「ノスタルジー的に求められるものは、結局は社会全体が切り崩してきたものでしょ」
「自覚的だったかどうかは別にして、それらの否定の上に今があるよね」
「精一杯頑張ったその結果に直面して、愕然としているというね」
「結果ノーグッド」
「そこには自業自得的な歴史の積み重ねがあるわけでしょ」
「みんな海山や田舎より、アーバンライフの洗練を目指した」
「渋々か、それとも嬉々としてか」
「その両方あったかもしれない。だけど未来への期待は漠然とでも想定されていた」
「だから思い入れたっぷりに昔を懐かしむ光景というのは滑稽かもね」
「懐かしがっても何も変わらない。しかし、一時のガス抜きには使える」
「少なくともその残照を享受する喜びは捨てがたい」
「ただ現状は手つかずのままだ」
「そこで出てきたのが、美しいというキーワードですか」
「滑稽さに見合った言葉だね」
「そこにどんな意図があるのかな?」
「ノスタルジー的ニーズをくすぐることで結集を図る」
「何のために?」
「美しい国づくりでしょ」
「裏には、いまの社会はなんかヘンという感覚がある」
「ただ誰もそのヘンさをきれいに整理して説明できないから、受け皿として情緒的なツールが開発される」
「抑うつ感やら義憤やらもあるけど、焦点化できる明確な敵がみえないということかな」
「そこで社会的なゴミを一掃することでスッキリしたいということでしょ」
「国民的なゴミ掃除だ」
「だから条件として一応ゴミを特定しておく必要もある」
「敵?」
「うん。どこかに本当にダメで害虫のようなヤツがいて、そういう存在は矯正したり排除する必要がある。そうだそうだという感覚が雰囲気的に醸成されていく」
「同時に正当性とか正常性も保証される」
「心理的なチューニングが行われるということね」
「一方では法文に古典的な文句を書き込んで強制力をもたせようというバカも出てくる」
「古式ゆかしきご託宣だ」
「本人の言動をみればお里が知れるというヤツばかりでしょ」
「託宣だけならいいけど、私情や権益と結びついてナントカの刃物的に乱用される可能性もある」
「誰もが認める本当の害虫がみつかればいいけどね」
「めぐりめぐってそれが本人の足許を切り崩す可能性だってある」
「どこかにヘンなヤツがいるだろうと思っていたら、自分にお鉢が回ってきてびっくりっていうね」
「そうした見通しについてはほとんど無意識でしょ」
「そう思う。愚かだと思うけど、現実は少なからずそれで動いていく」
「社会そのものの自傷行為か」
「極論的にいえば、全体主義的的リストカット、あるいはナショナルな集団自殺」
「それはすでに歴史的に実験済みだよな」
「しかし広い意味では、誰もそういう誘惑から完全には逃げられないのかもしれない」
「その背景には劇的な環境の変化があるでしょ」
「日々の回転速度はすざまじい」
「熾烈な生存競争とそこで淘汰される恐怖。下りようとしても逃げ込める場所がない」
「それは世界サイズに拡大している」
「一言でいえばオプションのなさね」
「そういうものが回帰幻想の大量発生と結びついているじゃないか」
「怪奇現象ね」
「ないものネダリだけど理由はちゃんとあるわけだ」
「薄々わかってもいる」
「一方の日常は適応課題にあふれていて、もう一杯一杯」
「露骨に蹴落としてでもということはないけど、他人のことを考える余裕はない」
「むしろマジメな善人ばかりでしょ」
「そうした息苦しさが、現在の一応の平和や快適さを基底で支えてもいる」
「どんな平和だろ?」
「まあまあでボチボチということですか」
「システムが無難に回転する限り、ボチボチはキープできて安心ということはある」
「主観的には欲をかかず今の平穏を維持できればいいというね」
「あくせく働かずに左ウチワで暮らせたらもっといい」
「いいね」
「しかし苦役のような仕事は少なからずある」
「全体としてみれば切迫感が覆っているでしょ」
「知的技術的な上昇圧力にはすごいものがある」
「日々アップデートを強いられている」
「達成地点はすぐに乗り越えられて次々に新たな課題が浮上する」
「その動機が自分から発するものならいいけどさ、主体的な動機をもちようがない状況がある」
「アップデートの要請はいつも外からくるわけだ」
「主体の意志決定に先行してやってくる」
「オート待ちズム?」
「笑えない」
「外からというより、むしろ外そのものが内面化されている」
「動機が?」
「うん。自分であって自分でないというか。外部が身体的に組み込まれているというか」
「マシン化され自動化しているということ?」
「ある意味ではそう」
「そうするとどうしても鈍るよね」
「何が?」
「適応課題以外のものへの感度が」
「例えば?」
「異質な感受性や価値観、生活、環境、あるいは可能性としての自分のオプションとか」
「でもさ、昔の人間より知的だし情報ももっているでしょ。考える能力も幅もあり、センスもいい。集団を組織するノウハウもあったりする。ちがう?」
「確かに」
「昔のノリと今のノリを比べると、ずっとソフィストケイトされているとは思う」
「単純にそこだけ比較すればね」
「ただ、昔のほうが主体的だったとはいえないけど、今より充溢してたでしょ」
「喜びも苦しみもね。例えば、スキヤキを腹いっぱい食いたいとか皆思っていたらしい」
「同じスキヤキでも、昔のほうが格段に旨かったかもね」
「いまは分裂してるというか、拡散してるというか、全体に体温がヌルいとはいえるでしょ」
「人格システムとしての統合度がちがう?」
「課題を与えられればそれがプラスに働くけど、何かコアがない」
「そうね。主体としての思考や感受性は常にアイドリング状態にある」
「浮遊感か」
「確かに学習能力も高くてそのためのツールもふんだんにあるけど、簡単に言っちゃえば生き方の決済が外部化している」
「クラッチはいつも外から入る感じ?」
「それは不幸なことでしょ」
「一概にそうともいえない」
「なぜ?」
「全体の最適化の面から考えると自己選択よりマシな場合もあったりする」
「主体を委譲することが逆に心地いいとか?」
「苦役的側面もあるけど、一方でそれが出力する快適な暮らしというものは捨てがたい。トレードオフ的な関係だけど、快適面でたくさんお釣がくる」
「というか、まさにそうする以外の選択がないということでしょ」
「スキヤキが夢にまで出ることはない、という幸せかあるいは不幸か」
「もう一つは、そもそも回復すべき主体があるのか、それとも最初からそんなものはなかったのかどうか。わからないでしょ」
「かもね」
「しかもオプションとして何かが簡単に見つかるとも思えない」
「ボトムが消えたことが大きいのかも」
「やはり新しいパンツが必要ですか?」
(続)
「自覚的だったかどうかは別にして、それらの否定の上に今があるよね」
「精一杯頑張ったその結果に直面して、愕然としているというね」
「結果ノーグッド」
「そこには自業自得的な歴史の積み重ねがあるわけでしょ」
「みんな海山や田舎より、アーバンライフの洗練を目指した」
「渋々か、それとも嬉々としてか」
「その両方あったかもしれない。だけど未来への期待は漠然とでも想定されていた」
「だから思い入れたっぷりに昔を懐かしむ光景というのは滑稽かもね」
「懐かしがっても何も変わらない。しかし、一時のガス抜きには使える」
「少なくともその残照を享受する喜びは捨てがたい」
「ただ現状は手つかずのままだ」
「そこで出てきたのが、美しいというキーワードですか」
「滑稽さに見合った言葉だね」
「そこにどんな意図があるのかな?」
「ノスタルジー的ニーズをくすぐることで結集を図る」
「何のために?」
「美しい国づくりでしょ」
「裏には、いまの社会はなんかヘンという感覚がある」
「ただ誰もそのヘンさをきれいに整理して説明できないから、受け皿として情緒的なツールが開発される」
「抑うつ感やら義憤やらもあるけど、焦点化できる明確な敵がみえないということかな」
「そこで社会的なゴミを一掃することでスッキリしたいということでしょ」
「国民的なゴミ掃除だ」
「だから条件として一応ゴミを特定しておく必要もある」
「敵?」
「うん。どこかに本当にダメで害虫のようなヤツがいて、そういう存在は矯正したり排除する必要がある。そうだそうだという感覚が雰囲気的に醸成されていく」
「同時に正当性とか正常性も保証される」
「心理的なチューニングが行われるということね」
「一方では法文に古典的な文句を書き込んで強制力をもたせようというバカも出てくる」
「古式ゆかしきご託宣だ」
「本人の言動をみればお里が知れるというヤツばかりでしょ」
「託宣だけならいいけど、私情や権益と結びついてナントカの刃物的に乱用される可能性もある」
「誰もが認める本当の害虫がみつかればいいけどね」
「めぐりめぐってそれが本人の足許を切り崩す可能性だってある」
「どこかにヘンなヤツがいるだろうと思っていたら、自分にお鉢が回ってきてびっくりっていうね」
「そうした見通しについてはほとんど無意識でしょ」
「そう思う。愚かだと思うけど、現実は少なからずそれで動いていく」
「社会そのものの自傷行為か」
「極論的にいえば、全体主義的的リストカット、あるいはナショナルな集団自殺」
「それはすでに歴史的に実験済みだよな」
「しかし広い意味では、誰もそういう誘惑から完全には逃げられないのかもしれない」
「その背景には劇的な環境の変化があるでしょ」
「日々の回転速度はすざまじい」
「熾烈な生存競争とそこで淘汰される恐怖。下りようとしても逃げ込める場所がない」
「それは世界サイズに拡大している」
「一言でいえばオプションのなさね」
「そういうものが回帰幻想の大量発生と結びついているじゃないか」
「怪奇現象ね」
「ないものネダリだけど理由はちゃんとあるわけだ」
「薄々わかってもいる」
「一方の日常は適応課題にあふれていて、もう一杯一杯」
「露骨に蹴落としてでもということはないけど、他人のことを考える余裕はない」
「むしろマジメな善人ばかりでしょ」
「そうした息苦しさが、現在の一応の平和や快適さを基底で支えてもいる」
「どんな平和だろ?」
「まあまあでボチボチということですか」
「システムが無難に回転する限り、ボチボチはキープできて安心ということはある」
「主観的には欲をかかず今の平穏を維持できればいいというね」
「あくせく働かずに左ウチワで暮らせたらもっといい」
「いいね」
「しかし苦役のような仕事は少なからずある」
「全体としてみれば切迫感が覆っているでしょ」
「知的技術的な上昇圧力にはすごいものがある」
「日々アップデートを強いられている」
「達成地点はすぐに乗り越えられて次々に新たな課題が浮上する」
「その動機が自分から発するものならいいけどさ、主体的な動機をもちようがない状況がある」
「アップデートの要請はいつも外からくるわけだ」
「主体の意志決定に先行してやってくる」
「オート待ちズム?」
「笑えない」
「外からというより、むしろ外そのものが内面化されている」
「動機が?」
「うん。自分であって自分でないというか。外部が身体的に組み込まれているというか」
「マシン化され自動化しているということ?」
「ある意味ではそう」
「そうするとどうしても鈍るよね」
「何が?」
「適応課題以外のものへの感度が」
「例えば?」
「異質な感受性や価値観、生活、環境、あるいは可能性としての自分のオプションとか」
「でもさ、昔の人間より知的だし情報ももっているでしょ。考える能力も幅もあり、センスもいい。集団を組織するノウハウもあったりする。ちがう?」
「確かに」
「昔のノリと今のノリを比べると、ずっとソフィストケイトされているとは思う」
「単純にそこだけ比較すればね」
「ただ、昔のほうが主体的だったとはいえないけど、今より充溢してたでしょ」
「喜びも苦しみもね。例えば、スキヤキを腹いっぱい食いたいとか皆思っていたらしい」
「同じスキヤキでも、昔のほうが格段に旨かったかもね」
「いまは分裂してるというか、拡散してるというか、全体に体温がヌルいとはいえるでしょ」
「人格システムとしての統合度がちがう?」
「課題を与えられればそれがプラスに働くけど、何かコアがない」
「そうね。主体としての思考や感受性は常にアイドリング状態にある」
「浮遊感か」
「確かに学習能力も高くてそのためのツールもふんだんにあるけど、簡単に言っちゃえば生き方の決済が外部化している」
「クラッチはいつも外から入る感じ?」
「それは不幸なことでしょ」
「一概にそうともいえない」
「なぜ?」
「全体の最適化の面から考えると自己選択よりマシな場合もあったりする」
「主体を委譲することが逆に心地いいとか?」
「苦役的側面もあるけど、一方でそれが出力する快適な暮らしというものは捨てがたい。トレードオフ的な関係だけど、快適面でたくさんお釣がくる」
「というか、まさにそうする以外の選択がないということでしょ」
「スキヤキが夢にまで出ることはない、という幸せかあるいは不幸か」
「もう一つは、そもそも回復すべき主体があるのか、それとも最初からそんなものはなかったのかどうか。わからないでしょ」
「かもね」
「しかもオプションとして何かが簡単に見つかるとも思えない」
「ボトムが消えたことが大きいのかも」
「やはり新しいパンツが必要ですか?」
(続)