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空ぶりのバットのむこうにいわし雲 (小四男子『現代こども俳句歳時記』)
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バッターボックスの中で、一人の少年は秋空に見とれていた。
「おい、試合に集中しろ」。コーチの怒鳴る声がした。
少年はビクッとしたがすでにピッチャーは振りかぶっていた。
ベンチに戻っても三振した恥ずかしさが消えなかったが、
いわし雲の浮かんだ夕焼け空はすごくきれいだった。
夢はプロ野球選手だが、からだは自然が投げるシグナルにも応答する。
生命の創発に沸き立つ少年のからだの奥深くで、
世界が奏でる不協和音の調べが鳴り響いている。
プロの強打者になることを夢見る少年にとって、
野球は大切な世界の一部だがすべてではない。
キミが小学生野球チームのコーチだったら、
一瞬注意をそらした少年の心に気づいただろうか。
それとも少年より先に秋空に見とれていただろうか。
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「子供たちは、我々以上に、表層の生活と深層の生活とを合わせ持っているものだ。表層の生活はごく単純だ。なにがしかの規律で片がつく。だが、この世に送り出された子供の深層の生活は、創られたばかりの世界が奏でる不協和音の調べだ。子供は一日また一日と、地上の悲しさ美しさをひとつ残らず、その世界に納めていかねばならぬ。それは内なる生命が払う巨大な労苦なのだ」(L=F・セリーヌ『ゼンメルヴァイスの生涯と業績』菅谷暁訳)
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大人たちが決めた規律やしきたりや掟のボーダーラインは、
少年たちの営みによって日々刻々、軽々と破られつづけている。
ボーダーラインの向こう側にあるものが輝くとき、
何かが点火して世界は拡張の契機を獲得していく。
天文学者も宇宙物理学者も詩人も月見だんごも、
みんな星空を見上げた少年たちの心から生まれた。
教師やパン屋や銀行員や建築士やラーメン職人に分岐する前も後も、
少年たちの心は秋空を含む広大なコスモスと通信を交わしあっている。
少年の意思に先行してコマンドは走り抜け、
自由エネルギーに従う「feel」が駆けていく。
たかいたかいしてゆうやけがみたいから (幼児学級女子)
ここにあるものとここにないものの隙間で光が点滅をはじめ、
呼びかけと応答が交響するギャラクシーが少年のからだを包む。
ギャラクシーは数え切れないランダムなシグナルに満たされ、
同期と非同期のイルミネーションが絶え間なく輝き合っている。
少年の心は空位の形式においてギャラクシーに出掛けて行き、
考えられるかぎりの拡張可能なランデブーの探索を開始する。
あいうえおかきくけこであそんでる (小二男子)
少年はハンターとして、貪欲な狩人としてこの世に生まれてきた。
少年はモノだけでなく、感情や生き方もハンティングしていく。
いつか見た物語のなかの憧れのヒーローやヒロインだけじゃない。
大人たちや仲間のふるまいにも感応すること。それがハンティングだ。
生意気で計算高く小賢しく駆け引きに命をかける抜け目ない小さな狩人たち。
誰かのカッコよさを見つけると、ともかくシェイプをハンティングしてみる。
シェイプもボイスもフォルムもスタイルも表情もまるごとハンティングする。
自然も社会も人と人がつくる関係も、見るもの聴くもの触れるもののすべて。
音楽、ファッション、ドラマ、お笑い、ゲーム、食べ物、映像、あらゆる遊び、
ちょっとした仕草や冗談も、この世はハンティングの獲物に満ち溢れている。
なしかじりけんかのわびを考える (小六男子)
次々に手に取り、耳をそばだて、臭いを嗅ぎ、指でつつき、舐めたりしてみる。
気に入ったらしばらく付き合って、飽きたら後腐れなく放り投げる。
ハンターには善悪より、美醜を嗅ぎわける始原のコードが巻きついている。
染まりやすい白無垢の生地でありながら、リスクを回避する知恵もある。
時として大人より残酷で、時として大人よりやさしく、深い孤独もある。
あじさいの庭まで泣きに行きました (小六女子)
ハンターはビートを刻みステップを踏んで街々を歩く。
ハンターはジャンプやショートカットしてケガもする。
ハンターは笑い、叫び、踊り、歌い、怒り、噎び泣く。
ハンターは思いっきり喧嘩してキモチよく仲直りする。
ハンターは封印された秘密を暴いてこっそり教え合う。
ハンターは日暮れの時間が迫り切ない感情に襲われる。
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