ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

1982 ふるさとに寄せる唱歌

2007-09-05 | Weblog


すりかえられた物語の愛撫に襲われないために
希釈された世界の対立に慰められないために

事件がはじまるときに告げるものがあった

 濁った風が吹くとき
 予感された純潔を消せ

 集められた廃疾の物語をまえに
 未来を語るな



悦びが悲しみに担われないときに
こころがまだおまえじしんであるときに
おまえが加担してしまう未来は
即自に凍りついている

おまえはモノのように手続きを踏んで
慰められるために
慰めのコトバを配布する

決裂がおそろしいとき
解体されるおまえの姿がある

みつめられるじぶんを感じるとき
かすめとられたおまえの姿がある

街に光が満ちて
だれかがおまえを呼んでいる

配布されたコトバをたしかめるために
だれかがおまえを脅迫しているのかもしれない



くらい夢遊病者の善意と妄想が
ゴツゴツした地べたを苦く嘗めている

しじまに漂う追憶の天使たち
黄昏にうまれ
暁に死ぬと定ったイノチたち

儚い夢に濡れ
星をデッサンするこころ

いっさいが許されたとおもわれるような夕べ
寛容と祝福に満ちた台所に
無数の幸福が眠っているのか



嘆きが霧のように部屋を占領し
おまえの白い手がふるえだし
こころをしめつける暗い影がうごきだすとき

風景を凝固させる
カンテンのような戒律が
どこかでほくそ笑んでいないか

閉じ込められた壁からはみだした
おまえの白い指から
透きとおる涙がこぼれていないか



街の灯りに誘われて歩きだした者の飢渇が
ネオンサインの冗談にからかわれている

ここにくればこころが解き放たれる
とはいったい何か

おまえは僕を知らず
僕はおまえを知らず
ただからかわれた記憶と現実に
憎しみをとおして結ばれるだけだ

それがふたりをどこへ導いていくのか

亀裂を過激に開いてみせるものかもしれない
ひとびとを不当にはずかしめ
不幸を肥大させるかもしれない憎悪は
風景の片隅でしずかに
窒息させなくてはならないのか
その儀式はひとびとの寛容に看取られなくてはならないのか

そうして息を殺して
祖霊たちが謡いつづけた
忍辱の民謡に涙を流すのでなくてはならないのか



田園にはまるまるとした雲が流れ
午睡のオジたちやオバたちが
握り飯とタクアンで腹を満たした畦道に
白い蝶が舞い

川遊びの子どもたちの声が
大地の精霊であり
山端の向こうに描かれた
欠伸の出るような偉大な神話が
血族と村びとの真実であり
清みきった青空と大地をむすんで
〈色の欠けた虹の橋〉が
透明な陰影をつくった故郷で

おまえは風景に埋め込まれた重力に
あたたかくこころをゆだね
老婆に引かれた子牛のように
幼い時間のすべてが
そこから乳を吸ったのか



みいだされなかった不幸が幸福なら
薄められた対立が平和なら
故郷の夕暮れは
忘却の愛撫に深く抱かれている

意味のわからない民謡に
いっさいが委ねられるように
賄いの台所から湯気が立ちのぼり

星々のきらめきに祝福されるように
木々にとばりが落ち

子どものおまえは小さな膝に傷をつけて
涙をぬぐってもらうために
泣かされた相手の素性を語るために
いつでもここに帰ってくるのだろうか



不幸がおまえと仲間に共有されるとき
物語はほどよい安堵を
パブのカウンターか
あるいは湿ったテーブルの上に突き出しているのか

それとも透きとおるような屈辱と慈愛が
薄暗い室内にはりつめているのか

遠くを見やるそのまなざしが
孤独の形態なら
そのまなざしは世界を
心臓深く刺し貫くものであるのか

それとも太古への追憶とともに
忍辱の民謡はかならずここに
訪れているのでなくてはならないのか

おまえの古代をなつかしむこころが
おまえの事件をなかったことにするかもしれない

無償の饒舌に担われたあらゆるコムパは
そのことを望んでいるのかもしれなかった



訣別がおまえに憎悪をおくり
そのやさしげな裏切りで
こころを満たしたそれは

かなしみに満ちたせつなさで
おまえにおくられた憎悪をふさぐそれは
化石するおまえを嘲笑するものであるのか

おまえのまえには依然として先達があるのか
そのことはおまえを悦ばせない
なるほどと何度もうなずきながら
唇はそこに向かわない

天候をわかたず天を染め抜いて
挑発しつづけるものがたしかにあり

疑問符を冗談のように見せつけながら
不可能はその正体を現わしていたのか

冷酷な朝が沈黙を堰きとめるとき
おまえは過去を並べて廃疾のいまを蝕ませる

そのときおまえはたしかに
みずからを供犠へと捧げていた

振りかえるそぶりが満ちて
なにかが失われつつある
温愛に満ちて訣別が手招きしている



草の息がひそむ場所は神聖だ
湿ったイノチの戦慄は終らない

おまえの心臓がそこにあり
おまえの季節への感情は
絶望のように輝く

悲しみを供犠するひとびとのために
おまえはおまえだけの勇気にになわれ
そこに滅びていく者のひとりとして
出ていかなくてはならなかった

そこは誰も知らない
知らされないその土地は
おまえの彷徨が導く場所に限られている

じぶんがここにあるということ
それだけのために
おまえの言葉ははじまっている

風景ははじめから
おまえと和解しなかったから
おまえは風景の知らない影にしめつけられている

おまえはおまえの不幸に祝福され
風景に傷を入れるために街に入る

そこでおまえは
永遠に訣別を知らない者にならなければならなかった

それは訣別によって盗まれつづけるものを
何度でも奪いつづけることを意味していた

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