昭和ひとケタ樺太生まれ

70代の「じゃこしか(麝香鹿)爺さん」が日々の雑感や思い出話をマイペースで綴ります。

新釧路川の遊歩道にて

2007-06-17 20:45:30 | じゃこしか爺さんの見て歩る記
 先日この地方で珍しく20度を超えた日のウォーキングは、川風で少しでも凌ぎやすいだろうと、久しぶりに河畔の遊歩道に出掛けた。
 夕方のニュースで知ったのだが、昼間の最高気温は今年初めて21度を記録したという。またこの日わずか30キロと離れていない内陸部では、まさに真夏日ともいえる29・6度までにもなったとの事だった。

 さてこの河畔道路のことなのだが、自然にできた川でなくて治水のために造られた人工河川なのです。
屈斜路湖を水源として広大な釧路湿原を蛇行する釧路川は、かなりの暴れん坊河川だったらしい。
 古くは明治・大正時代、当時支流であった阿寒川とともに、市内の海岸部一帯を水びたしにしていたとのことで、特に大正9年に起きた大洪水は釧路市街地を襲い、多くの死傷者が出るほどの甚大な被害を与えたということだった。
 その後水系分離の治水工事がおこなわれて、釧路川と新釧路川に二本化されるにいたったのです。
 延長10キロ余の直線に掘削された人工河川の新釧路川は、広い河川敷を持つ一級河川として登録されており、そこには遊歩道はもちろん野球・サッカー・パークゴル場などが完備されていて、多くの地域住民に喜ばれております。
 しかし工事は未曾有の難工事だったようで、完成までには10数年間もかかり、その間工事にたずさわった多くの囚人が犠牲になっています。

 今日も遊歩道には、犬の散歩や幼児連れの母親が見られ、いつも見かけるウォーキング中の老人たちがいます。また二面あるパークゴルフ場では、華やかなゴルフウェアの老人男女たちで溢れています。

 なお釧路川治水記念碑が、この遊歩道の一画に建立されてあり、時おりここを通るたびに記念碑を見上げ、かつての大洪水と難工事に想いをはせるのです。
 若し記憶違いでなければ、以前観たことのあるポ―ラ―名作劇場のテレビドラマ「アンラコロの歌」のなかでで描かれていたのは、大正9年に起きた釧路の
大洪水だったのです。

治水のため人工河川の完成を記念した建てられた記念碑

遊歩道に沿って今がさかりのヨドガワツツジ

若奥さんのお供をしていたラブラドールの「マリンちゃん」
プライバシーのため写すのはワンちゃんだけ!

アヤメ?ハナショウブ?ヒオウギアヤメ?ひっそりと咲いていた

パークゴルフ場の片隅で咲くハルザキヤマガラシの一株