知ることより早く動いているものがあり
知ることに先んじて知ることを促す作動がある
知ることわかることに先駆けながら
知ることわかることを触発する〝非知のクラウド〟があり
知ることの手前で訪れる衝迫があり
全貌を知ることに収めることのできない生成がある
生の理由であり生の触発であるわからなさのクラウドがあり
そこに創発する新たな「ありうる」の地平がある
新たな「ありうる」の地平にみちびかれるように
知ることわかることはいつも遅れてやってくる
生成するもの訪れるものはつねに
〝主観(わたし)にとって〟という原理において現象する
ただ〝主観(わたし)にとって〟という条件においてのみ
わからなさの地平はつぎつぎに開かれていく
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聴こえるかぎり、見えるかぎり、触れるかぎり
知りうるかぎりの〈世界〉の内部で自足するとき
非知とつながる回路が塞がれ失われる
わかることの位相にすべてを収納しようとすると
わからないことのわからなさが消えていく
知ることわかることの内側にすべてを収納可能と考え
わからないことのわからなさを手放すと
新たな形成の手がかりが途絶えてしまう
巨大なわからなさの地平が遠ざかっていく
ただそれだけではない
失われる手がかりを代替するように
まさしくこの地点において〝全知〟の虚数項が立ち上がっていく
わかることの地平にわからなさを納めようとするとき
さまざまな〝カミ〟の生成は不可避なものになる
知ることわかることの地平
それは不変の因果律と秩序に従う物理世界に酷似している
しかし一切の生成の起源をなすものを
生成したものの内側に収めることはできない
さまざまな〝カミ〟をいただく逆立ちした世界──
〝主観(わたし)にとって〟という原理が
〝カミにとって〟という誤読にとって代わられる世界
そのこと自体にもある必然の回路があるといえるにちがいない
しかし少なくとも言えることがある
知のなかにすべてを収めることへ欲望そのものが
非知のクラウドから生成するものであるということ
知るうること知りえないことの二極のあいだのゆらぎそのものに
われわれはそのことに「生」の本質を受け取っているということ
***
わからないことのわからないままに
かたわらにとどまる作法がありもてなしがある
わからなさのわからないままに
わからなさから生成する
由来をたどれない内なる促しがある
生の触発と理由をつくるわからなさのクラウドがあり
クラウドから創発する新たな「ありうる」がある
「ありうる」をめがける根本動機の起点にわからなさがあり
「ある」をほどいて結び直すことが許された〝踊り場〟がある