年末にはショックなことがありました。
あまりにも大きすぎる存在感でも書きましたが、大好きだった棋士でもありまた大きな影響を与えてくれた人でもありました。
別に面識があるわけでもないのですが、告別式に参列させてもらいました。
実は、大山十五世名人の葬儀の時も自分にとって大きな出来事だったので参列させてもらった思い出があります。
さて、米長永世棋聖は、有名な米長哲学
『自分にとっては消化試合でも、相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす。』だけでなく、その他にも
素晴らしい名言至言を残しました。
[勝者の条件は変えるべきもの、変えてはならないものを区別すること]
【人として、サラリーマンとして、経営者として、変えるべきもの、これだけは変えてはならない普遍的なもの。その区別がつくかが、勝者としての条件なのです。】
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[いまの自分に安心してしまうことは、腐って死んでしまうこと]
【思い切って若者のところへ飛び込み、彼らの若さを学び取る。このときに経験が邪魔をするなんていっていたらダメです。若者の最大の特徴は、不安なのですから。大人は不安要素を回避するあまり、若者をバカにしがちですが、宮本武蔵の『五輪書』を見ても「居つくことは死ぬことなり」とちゃんと書いてあります。いまの自分に安心して居ついてしまうことは、腐って死んでしまうことなのだから、それが嫌なら変化するしかありません。】
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[失敗したときに冷静さを取り戻せるかが運命の分かれ道]
【人間だから一度の過ちは仕方がないことです。一回の悪手に動揺しても、そこで辛抱して冷静さを取り戻せるかどうかがその人の運命を左右します。】
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[時代が変わったら、新しいことを取り入れて変化する必要がある]
【時代は移り変わります。PCを駆使する新人と、鉛筆なめなめ原稿書いてきた古参の記者ではスピード感がまるで違います。そこは新しいことを取り入れて変化しなくてはなりません。】
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[人間は変化できなくなったらもう終わり]
【私が50歳を間近にして、名人位を獲得できたのは、40歳というすでに若くない段階から変化を試みたことへの神様からのご褒美だったと思っています。人間は変化できなくなったらもう終わりです。私自身、変化できなくなったら引退しようと心に決めており、また実際にそうしてきました。】
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[謙虚な気持ちと情熱を持って、若者に教えを請う]
【「若者に教えを請う」と言っても、世の中ギブ&テイクですから、ただ飛び込むだけでは無理があります。若者だって尊大な年寄りが自分たちの中に割って入ってきたのでは嫌がるばかりです。「一緒に研究をする」という謙虚な気持ちと情熱がなければ、若者は去っていきます。これは男と女だって同じことです。尊大な男は嫌がられますが、謙虚さがあって、なおかつ堂々としている男は大いにモテるのです(笑)。】
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[自分が時代遅れになっていないか冷静に分析することが必要]
【これまで勝利してきた得意な手が、どうにも通用しなくなる。要するに時代遅れになっているわけです。どんどん出てくる若手の棋士はピストルの弾丸のようなものです。そこで自分のやり方に固執する、かつての勝者の末路は哀れです。頭でわかっていても行動できない。自分の思い込みや心理状況を冷静に分析することが必要です。】
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[経験や知識はカビる腐る]
【人は日々成長します。10歳のときよりは20歳のときの方が、知識も経験もはるかに増えています。ところが、人生も40年、50年生きていると、あるときふっとその知識や経験にカビが生えていることに気づくわけです。老化とともに体力や思考力が衰えてくるのは致し方ないとしても、本来衰えないはずの経験や知識までもが腐っていることに気づく。それが40歳ごろの私でした。それも悔しいことに、一番腐っているのは自分の十八番の戦法だったりするわけです。】
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[変われなくなったら引退する]
【変える必要もないし、変えられない、あるいは変えるのが億劫だということになったら、そのときは僕が引退するときだ。変えられる間はまだ頑張れる。《覚書き|羽生善治氏に言った言葉》】
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[消化試合でも全力でやれ]
【将棋界には八百長はない。これは日本将棋連盟会長の私が断言する。米長哲学が浸透しているからである。「自分には消化試合であっても、相手にとっては一生を左右するほどの大勝負には全力投球すること。それができない者は、この世界では見放される」。この教えは、小中学生の頃にプロ志望している子どもたちにも、骨の髄まで浸透しきっている。】
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[大相撲八百長事件に対するコメント]
【棋士は、将棋に命を懸けているのである。盤上には神が宿っている。土俵とて同じであろう。勝ちと負けの二つだけを一対一で争うから潔く、神事なのである。その意味で、八百長などは神を冒涜(ぼうとく)する最たる行為だと知るべきだ。7勝7敗の相手と千秋楽で当たったら「必ず勝つ」という信念を、力士たちに徹底してたたき込むことが、一番大切だと信じている。≪覚書き|2011年、大相撲八百長事件に対するコメント≫】
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[遊びは必要不可欠]
【真剣な時間があれば、その反動として遊び呆けるときが必要である。遊びは仕事の影である。】
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米長永世棋聖は将棋連盟の会長としてもいろいろな批判はあったものの、類まれな発想力、行動力で数々の功績を残してきました。
良くも悪くもほぼワンマン体制で進めてきた改革や普及は、これからどうなっていくのだろうか。
あまりにもその存在が大きかったことで、連盟の今後の運営力が停滞してしまわないか、気になるところです。
将棋界に一家言あるお二人は下記のようにブログに書かれています。
英さんの記事、
米長邦雄永世棋聖、逝去。
《会長としての米長邦雄氏。
景気の後退、出版業界の退潮傾向の難局に、道義的なことはともかく名人戦契約で勝負手を放ち、公益社団法人化、新棋戦発足やネット展開も切り開くなど、手腕を発揮した。多少、舵を切り過ぎたところ(女流棋士問題等)もあるが、氏の残した功績は大きい。
各界との人脈も発言力もある米長氏の死去は、将棋界にとって影が差す出来事かもしれない。幸いなことに舵を切っている最中ではなく、舵をほぼ切り終えた段階であったことだ。今後、航路を安定させながら乗り切ってほしい。》
ssayさんの記事、
米長邦雄永世棋聖のご冥福をお祈りします。
《上は総理大臣から日本のあらゆる組織の長に言えることだが、欠点のない人間、360°あらゆる角度から見て完璧な人間などいやしないのだから、リーダーの長所を最大限生かして、短所は下が補佐するということをしていかないと、いつまで経っても、リーダーの揚げ足取りに終始し、結局は何も成果をもたらさないということになってしまう。
日本はとかく、リーダーに完璧を求めすぎるし、リーダーの側も自らの欠点を素直に認識しないケースが多い。
話がそれてしまったが、米長会長も、いい面、悪い面と、全てを素直に出しすぎたような気がする。
そこがまた、米長さんらしいと言えば、らしいのだが。》
谷川浩司専務理事、新会長に
ずいぶん前から後継指名されていて、実質的には徐々に役割をシフトされて谷川九段が新会長になり、当面は敷かれたレールの上を実直に進むのだろうと思います。
12月28日(金)付読売新聞の編集手帳にもこう書かれていました。
【“谷川びいき”に傾くつもりでいる。
日本将棋連盟の新会長に谷川浩司さん(50)が就任した。
誰もがうなずく人事とはいえ、脂の乗り切った指し盛りの年齢で会長職に時間を取られるのは気の毒でもある。
とくに誰を応援するでもなく、新聞の将棋欄で各棋戦を楽しんできた。
これからはほんの気持ちばかり、“谷川びいき”に傾くつもりでいる。】
前任者が前任者だったこともあり、谷川新会長は現役A級棋士でもあるわけで、その負担は限りなく大きいに違いないです。
ということで不安なあまり連盟の今後の運営について勝手に思うこと、願うこと。
1.谷川新会長の負担を減らす新体制作り。
米長前会長、谷川新会長は、当然ながらその考え方、力量、性格など全くと言っていいほど違うわけなので、トップがすべてに采配を振るう強いリーダーシップの体制ではなく、今までとは全然違う組織にする必要があるのではと思う。
一人の強いリーダーが引っ張ってきた時代から、集団指導体制、全員経営参画体制の時代に。
今までよりももっと多くの棋士が参画し、さらに外部の力ももっと活用し、役割、責任を分担できるような組織体を作り、それぞれのセクションが他のセクションと連携しつつどんどんスピーディーに推進できるような体制。
とりわけ懸念されるのは発信力。
マスメディアに出ることも含め、twitterやHP、出版など、積極的に将棋のPRをし、羽生さんと二人三脚で将棋の広告塔になっていた前会長の伝える力。
この部分を誰が主体的にどうやっていくのか、いけるのか、ちょっと心配です。
2.基本は今までの路線を踏襲するものの、米長前会長の路線とは違う新たな指針を示すこと。
米長前会長の抜けた穴を皆で埋める、という発想でなく、今までとは別の新たな方向、目標を作るべきです。
6月の理事会でのことになるのでしょうけど、新体制がより一体になれるような新たな指針を示せたらと思います。
ここは理事会だけでなく、一般棋士や外部協力者も含めて将棋の理想的な未来予想図を作り上げること。今まで会長とはそりが合わなくて協力できなかった人もいると思いますし、若手の意見もどんどん吸い上げるべきだと思います。外部も含め広くいろいろな意見も聞き、関係者が自分事として斬新な意見を出し、言いだしっぺがやるくらいの自主性も含め、前会長が築いてくれた土台の上に家を建て、花を咲かせる努力を全員でしないと改革のスピードはダウンしていくのではと懸念されます。
それなりに活躍したネームバリューのある棋士しか重要なポストにつけないイメージがありますが、野球の栗山さんとかサッカーの中西さんのように知見や情熱のある人をもっと登用することも大切なことだと思います。
話は違うけど、先日『FOOT×BRAIN』というサッカー番組でセルジオ越後さんのなかなか印象的な言葉がありました。
「組織は美しいエンジン。日本サッカーはエンジン。一人一人が大切な役割を持つ部品。」
監督をしないのか、したくないのか、と聞かれたセルジオさんが、自分は監督でなく、サッカーの普及とかマスコミでの提言とか、エンジンの一部品として自分らしい役割をきちんと果たしていって日本サッカーが発展するために力を尽くしたいと言っていました。
選手も、監督も、協会も、メディアも、サポーターも、一人一人が自分のできる最大限の貢献の仕方を考え、それぞれの役割を果たしてエンジンを回していく。
その推進力が相乗効果を発揮し、高性能、最大馬力のエンジンになり、さらに加速していく。
2013年、僕らが愛する将棋が、そして将棋界が、もっともっと輝きを増すことを切に願っています。