みずからの経験が失われてしまわないように、
心は言葉という公理系の外にくちびるを向ける──
エリアX。それが何かは本当はわからない。
オレたちがほんとうに望んだものを見ることはできないけれど、
望んだものから遠ざかっていくという
空を切るようなオレたちの〈経験〉はいまも鮮やかだ
聴かれないかぎり、奏でられない音楽がある
聴かれないかぎり、永遠に顕現しない無音の旋律がある
〝非知の音楽〟は永遠に顕現しないかもしれない
しかしソレをめがけるオレたちの経験のモードは
永遠に失われることはないだろう
公理系の生成。
それは永遠に顕現しないものに対する試行
オレたちの総がかりの試行の結果でもある
一つの公理系がオレたちの経験を滅ぼすものあるとき
エリアXはオレたちに「戦士」であることを要請する
*
いま、透明な神殿を戴くエリアXには
猛烈な解体の嵐が吹き荒んでいる
神殿を取り巻く有象無象は祭司や神民として連なり
巨大な伽藍の運営にあらん限りの精励を尽くす
酷薄な眩惑と誘引に満ちたその大伽藍が
絶滅のエロスに輝くオレたちの故郷だ
*
変わりゆく空の下で
どんな残照も消し去るように
解体の嵐は巨大な渦巻きとなって
最後の光芒へ向かって日々拡大している
神殿の更新スピードは加速し
オレたちが記憶し制御する速度を陵駕しながら
新たなコードがぞくぞくと名乗りを上げていく
神民においては無意識へと撤退することは許されない
どんな苛酷に出会っても
どんな陶酔に出会っても
ただ、強いられた覚醒を生きることができるだけである
*
キミには信じられないかもしれないが
オレたちはみずから望んで表層を疾走し
われにもあらず深層には寂滅の光景を広げている
抱かれた希望や夢や善意は
惑星を一周めぐると悪夢に変わっているかもしれない
求められた平安や礼節が殺戮や拷問を準備することもある
理想がたどる道は絶滅へ通じているかもしれない
もっと遠くへとまなざしを凝らしたオレたちは
地上の幸福を酷薄に見捨てる可能性もあった
*
めざすべき達成はいつも眼前にぶら下がり
それが本当に望まれたものかどうかはわからないが
神殿を埋め尽した果実たちは
永遠の憧れにも等しくオレたちを眩惑し続けている
加担することなく加担し
悪意することなく悪意し
共犯することなく共犯し
一切は推定無罪の裁定において
善き心の蝟集とその帰結において
絶滅への驀走を暗示している
*
巨大な渦巻きはすでに最後の光芒に放つように
オレたちの街の風景を煉獄として照らし出し
エリアXは限界をこえた煩悶に身を捩っている
状況は想像を絶しているが
零れる闇の正体は不明だが
すべては必然の途上にあるように嵐は拡大している
*
オレたちが生息する惑星において
どの時代も生存の厳しさは等しく人間を包むが
苦悩と慰安はいつも破格のバリエーションにおいて現われる
オレたちの経験は感慨を結ぶ前にゴミ化し
燃えるものと燃えないものに分別される前に
正体の知れない回収車に投げ入れられる
むごたらしくも懐かしい記憶は寂滅に染まり
あの空を満たした感情は虫の息のまま焼かれていくが
速やかに酩酊とエクスタシーが接続される
風景は鮮やかにクリーンアップされ
ただ、オレたちの生存を祝福するように
祝祭のトランスだけが持続していく
*
エリアXとは何か
オレたちの勇気と悲しみと孤独を駆動した
一度も語られたことのない最後の圏域だ
*
キミには見えないかもしれないが
なにもないあの空の下には神がいる
君臨する神は仮称的にMと呼ばれる
Mは命令しない
威圧も脅迫も教唆もない
ウルトラの戒律において
ただ、決済する
腕を捩じ上げる理不尽な暴力も
忍従を強いる地獄のエージェントも存在しない
ただ、自動化された神民の精励が持続しているだけだ
*
「どこかにあると信じていた?」
*
いつからかオレたちの儚い夢は
巨大なMの視覚の中心に向かって吸い込まれ
粉砕され 原形を失い 攪拌されながら
次なる再結合のマテリアルへと変換されていく
至るところにうず高く積まれた瓦礫は
新たな生成の回路へ向けて待機の状態に入っていく
この循環のスピードは猛烈に加速している
順番を待つ瓦礫は数え切れないから
渦巻きが回転するための調達コストは限りなくゼロに近い
滅ぼす力は同時に生成の栄光を讃えられ
みずからとみずからに関係する数多の血族に対する
蹂躙と殲滅の軌跡が同時に希望へと接続される
汲みつくせない希望の泉はどこか
オレたちの絶望や辛苦はあの空の向こう側で
永遠に正体を現わさないMへの憧れに変換されていく
*
Mの戒律は神民の日常にくまなく遍在し
戒律することなく戒律し
断罪することなく断罪しながら
Mの大御心の太っ腹の裁定において
一切はなかったことにされて不問に付される
周到に準備された世界創出のイメージがあるわけではない
回帰すべき過去が祭壇を飾るわけでもない
ただ、内部調達されたエネルギーが前方へと直列されていく
妙なる媚薬は惜しみなく伽藍に振り撒かれ
猛烈な解体と再結合の目のくらむような循環のサイクルが
絶滅のオーガズムめがけて驀進していく
背信と異端と瀆神に向かっては
容赦なく排除と駆除のメカニズムが作動し
速やかにリサイクルの方策が手当てされる
*
「いま、キミはどこにいるのだろう」
*
なにもない空の向こうに心は深く交わり
赤く染まる時間を悲しく受け入れながら
オレたちは投げる言葉をもたなかった
オレたちが感慨を結ぶより先に季節は移ろい
流れる雲はいつの間にかオレたちを追い抜いていった
*
定位された日常のプログラムの進行は厳格である
厳格であるが柔軟である
柔軟であるが酷薄である
オレたちはいつも吹きさらしの中で
指定されたやすらいの場所でやすらい
指定された方法で疲れた情動を慰撫する
自動化された祭司と神民の生活は決して外部を教えない
Mの準則に殉じる神臣という自覚もなく
神殿の巨大な伽藍の内側で虫のような生涯を閉じていく
*
神意は偉大である
オレたちのエネルギーの回路は制御されるが
それは明示された託宣に従うからではない
神意はただ忖度され、ただ自発の従属が調達される
神殿を埋め尽くす万能の媚薬は霧となり
普遍の駆動装置と慰安装置が同時に作動させている
神殿に連なることごとくは
Mの決済へ向けて組織され
強制された覚醒の最大化を促すように
決済のオノは打ち下ろされ
オレたちは新たな物神の創出へ向けて蝟集していく
*
かくしてエリアXは惑星の運航に従うがごとく
限りなく物理に接近し
惑星の四季は大御心のままに
生誕から消滅へ向かう営為の一切が
システム化されたエネルギーの波動に准じていく
惑星を貫通する神殿の力動においては
滅ぼすチカラも生かすチカラも巨大である
あらゆる現象はリミッターを振り切り
偉大さもバカさ加減も度をこえて増幅される
増幅メカニズムにおいて
理想化された生存のカタチは不在だが
逸脱のボーダーだけは確定されている
Mの裁定に黙示の時は示されないが
そして最後の時は永遠にやってこないが
最後の時はいつかどこかで
オレたちの永遠の憧れへと転位するかもしれなかった
神殿に刻まれた準則はシンプルである
──無からは有は生じない──
*
聴かれないかぎり、奏でられない音楽がある
聴かれないかぎり、永遠に奏でられない無音の旋律がある
〝非知の経験〟とともに歩むときだけ
オレたちの生は色めきたち、この空に透明な華やぎをもたらす
──無から有が生じる──
エリアXは公理系の外にある
*
「私のこと忘れないでね」
*
「もちろん」
*
「ありがとう」
*
「ありがとう」