記憶の総体は生き物であって、
絶えず個々の成分の比重を変えている。
現在に生きることが過去の重みを変える。
──中井久夫『徴候・記憶・外傷』115
要請でも倫理でも命令でも当為でもない
だれもが自然にそうだと思えるように
みずからの作為と気配を消し去るように記される
やさしい心だけが誂えるやさしいことばがある
そして、そのことばにはふさわしい作法と用法がある
第一には、おのれへ向けて
第二に、かなしい傍らのひとへ
第三に、それを必要とする未知のひとへ
『ファムレウタ』 子守唄 ★ 夏川りみ (youtube.com)
まなざしが交叉して
なにかが壊れ
なにかが点火する
情動の高波に耐えきれずに
結界は破られる
「ああ」
明滅するシグナルとシグナレス
誤読を許さない意味が溶けている
愛なのか憎悪なのか
正体をたしかめるまえに
心臓の拍動は同じ強度を刻んでいく
この作動に恣意はとどかない
求めることにおいて
求めないことにおいて
事後の算段が及ばない
はるか先へ駆けている
エネルギーの凝集において
すべては等しく感化にほかならなかった
いまを照らすものが
希望なのか絶望なのか
気づくよりはやく
たしかめるよりはやく
願っても願わなくても
新たな結界は開かれていく
愛を決断して愛することはできない
憎悪を企画して憎悪することはできない
善人ぶろうが悪人ぶろうが
知ったかぶろうが何だろうが
悲嘆し、むせび泣き、途方に暮れる心にも
歓喜し、沸き立ち、自尊にのぼせた心にも
一切の結語をほどくように世界は更新され
かならず新しい朝と夜は迎えにやって来る
