ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

「ハード・プログラム」

2013-02-27 | Weblog


秋になると聴こえてくる

ミツバチの羽音と交わるように
花ざかりの河原から聴こえてくる

「すべてはあなた次第よ」

透明なメッセージは
風にゆらぎ
水に溶け
青空に染まり

「好きなだけ貪ればいいわ」

季節は秋で 
空は晴れ渡り
川面はきらめき

そよ風にコスモスが揺れている


――自然にハードプログラムされたメッセージが告げていた
――有性の生命たちは出会わなければならない
―ー絶対的に出会い、絶対的に愛し合わなければならない
コメント

Another Galaxy Ⅰ――狂風のシグナル

2013-02-26 | Weblog


回帰すべき場所はどこか
めがけるべき未来はどこか

話は、じつは単純さ
そんなものはどこにもありえないのさ

なにもないということがすべての背景だ
なにもないガランドウというわけさ

なにもないという、この朗らかな真実が
俺たちの本当のふるさというわけさ

いったいどういうことかわかるか

この上ない風通しのよさにおいて
鼻歌がよく響くということさ

この清らかな真実において
なつかしさの原郷が広がっている

無-意味、無-価値、偶然の戯れ
おお、木の葉のように
風に吹き飛ばされる存在の心もとなさよ

それはただ、意味を求める弱虫の人間たちが分泌する
固有の感情だけに由来している

「本当か!」

然り。本源において
拝跪すべきどんな存在も絵空事である

みずからを捧げるべき
どんな対象も理由も意味をもたない

その了解の果てに
ガランドウには気もちのいい風が吹き抜ける

愛する理由はいらない
憎む理由もいらない

いつも、すでに、あらゆる場所で
それは、ただ訪れる

「本当にそうか!」

然り。それが俺たちの生の核心だ
訪れの疑えなさにおいて
そして、その未規定性において

いつも、すでに俺たちは
ガランドウのなかを歩いている

回帰を拒むことにおいて
未来を語らないことにおいて
ふるさとは清らかに保ちつづられていく

「この酷薄さに堪えられるか!」

然り。ブタだけが愛を語り、倫理を語り、善を語る
カバだけが正義について、未来について僭称する

愛も倫理も善も正義も未来もただ生きられるだけで
語ることで生まれたことも生まれてくることもない

ただ生きられることの延長において
未規定の現在が一つの必然に転位していく

「拝跪する感情もそうではないか!」

然らず。されど倒錯された必然
ヘンタイとしての人間の歴史があり
そのエサは至るところに撒き散らされている

だれかが、みんなが、そうするという理由だけで
だれかが、みんなが、そうしないという理由だけで
一人の人間はみずからの生存を瓦解させることができる

その恐怖に堪えきれず
人間は目をつむり
おのれならざる「なにか」に向かって跳躍する

エサは撒かれる
ブタはすり寄る
ブタは喰らう
ブタは丸々と肥る

おもうツボで
仕上げは人間のとんかつだ

「それを喰らうのはだれだ!」

共喰いさ。エサはどんな形にでも変幻する
Aに代入されるB、Bに代入されるC

無限に変幻するとんかつゲームにおいて
その中心はいつも空虚である

いつみても、どこをみても
差し押さえを喰らいながら
空虚なゲームが展開していく

このありえなさにおいて
人間のふるさとには固有の陰影が加えられる

ブタのエサは至るところに溢れている
振りかえればいつも
だれかが据膳して待っていることだろう

平和とはいえないな
ツラの皮を厚くしながら
文化が序列を配して卑俗を見下している
そういう定式が出来上がっているということさ

ブタ主義、カバ主義がまかり通る土地柄だ
自然は受けつけないシロモノということさ
どん詰りには逆上だけが待っていることだろう
崩壊は必然だろうよ

正義と正気を語る者たちが
全体において狂った算段で裁きを繰り返す
その基本は不信ということだろう

裸体のむせびがすり替えられたということさ
微笑めばなにかが返ってくると
どうもそういう仕掛けになっているらしい

わかっていただきたい紳士たち
かなえていただきたい淑女たち
そして、わたしにおまかせなさいの頓馬たち

この凸と凹のコンビネーションが
いつも同じ風景を構成している

絶えずなにかを拝んでイノチをすり減らす者と
絶えずエサを撒いてイノチをかすめとる者と
時に応じて攻守入れ替わりながら
死の種を配分しあっていく

そうした常套に制御された土地の光景が
ガランドウには鮮やかに映し出されている

愛の裏側。平和の裏側。正義の裏側。戦争の裏側。

閉ざされた視覚に支配された
みせかけの安寧とみせかけの争いの外に
ぐつぐつと燃え盛る紅蓮の炎が見える

「だれがそれを見ているんだ!」

貴様が見ろ。ガランドウの先に
大地を焦がし、空を染め上げ
いつも冷たい灼熱が舞っている

訪れるものはいつも
俺たちの存在を迅速に染め上げていく

まなざしが交叉すると
電撃が走り
なにかが壊れ
なにかが点火する

押し寄せる情動の高波に耐え切れずに
こころは結界を破られる

「おお」

愛なのか憎悪なのか
正体を確かめるまえに
俺たちにはいつも届いていた

エネルギーの凝集において
愛も憎悪も一つの感化にほかならなかった

求めることにおいて
求めないことにおいて

高鳴る心臓の拍動は
いつも同じ強度を刻んでいく

俺たちをいま照らすものが
希望なのか絶望なのか

こころは問うより早く
新たな結界を生き始めていく

俺たちは希望を決断して希望することはできない
俺たちは絶望を企画して絶望することはできない

俺たちの心臓に近接した場所に
俺たちの生の前線があり

絶対の速度においてそれは
俺たちの現在を照らしていく

善人ぶろうが悪人ぶろうが
知ったかぶろうが何だろうが

俺たちは俺たちの前線を決して追い越すことはできず
俺たちはそれを追いかけることだけができるだけた

俺という存在は俺という生の前線から
俺において事後的に抽出され
俺の思惑をこえて俺自身を生き抜いていく 

聞こえるものは頌歌なのか悲歌なのか
未来へ向かうのか過去へ向かうのか 
欲望としてか献身としてか

俺たちはほんとうは
なにも答える必要がなかった

俺たちはいつも生の前線から
俺たち自身を告げられ

すべての時制が織り上げる
未決の現在へ誘われていく

俺たちは世界への着生を告げられ
生存の可能性と危機が同時に開かれる

いまを灼熱の光で焦がしつづけている
永遠に未踏の清らかなふるさとがある

俺たちにとっていつもそこが
新たな結界への入り口にほかならなかった
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「なめらかな社会とその敵」(twitter)

2013-02-22 | twitter


【愛 affection】

前意識レベルで働く生命的作動因。
生物間に走る基底的接続形式であり、
関係パターンを包括的に把捉する総合的感性に担われる、
しばしば分析的介入によって歪められる。


【突然変異mutation】

結果において、この惑星の自然選択に応答する、
生命システムの自己組織化に内在するランダムネス。
遺伝子プールの非線形的攪乱から多様性がもたらされる。


【浪漫 romanticism】

不可能な希望が一篇の歌謡を生んで、
時代精神を動かし、歴史の歩みを分岐させることがある。


【恥ずかしい国】

国家と市民、組織と個人を分離できない倒錯が、
選民意識で自己肥大した代表クラスで重篤化している。
この倒錯は、自国民に向かう政策に普く適用される。
個人は国家や組織に帰属する――、
ゆえに「義務を果たせば権利をあげる」(憲法意識)となる。


【二項対立図式 binomial confrontation】

「支配-従属」(優位-劣位)の関係フラクタルが積み上がる世界。
否定性をエネルギー源とするとき、既定値は変化しない。
二項のいずれが優位に立っても構造は変化しない。
どんなパラメータが変化すれば、否定性解除・相転移できるのか。


【組織コード】

「(自殺生徒の)遺族が学校を潰そうとしている」と高校教師が発言する。
「組織は健全に保たれている」ことが、ガバナンスの最上位命題とされる。
教師たちの言動はすべて、この命題に従う従属変数となる。
明らかにされるべき現実は、命題維持のために歪められ隠匿される。


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メタローグ――Variant 「新しい朝のために」

2013-02-21 | Weblog

   有形なものには有形を。無形なものには無形を。 ――Arthur Rimbaud

   研究が独創的でありうるのは、問題が独創的である場合にかぎる。(中略)
   それは、まだ包括的に捉えられていない諸細目のあいだに、
   まとまりがあるのではないか、
   という一つの内感(intimation)をもつことである。  ――Michael Polanyi   

  This total system, or ensemble , may legitimately be said to show mental characteristics.
  It operates by trial and error and has creative character. ――Gregory Bateson



「人生では知らないほうが幸せなことがあります」
「バカになれとおっしゃる?」
「一方で、無知がまねく災いも現実に溢れます」
「それで?」
「さらに、理知の傲慢や逸脱も目に余ります」
「困ったね」
「適切にふるまう絶対的な作法や礼節は存在しません」
「結局、お手上げ?」
「世界はパラドクスに満ちています」
「ただそれは人間の都合から見てということかな?」
「御意。人が抱く命題にとって、ということにすぎません」
「ところが自然界には矛盾は一切存在しない、とか?」
「ええ。世界図式や意味解釈は人間の勝手な創作物にすぎません」 
「完全さからは程遠い」
「不完全ですが、システムにとって解釈系の作動は必須でもある」
「必然的に一定の限界や自閉性は避けられない」
「世界を区切ることが生きることで、同時にそれは限界を設けることでもある」
「区切らないと生きられないわけね」
「生命の本質は境界を創って維持すること、といってもいい」
「あっちとこっち、イエスとノー、Aと非A。とか」
「まさしく。生命はみずから描いた地図を携えて世界を生きます」
「単なるモノはそんなことはしない」
「地図を現実と錯覚することも起きます」
「ところが現実は偶発的で想定外のイベントに満ちている」
「つねに裏切られる運命にあるともいえます」
「そういうとき、無常と言ってみたりする」
「自分に語りきかせる物語を必要とするのが人間です」
「ミゼラブル、とか」
「ところが実際には、無常としても、汲み尽くせない豊かさとしても世界は現象します」
「本当は両義的なのね」
「でもみずからの無力に焦点を合わせずにはいられない」
「そうね」
「それゆえ無欠完全の精神や存在をどこかに仮定するということが起きます」
「解釈系の必然でしょうか」
「限界の自覚が新たな志向を生みます」
「宗教や哲学?」
「究極の解がどこかにあるはずだ――そう考えるのは、反省的意識が導く必然的帰結です」
「神とか、イデアとか」
「いわばゼロ記号。人間の精神にとって、究極のエージェントともいえます」
「超越的な何か。人為を超えたサムシングね」
「それを想定すること認識の綻びが埋められ、全体というものが獲得される」
「全円性という言い方もある」
「了解不可能なすべての矛盾や謎を一箇所にしわ寄せする、究極のピースです」
「構造的には一神教の神になるのかな?」
「古典的な哲学世界には、永続的な観念の運動と成長の果てといったイメージもあります」
「矛盾を乗り越え乗り越え、苦心惨憺そこに至る的な?」
「最終のゴールに向かうプロセスが歴史というふうに想定されました」
「永遠に辿りつけないかもしれない最後の到達点」
「観念の試行錯誤に力点を置くという意味ではエールが感じられます」
「はげましなのか不可能なこじつけなのか?」
「少なくとも矛盾や錯誤に直面しながらも、未来の最終解決点が描かれる」
「それも人間のご都合でしかない」
「はい。人間以外の生物にとっては余計なものです」
「でもやめられない」
「ゼロ記号あるいは虚数的仮構物によって推進力が生まれる」
「この世にはないものだけど、人間にとってはそれが現実を構成する」
「この宿命のなかでもがくしかないのですが、一定の心得が大事です」
「なんだろう」
「超越的な存在は実体化して描かれた途端に、それが拘束に変質します」
「可能性を示すはずのゼロ記号が、しばりに転化する?」
「はい。文化的な生産のエンジンである一方、悲劇の発生装置としても機能してきました」
「権力構造の生成と正当化、あるいは収奪の道具にもなるということかな」
「いまなおその機能は失われていません」
「収奪面は解除できない?」
「そろそろ解除に向かわなければなりません」
「いい加減にね。でも、どうやって?」

「さまざまな適応課題に対処するには情報が必要です」
「当然ね」
「しかし何が最重要な情報であるかは必ずしも自明ではない」
「でしょうね」
「完全情報は存在しない」
「それで?」
「しかし常に選択はなされ、現実は動いていく」
「はい」
「生命の作動は、意識や理性による制御を超えて維持されます」
「意識や理性はサブシステムなのか」
「つまり、情報の処理能力や処理速度からみて、意識による制御は不適格です」
「どんなに頑張っても計画な制御の中心にはなりえない?」
「もちろん。そこで重要なのは、意識機能の正しい使用です」
「意識の役割?」
「はい。計画的な制御は巨大な生産力の源泉ですが、生命的収奪の源泉でもある」
「計画制御にはゲインもロストもあるわけだ」
「しかしこのゲインは多大な犠牲を強います」
「生命的な収奪って、強権的な支配のことかな」
「人間による人間および自然の資源的利用、計画的なコントロールの問題ですね」
「端的には政治かな」
「国家をトップとするピラミッド構造をもつ政治システムが存在します」
「神話や暴力装置、教育など、そのためのいろんな仕掛けもある」
「しかしその代償は、人間の類としての未来を脅かすまで拡大しています」
「ずっとそうだったかもね」
「ところが包括的かつ科学的な有効な批判言語が存在しませんでした」
「なぜだろう?」
「生命は本来的に言語的記述を必要としないものだからです」
「いまならできる?」

「意識にとって世界は、意識されるかぎりの世界であるほかありません」
「それで?」
「意識の届かない、未知で巨大な生命の領域があります」
「人間の意識にとって広大な未知の領域がある」
「ええ。生命システムは寝ていても、気を失っても遂行的現在を生き抜きます」
「遂行的現在ねぇ」
「そうした領域があまりにも見くびられてきました」
「逆に、それは意識を一部として含んだものであると?」
「見くびりはみずからの基底を破壊するあり方ですが、基底への依存でもあります」
「じぶんの足を喰らうタコですか?」
「まさしく」
「だから?」
「そこで随伴者としての意識、という位置づけが重要になります」
「随伴者として何ができるのかな?」
「後からついていくことが第一です」
「世の中では理知的であることが推奨されるけど」
「理知であることは、本来理知の限界について自覚的であることを意味します」
「無知の知、ソクラテスですか。おバカでオーケーというわけじゃない」
「もはやと云うべきか、理知的制御の方法の限界は明らかです」
「意識にとって生命の闇は深く、迷いの種は尽きない。これはフロイト的理解かな?」
「精神の暗黒面に対する理知による正しい制御、というのがこれまでのメインストリームでした」
「とうまちがってるのかな」
「意識下にあるものを貶めてはいけない。理知、理性、意識の下位に置いてはいけない」
「それで?」
「理知による明視は絶対的不可能。これが第一の出発点です」
「わかったふりをしない」
「はい」
「でも、進化的にムダや障害物が内在化されているとは考えにくいでしょ」
「はい」
「では、意識や理性のもつ本来のミッションとは?」
「以前申し上げたように、遂行的現在に休止符を入れ、自由度を開くという機能がポイントです」
「それが意識や理性と呼ばれるものが果たす生命的機能?」
「システムの作動にとって意識は変数の一つですが、全体をリードすることはできません」
「もう少し詳しく」

「例えば、伝統や習慣といった既知の形式に頼るという方法があります」
「社会的文化的なハード・プログラムかな?」
「デフォルト化されたふるまいの作法といえます」
「野球部は全員がマル坊主だとか?」
「まさに。既定値としてセッティングされた行動のしばりのことです」
「当然のこととして誰も疑わないものね」
「日常はこの種の意識されないセッティングに乗る形で営まれます」
「日本国は単一民族とか、いろんなマインドセットがある」
「既定値の境界には、さまざまなタブーが地雷原のように並びます」
「踏んだら村八分にされる」
「通常、意識や理知はそうした無数の既定値を母体として成立します」
「かもね」
「さらなる基底には、生命的なハード・プログラムが存在します」
「DNA的な?」
「ええ。進化の歴史が積み上げたデータベースが体内に組み込まれています」
「社会的なもの生命的なものの両面に、基本プログラムの設定がある?」
「システムの成立条件を考えるとそうなります」
「その一部でしかない意識が、すべてをカバーできるはずがないわけか」
「はい。大事なのは、それらが現在進行形で働いているということです」
「意識がどうのこうの、泣こうがわめこうが勝手に動いているわけだ」
「生命体は、進化の途上にある一個のシステムと考えることができます」
「それで?」
「とても大事なのは、そうした設定値が書き換えの可能性を備えていることです」
「ただしそれが正しい方向かどうかはわからない」
「もちろん。進化史的適応形態に最終解はありません」
「ですよね」
「現時点での適応形態ですが、しかしプログラムの記述内容や形式は変化しうる」
「時間的スケールでいうと、個体は既定プログラムで十分やっていけそうだけど」
「既定値が有効であるためには、内外の環境が不変という前提が必要です」、
「ところが変化は自然にも社会にも起こりつづけている」
「生命システムの内部状態も変化します」
「具体的にはどうなってるのかな?」
「一例を挙げると、大気中に酸素があることは自明です」
「自明です」
「これを前提に、呼吸システムは延髄のハード・プログラムが担います」
「だから安心して熟睡できる。けれども酸素不足が起きたら?」
「呼吸量が増え、心拍数が上昇します」
「酸素不足が恒常化したら?」
「血液中のモグロビン量が増えるといった体細胞的変化が起こります」
「システム全体に備わる柔軟性ね」
「これは既定値の構成が階層的に積み上がっていることを意味します」
「環境変化に応じて作動する何段階かのサブシステムがある。それが柔軟性ですか」
「システム状態を変化させるサブシステムが、重層的にスタンバイしています」
「しかし変化への対応能力には限界もあるでしょ」
「はい。当然ながら対応可能な閾値があります」
「酸素がなくなれば死んでしまう」
「酸素なしで生きるには、別の生命体になるしかありません」

「社会的な環境変化についても同じかな」
「当然ながら、既定値だけに頼るだけではやっていけません」
「実際、経験知では処理不能な事象があふれている」
「とりわけ社会的流動性が高まる時代では、未知との遭遇が日常化します」
「既定値が陳腐化して、一から判断すべきことが次から次に訪れる」
「日常には選択圧の嵐が吹き荒れています」
「吹きっさらしかな」
「ところがナビゲーションに必要な確かな参照系が不足しています」
「どうしたらいいの?」
「価値判断はエラーを回避できません」
「しかしエラーを恐れていてはオペレーションが停滞する」
「停滞してかまわないのですが、変化する可能性を捨てたら致命的です」
「何でしょう?」
「ハード・プログラムされた既定値に固執すると、現実が捨象されます」
「認知的な合理化?」
「ええ。結果として、既定値を保守するために現実が歪められていく」
「ウソや曲解や隠蔽などのデタラメが蔓延する?」
「合理化のたどる常です」
「既存のフレームワークを棄てろということ?」
「棄てる必要はありませんが、未来の変化を拒むとき過去が呼ばれます」
「昔の栄光を求めて回帰的になるということかな」
「幻想にすぎませんが、脚色され厚化粧された過去が召喚される」
「それもこれも既定値への固執なのね」
「はい。最悪の場合、悲劇の再演でしかありません」
「例えば原理主義とか」
「悪しき原理主義は、自他の境界線が太く引かれ、既定値が絶対化します」
「アナーキズムは?」
「ウラ返しの原理主義です」
「可能性はどこにあるんだろう?」
「迷うこと」
「えっ?」
「わからないのにわかったふりをしない」
「ごまかすな?」
「正しくは、未規定なものに開かれること」
「未規定?」
「じぶんにとって未知なるものを認める態度が鍵です」
「そこに手がかりがある?」
「迷いに直面することのなかに可能性はありそうです」
「どういうこと?」
「安易に解答を求めてはいけない」
「その意味は?」
「迷いを既知の説明体系に回収しないで、次のステージを開く契機と考えます」
「ずいぶん抽象的で能天気に聞えるけど、それで?」
「作業課題そのものはシンプルです」
「どうシンプルなのかな?」
「ハード・プログラムを書き換えることです」
「例えば酸素なしでもやっていけるようになるとか?」
「比喩的にはそうです」
「無理でしょ」
「無理ですが、課題として掲げることはできます」
「課題ねえ。それって、ゼロ記号かな」
「まさしく。そこに人間の認識構造にそったやり方があります」
「ありえないでしょ」
「迷いのなかに留まり、自由度を開くようにすることはできます」
「わからない」
「もちろん、プログラムの直接的な書き換えは不可能です」
「絶対的に不可能と思えるけど……」
「キーワードは、魔術の再臨です」
「魔術?」
「正確にいうと、生命に備わる創造力を活性に導くということです」
「芸術家でもないのに、そんな能力はないでしょ」
「あります」
「どうやって?」
「コンテキストには常に上位のコンテキストが存在します」
「だから?」
「そのステップを上がることです」
「上位のコンテキストって?」
「例えば、Aさんという女性がいて、既婚者だとします」
「はい」
「家庭では奥さんであり母親、スーパーではお客さん、職場では課長と呼ばれます」
「病院では患者さん、警察では犯罪者と呼ばれるかもしれない。それで?」
「どれも同じ人物ですが、それぞれの文脈によって属性も行動も変化します」
「でも同じ人でしょ」
「同じ人です。国民という文脈では、有権者であり、納税者です」
「でしょ」
「では、じつはAさんがどこかの国のスパイだったらどうでしょう」
「どうなるの」
「スパイであることはすべての属性に優先し、かつすべての属性を包括します」
「一時もスパイでない時はない」
「そうです。スパイというコンテキストは、すべての属性の上位に位置します」
「どう理解したらいいのかな」
「上位のコンテキストが加わる。すると、その下のすべての属性や行動の意味が劇的に変化します」
「主婦のときも課長のときもすべて、スパイであることが先行するわけね」
「そのとおり」
「スパイになることは、上位のコンテキストを生きることを意味する」
「まさしく」
「それが魔術なの?」
「一種の比喩ですが、新たなコンテキストを見出すことは魔術的な効果をもちます」
「まだピンとこないけど」
「どれもAさんに変わりはありません。しかしAさんの世界との関係の仕方は激変します」
「スパイであること、それがゼロ記号に相当する?」
「はい。あるコンテキストにとって、スパイ的な上位に来るコンテキストがあるはずです」
「それを見つけろって?」

「でも、スパイ的なものは善でも悪でもありうるでしょ」
「善でも悪でもありえます」
「安易にスパイ的なものを見出すのは危険じゃない?」
「危険です。その場合、外在的な押しつけが伴います」
「国家とか?」
「ええ。総じて個別の人間を下位にランクする超越的な特性をもちます」
「そうじゃないものもある?」
「そうでないものがあります」
「どんなものかな」
「ヒントを挙げます。片目で見ている花があるとして、両目で見ると視覚が変化します」
「距離の感覚が生まれるかな」
「あるいは、時間差を入れて、一週間後一カ月後の花を見ます」
「うつろう季節を感じるかもしれない」
「そうしたまなざしの変化から気づかれるものがあります」
「何?」
「世界の多様性、豊かさのようなものです。そのことに開かれることは善ではないでしょうか」
「まあね」
「未規定なものに開かれるとは、いまだ出会わない豊かさへの期待といえます」
「それで?」
「まなざしが変化すると、同じモノや風景のもつ意味が変化します」
「すると、じぶんも変わるのかな?」
「ええ。そうした変化は相互的に円環していきます」
「まさかそこに意識や理知の出番があるって?」
「そのとおり」
「よくわからないけど」
「ハード・プログラムの作動に、ちょっとしたクサビを入れることはできます」
「どうやって?」
「休むこと。意識して休むことです」
「ほんとに?」
「ええ。システムの作動に一旦停止を入れ、そこにいわばフリースペースをみちびく」
「どんな意味があるの?」
「その開かれた自由度のなかで、新たな選択の可能性が生まれます」
「とても休めないけど」
「既定値に従って動くシステムの作動を止めて、遊びの時空間をつくる」
「遊びね」
「イメージで遊ぶ。いわば遊びというノイズを注入してシステムを攪乱する」
「よくわからないな」
「一面では、フォームの改善をめざすアスリートのイメージトレーニングに似ています」
「どうやって?」
「イメージと遊ぶことの体験が、フォームの既定値を変化させます」
「操作するためでなく」
「ええ。優れたアスリートは未知で未規定なものに対してどこまでも開かれています」
「遊んだあとどうなるの?」
「確定的なことはいえません」
「だめじゃん」
「古くは祈りといったものにつながるかもしれません」
「なにか他人まかせのような」
「他力の本願といわれるものにも似ています」
「いつ魔術は再臨するのかな?」
「大事なのは休むことで、そうすることで変化の契機が生まれます」
「でも手がかりがないまま、ただ休む、遊ぶといってもねえ」
「例えば、新たなコンテキストの種として言葉が使えます」
「何だろ。例えば?」
「例えば、kindnessという言葉」
「随分と月並みだな。それでどうなるの?」
「もう一つ、そのことを決して実体化しないことが、とても大切な条件になります」
「それで?」
「ゼロ記号としての言葉にとどまりながら、いろいろな人や世界と遊ぶ」
「相手がいなければ?」
「目の前にいなくてもいいのです」
「だれだろう?」
「ゼロ記号はいわば虚数で実在しないものですが、それを使って応答関係はつくれます」
「一方向的でなく、応答関係?」
「よびかけ-受けとめ-応答の相互的に円環する関係。これを規定値の外側で回していく」
「するとどうなる?」
「システム全体が新たなコンテキストに乗るきっかけが生まれます」
「さっきのAさんにとってのスパイみたいに?」
「ええ」
「それが魔術で、ハード・プログラムの書き換えにつながるって?」
「そこで大切なのは、そのことが楽しいということです」
「ほんとに?」
「システムが変化するとき、それはきっと喜びに担われているはずです」



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「オートポイエーシス理論、総合的感性」(参)

2013-02-20 | 参照


このシステム論は、つねに生成プロセスのさなかにあって、
そのさなかで創造的であり続けるような仕組みを定式化しているシステム論でもあります。
このシステムは、生成プロセスが次の生成プロセスの開始条件となるようにして
作動し続けている、動きのネットワークです。

このとき現実の生成プロセスのなかでは、接続できる次の生成プロセスは複数個出てきます。
そのため生成プロセスの接続点では、つねに選択を行わなければなりません。
このとき先々の見通しの良さもとても重要な選択条件になってきますが、
それ以上にもっと総合的な感性も必要だろうと感じられていました。(中略)
……選ばなければならない基準があらかじめ備わっていれば、
そもそも選択になっていないのです。

                        ――河本英夫『飽きる力』
                          
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「それから/代助」(参)

2013-02-19 | 参照


斯う西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事はできない。
悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われているから、
揃って神経衰弱になっちまふ。話をして見た給へ大抵は馬鹿だから。
自分の事と自分の今日の、只今の事より外に、何も考えやしない。

                 ――夏目漱石『それから』

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「情(heart)による演算」(参)

2013-02-18 | 参照


「涙には知性がこもる」――ブレイクの言葉です。
「情(heart)には理(reason)のうかがい知れぬ理(reason)がある」――パスカルの言葉です。
ハートの中で進行する知のプロセスが、喜びや悲しみの感情を伴うものだからといって、
科学者としてそこから目を背ける必要は何もありません。
そこで進められているのは、哺乳動物にとって死活の問題である
他者との関係のあり方を算定する(コンピュート)作業なのであります。
愛や憎しみ、尊敬、依存、支配、見ること見せること。
これらは、哺乳動物の生活の中心を占める問題であります。
これらを打ち出す演算プロセスを思考と呼ぶことに、私はなんのためらいも感じません。
ただ、関係についての演算は、一個一個切り離すことのできる物事についての演算と、
ユニットが異なるというだけの話であります。

        ――G・ベイトソン「形式、実体、差異」(『精神の生態学』)佐藤良明訳
コメント

「よびかけ・応答・解釈・変換・記憶 ―循環し変化する回路」(参)

2013-02-16 | 参照


    赤ん坊が世界の中に意味を見出していく過程は、
    自らの運動と世界の応答との関係を見出していく過程にほかならない。
    赤ん坊は一見無秩序な探索行動の中で、
    触り、たたき、つかみ、投げ、舐めて、世界の応答を感じ取る。
    おそらくこのとき世界の中で、
    自らの運動に応答した部分が意識の中で前景化して切り取られ、
    そこに意味が付与されていく。
    それは運動感覚と応答の知覚がセットになった記憶としての意味である。

                      ――熊谷晋一郎『リハビリの夜』

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「創発するからだ」

2013-02-14 | Weblog

【少年のエチカ】

否定的視線に包囲されて生きることはできない。
否定的価値を強いられて変わることはできない。

誇りと愛と成長を導くものは「美」である。
誇りと愛と成長を損うものは「悪」である。

「美」を分光する装置はみずからに内在し、
「美」を分光された構造として世界は訪れる。

創発に沸き立つ身体は「巨大な問い」に抱かれ、
新たな創発を導くカオスの縁に佇んでいる。

「巨大な問い」は世界と他者、そして自己に開かれ、
みずから創発することのreadinessと結ばれている。

「巨大な問い」において世界の区切りはゆらぎ、
ゆらぎにおいて新たな接続のラインが試行されていく。




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「生きのびる〈支配/従属=関係フラクタル〉」(参)

2013-02-13 | 参照


   彼らを戦力として、あやつっている軍の幹部たちのほうは、
   長年の夢が実現して有頂天となり、いまや、
   なにごともわが思いのままになると(王侯の楽しみに溺れて)快味にひたっている。(中略)
   神経が細くためらったりするものは、わらいものにされるので、
   兵隊はむちゅうで引き金をひきはする。
   だが、上官に対する怒りと憎しみを、かえって弱い相手に向ける弱者の自暴自棄を、
   老獪な軍は計算に入れ、戦力として利用するのだ。
   小心で、善良な庶民を「アモック」な状態にして、
   夜叉のふるまいをさせることが、すなわち強兵術なのである。

                 ――金子光晴『絶望の精神史』
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「吾々はとかく馬になりたがる」(参)

2013-02-11 | 参照


    牛になる事はどうしても必要です。
    吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。(中略)
    あせつては不可せん。頭を惡くしては不可せん。根氣づくでお出でなさい。
    世の中は根氣の前に頭を下げる事を知つてゐますが、
    火花の前には一瞬の記憶しか與へて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。
    それ丈です。决して相手を拵らへてそれを押しちや不可せん。
    相手はいくらでも後から後からと出て來ます。さうして吾々を惱ませます。
    牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。
    人間を押すのです。文士を押すのではありません。
    是から湯に入ります。

            ――夏目漱石「大正五年八月、芥川龍之介・久米正雄宛書簡」
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「個の始原としての、他者―関係」(参)

2013-02-11 | 参照
    生活のコンテキストの学習は、
    一個の生物の中で論じられるものではなく、
    二個の生物間の外的な関係として論じなければならない。
    そして関係とは常に、二重記述の産物である。

    相互作用に関わる二者は、いわば左右の眼だと言ってよい。
    それぞれが単眼視覚を持ち寄って、奥行きのある両眼視覚を作る。
    この両眼視野こそが関係なのである。
    この発想に立つことは、大きな進歩である。

    関係とは、一個の人間の中に内在するものではない。
    一個の人間を取り出して、その人間の〝依存性〟だとか
    〝攻撃性〟だとか〝プライド〟だとかを云々してみても、なんの意味もない。
    これらの語はみな人間同士の間で起こることに根ざしているのであって、
    何か個人が内にもっているものに根差しているのではない。

             ――グレゴリー・ベイトソン『精神と自然』佐藤良明訳


Learning the contexts of life is a matter that has to be discussed,
not internally, but a matter of the external relationship between two creatures.
And relationship is always a product of double description.

It is correct (and a great improvement) to begin to think of the two parties
to the interaction as two eyes, each giving a monocular view of what goes on and,
giving a binocular view in depth.
This double view is the relationship.

Relationship is not internal to the single person.
It is nonsense to talk about〝dependancy〟or〝aggressive〟or〝pride〟, and so on.
All such words have their roots in what happens between persons,
not in some something-or-other inside a person.

No doubt there is a learning in the more particular sense.
There are changes in A and changes in B which correspond to
the dependency-succorance of the relationship.
But the relationship comes first; it precedes.


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「レヴィナス、〝他者〟の次元」(参)

2013-02-10 | 参照


    他者は、同情や共感を要求するのではない。(中略)
    生存を要求し、養い合って生存を分かち合うことを要求する。
    そして他者に答えるとき、重大な出来事が私に到来する。
    「発現をとおして自己を突きつける存在者は、私の自由を制限するのではなく、
    私の善性を呼びさますことによって私の自由を増進させる」(『全体性と無限』)

              ――小泉義之『レヴィナス―何のために生きるのか』
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地下鉄殺人事件

2013-02-05 | Weblog

   私の同僚は、ある成人の囚人にこういわれたそうである。
   「殺人罪で指名手配される方が、まったく誰にも求められないよりましだ」

           ――ジェームズ・ガルバリーノ『小さな殺人者たち』高田亜樹訳

 
   一分きざみ、一銭刻みで勘定する神。
   情欲に狂った、豚のようにうめく、なりふりかまわぬ神。
   ところきらわず舞い降り、下腹を投げ出し、
   愛撫に身をゆだねる、金の翼を生やした豚、
   そう、これがおれたちの神様だ。
   さあ、みんな乳繰り合おうぜ!

            ――L=F・セリーヌ『夜の果てへの旅』生田耕作訳


フランスのある作家は、ありたけの呪いをこめて言葉を綴った。
作品はクソにまみれた社会に向けた、クソまみれの言葉が埋めつくす。

「また淋しくなった。こんなことはいい加減うんざりだ」

闇に向かってクソの言葉をいくら吠えても闇が変化することはない。
昔も今もこれからも、クソはずっとクソのままだろう。

おれはじぶんがクソだということはわかっている。
世の中が輪をかけてクソの山だということも知っている。

   クソまじめで見栄っぱりで
   マヌケな働き者たちよ
 
そんなことはだれにもわかりきったことだが、
どうしようもなく感情がこみ上げてくることもある。

馬鹿げているのはおれにもわかっているが、
呪詛の言葉をぶちまけたくなる時がある。

おれは自分がクソだということを忘れたことはない。
座席のないただのクソ野郎でしかない。
けれど、永遠に不発弾でありつづけられるだろうか。
 
ある日、オレは地下鉄に乗っていた。

年とったばあさんが乗り込んできた。
善良さと品の良さで固めたようなばあさんだ。

座席を譲りたくなるようばあさんだったが、
あいにくおれには譲る座席がなかった。

   儀礼のコードに従いながら
   冷酷に裁く者たちよ

一瞬、ばあさんと目が合った。
途端にばあさんの表情が苦く濁った。

やさしげな視線がおれの姿をとらえた途端、
醜く歪んでいくのがみえた。

ありたけの真心をこめた、
侮蔑と憎しみが顔に滲んでいた。

ほんの束の間、空気が静止して凍りついた。

「おばあさん、そんな目でオレを見ないでくれないか」

クソのおれはようするにどこにも存在しないが、
クソのおれのことを考える存在はどこにもいないが、
クソであるおれは、クソのおれだけに考えられている。

   よそよそしく従順な善人たちよ
   綺麗好きの人でなしの群れよ

決まって嫌な感じがする記憶のホットスポットがある。
過去の何かがが先回りして、クソの現在を照らし出す。

おれが昔いた場所はきれいに消えたはずなのに、
苦い記憶だけは放射能のように残留していく。

意味をはっきり汲み取ることができないけれど、
このどうしようもなく嫌な感じだけは鮮やかだ。

どうでもいいことだが、クソにはクソの操作マニュアルがある。
おれだけが知っているおれ自身のための操作手順だ。
嫌な感じを処理する、クソ処理用のアルゴリズムもある。

   信じる格率はどこからきて
   最後にほしいものは一体何なのだ

けれども手に負えない現実は否応なくやって来る。
いつか積み重なった嫌な感じは満期を迎える。

おれの知らないところで現実のネジが巻かれ、
借金が膨れ上がって残酷な取立てがやって来る。

電車のドアが閉まる寸前に男が飛び込んできた。
ドアの前に立っていたおれは不意をつかれた。

そんなつもりはなかったが入口を塞いだおれは、
駆け込んできだ男と勢いよくぶつかった。

チッ。

その瞬間、男が乾いた音で舌打ちするのが聞こえた。
おれは男がどんな顔をしたのか、見なくてもわかった。

「いま、あなたはボクを虫ケラだと思いましたね」

視線が泳いだ途端にクソの毒が回りはじめる。
クソの血がたぎって脳ミソに逆流する。

   愛しいものをもとめ
   わかれに嗚咽し
   崩壊をおそれながら  
   みずから壊れていく

たったそれだけのことが決定的なトリガーを引く。
すこし揺れただけなのにメルトダウンが始まる。

「こんな場所に突っ立ってるんじゃねえよ」

すべては誰かが仕組んだジョークなのだろうか。
それともおれの心がどこかで望んだ展開だろうか。

すべてのリンクが切れている。
すべての通信はブロックされている。

リンクのないラインに情報は流れない。
ラインの切れた光の道を虚ろな闇が包んでいる。

クソのおれにはどんな座席もないし、
おれはどこにも存在しない。
どこにもない、も、どこにもない。

   たらふくエサを喰らい
   残忍に血をすすり
   まるまると貪りつづけるクソの山よ

おれはビョーキだろうか。たぶんビョーキなのだろう。
でもそれがどうしたというのだろう。

座席の問題じゃないのはわかっている。
そんなことは豚のケツだ。
ばあさんのことは許してやる。

ところが、おれに唐突にリンクを張ったバカがいる。
頼んだわけでもないのに満期がやって来た。

「こんなことだったのか」

クソにはクソに固有の閾値のセッティングがある。
男の虚数的なまなざしと科白が、
クソの構造計算式にクソの解を与える。
嫌な感じの凝集が起こって、相転移がはじまる。

「かあちゃん、ここが臨界点らしい」

あってはならないことがありうるということ。
ゆるされない現実が現実に起こるということ。

想像する間もなく、なけなしのフォースが励起した。
あるかなきかのオレのひ弱なフォースだ。

――おれはショルダーからナイフを取り出した。
――臨界を超えた津波が男の心臓にナイフを突き立てた。
――惨劇のさなか、一瞬だけ一縷の希望が立ち上り、消尽する。

最後のフォースはきれいさっぱり使い果たされた。
もはや絶望も希望も憎悪もなにも残っていない。

嫌な感じもホットスポットも消滅した。
借金の取立ても支払いもすべて終了した。

システムは完全にダウンした。
そして、この街にもシステムダウンが起こる。

しかしそれは束の間の出来事にすぎなかった。

この街の視覚が凄惨な光景が捕獲しはじめると、
装填されたサブシステムにスイッチが入る。

総員によるまなざしの凝集が起こり、
失われた現実の一斉捜索が始まる。

どこかにあるはずの人倫を呼び戻すように、
凝集点では価値と反価値のボーダーをめぐり、
解釈コードの作動とエチカの再認証が始まる。

   おお 厚顔で恥知らずの世界よ
   その暑苦しい身振り手振りよ
   クソまみれの不毛さよ!

一般意志の貫徹を代行する執行ユニットとして、
選抜されたエージェントたちが召喚される。

「わたしにおまかせなさい村」の村長さんや村人たちが、
ボランティアとしてぞくぞく名乗りを上げる。

みえざる一般意志が一カ所に回収され、
サブシステムのエンジンに次々に充填されていく。

蝟集する感情の規模に従って、
執行グレードが調整される。
メモリの設定は最高グレード、レベル7。

おれは数えきれないまなざしに包囲された。
恐怖と憎悪と憤怒と呪詛の津波が襲いかかり、
二波三波四波と巨大な威圧がおれの存在を呑みこんでいく。

フォーカスされたおれは次第に市場性を帯びていく。
マーケットメカニズムは抜かりなく作動している。

   自由を求めて隷属し
   隷属を拒んで支配に加担する

呪われたクソにとって街の地平は果てしなく遠いが、
メディアによって自称のクソは公称のクソに転換していく。

するとスポットライトのきらめきのなかで、
どんなクソにも社会性のカケラが付着する。

おれとは別のどこかにもう一人のおれがいるらしい。
別のおれは緻密に張り巡らされた需給メカニズムの網の目に拾われ、
マーケットへのささやかな参入を果たす。

  ―― the murderer ――

おれに一点の曖昧さのない認証カードが貼付される。
座席のないどこにも存在しないクソとして生きてきたおれに、
晴れてパブリックな公式の座席が与えられる。

特上プレミアム付きのピカピカの座席だ。
自称のクソから公認のクソへの企投と転換。
クソがたどりついた究極のクソがこれだ。

使い切りの消費財として需給の結節点をめぐった果てに、
完全無欠の分別を受けて汚物処理が執行される。

   クソまじめに食い尽くしたら
   新しい獲物を探し出して
   はてしなく勝どきを上げたいのか

おれは圏外へ吐き出されて無限の闇へワープする。
おれという存在は宇宙のゴミとなって消えていく。

いや、おれの「存在しない」はもう一つラックアップして、
「おれ」も「存在しない」も過去に遡って存在しなくなる。

  ――地下鉄車内、キレた果ての凶行――

記憶のファイルには新たなラベリングが加えられ、
得体のしれない不安はクリーンアップされ、
巨大な一般意志の再起動が確認されていく。

呪文のコトバが響きわたり、
人びとは唱和し、不安を鎮め、
結界が結び直される。

  ――街は健全に保たれている――

濁りきった空気は換気され、
新鮮な空気に満たされる。

次なるイベントに向けて再び、
街はスタンバイの状態に入っていく。
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「創発、コミュニケーション」(twitter)

2013-02-03 | twitter

【創発 Emergence】

「菜の花に 月のでんきが つきました」(小4女子俳句)

少女のからだの中で、「feel」がうごき、創発の秘蹟が現象する。
いくつものコンテキストに由来する言葉たちは、一つに結び合わされ、
世界を新たなコンテキスト(ビジョン)へみちびかれていく。
この秘儀において、この世にはなやぎを加える貢献がもたらされる。
少女の精神を「気が狂っている」とはだれもいわない。


【デフォルト】

動物の世界のコミュニケーションの多くは、
定型的なパターンとしてデフォルト化されている。
鳴き声が庇護対象を告げるシグナルである場合、
鳴くことができないヒナ鳥は、親鳥に食い殺されてしまうことがある。
人間にとってこの種のデフォルトは、決して変更不可能なものではないが、
デフォルトが維持されるとき、例えば「差別」が必然化されていく。


【前言語的コミュニケーション】

動物はモノや出来事をつたえる指示言語をもたない。
子猫はミルクがほしいとき「ミルクがほしい」を親や飼い主に明示することができない。
子猫は親や飼い主に向かって、両者の関係の文脈にみずからの行動を埋め込み、
「空腹」というシグナル(鳴き声・すり寄り)を伝える。
親や飼い主がこのシグナルの意味を読み込めないとき、子猫は死んでしまう。



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