自分が文化系ということも相まって、どうしても棋士との比較になるとそうなってしまいます。
他意もないですし、そんなニュアンスが出ているとしたら申し訳ありません。

>将棋ソフトの開発者は暇つぶしの片手間でソフトを開発しているわけではありません。プロ棋士と同じように一生懸命努力しているのです。プロ棋士にと同じようにソフトの開発者もリスペクトされるべきです。

暇つぶしの片手間とも思ってないですし、棋士と同じように血のにじむような努力があってこんなに強いソフトができたのだと思っています。

>「お互いの良さを引き出して」というのはその通りだと思います。というか現状そうなっていると思います。ソフトはプロ棋士の魅力を引き出し、プロ棋士がソフトの良さを引き出すという状況に。

そうですね。開発者側と棋士や棋界の人たちがもっとコミュニケーションしてよりお互いの良さを引き出せるような環境を作っていければいいと思っています。

どうしても棋士側に偏った発言になりがちなので今後ともよろしくお願いします。
返信する
Unknown (ヅラだっちゃ)
2014-08-05 22:02:08
こんにちは。
脇から失礼いたします。

将棋ソフトの開発者に・・・についてですが、ソフト側はいわば後発者である、と私は考えます。

主様は、そういう立場のソフト側から、棋士、将棋に対する敬意があまり感じられないからこそ、ソフト側への敬意も薄くなっている、ということなのではないでしょうか。

アンケイさんの意見は、私からすれば、順序が逆だ、と思ってしまうのです。

ソフトの開発は、棋士が代々必死に編み出した棋譜、定石に依ること大、であったはずですし、そもそもプロ将棋という魅力ある舞台があったからこその功名だろう、と思ってしまうのですよ。
返信する
遅くなってすみません。 (nanapon)
2014-08-12 11:21:09
ヅラだっちゃさん、こんにちは。
すみません、レス遅くなりました。

>将棋ソフトの開発者に・・・についてですが、ソフト側はいわば後発者である、と私は考えます。

はい、それはそうですね。

>主様は、そういう立場のソフト側から、棋士、将棋に対する敬意があまり感じられないからこそ、ソフト側への敬意も薄くなっている、ということなのではないでしょうか。

すみません、この主様って呼び方、お願いですので変えてほしいです。(笑)
鞭でも持ちそうです。

>ソフトの開発は、棋士が代々必死に編み出した棋譜、定石に依ること大、であったはずですし、そもそもプロ将棋という魅力ある舞台があったからこその功名だろう、と思ってしまうのですよ。

そうですよね。
羽生さんを筆頭にリスペクトして余りある棋士がたくさんいます。もし僕がソフト開発の技術を持っていたとしたら、コンピュータ将棋選手権で勝ちたいとは思うけど、羽生さんに勝ちたいとは思わないです。
仮に棋士が受けると言っても、スポンサーがいて電王戦という場ができたとしても、僕が開発者であれば、プロ棋士をやっつけるところは見たくないし、辞退します。
だって、あと3年もしたら羽生さんでも全く歯が立たない実力になるに決まってますし。
返信する

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