ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

Printemps et Garcon

2010-03-27 | photo
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『らぶれたあ』(参)

2010-03-24 | 参照
★霜村三二『らぶれたあ』かもがわ出版 (2006/06)


「ほかのクラスの親や子も読んでいるらしい」

当然ながら、たくさんのオマージュが予想できますが、
この著者の人物像についての推理を。

最初に、温かな人柄のウラ側にいる、
相当にハラの据わった男の姿が想像されます。
それから、潔さと志の高さのようなものも、
強烈に読み取れるところです。

現在の学校の中で、これだけオープンに、しかも毎日、
自分のコトバを発信しつづけるというのは、
例えばイジワルな視線や言及にも「へ」とも思わない、
明るくしぶといハートの強さが必要でしょう。きっと。

本文に「戦う教師」の姿はストレートに出てきませんが、
毎日ユーモアたっぷりにつづられる教室のスケッチは、
同時に、今の学校のあり方に対するインパクトのある
裏メッセージにもなっているように感じます。
それは、かなり自覚的な作業にちがいありません。

太っ腹で、開けっぴろげで、
引き出しをいっぱいもった三二先生のまなざしの下で、
子供たちは知らず知らずのうちに、
自分たちに備わった正と負の両方のエネルギーを、
ほがらかに開放しているのではないでしょうか。

このことは昔もそうですが、
今の学校ではなおさら、きわめて貴重なことだと思います。
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「エントロピー」

2010-03-23 | 用語

生起確率の高い「いかにもありそな言辞」は、エントロピーが大きい。
教条的学校空間は生起確率の高い「いかにもありそな人格」を求める。
教条的な教師が支配する教室は、生徒のエネルギーが拡散しつづける。

教条的な学校空間の維持のために、エントロピーは大量に放出される。
教条的な学校空間の維持のために、環境はエントロピー負荷を高める。

教条的な教師は教条的学校空間のシールド外に出ると秩序が崩壊する。


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「記憶」

2010-03-11 | photo

*「過去を記憶できない者は、罰として過去を繰り返す」
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「相転移する視覚」

2010-03-03 | photo
*「ありそうのなさ」からのf(「超出」と「帰還」)
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