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最新の治療法など、地元の医療情報を提供する「メディカルはこだて」の編集長雑記。

函館で医療・介護雑誌を発刊している超零細出版社「メディカルはこだて」編集長の孤軍奮闘よれよれ・ときどき山便り。

老舗の破綻

2009年10月19日 16時31分19秒 | 函館・道南情報
普段はほとんど通ることのない道だが、ふと思い出してこの店の前を通った。
8月末に代表が自己破産を申請して閉店した「季よせ」である。

 閉店した「季よせ」

川魚料理の老舗として知られた「はいや」の経営であるが、同時期に「さくら」も閉店した。
「季よせ」には5~6回は訪れているはずだ。

「はいや」といえば思い出深い店が末広町にあった「三笠」である。
ここは6~7年くらい前に閉店しているが、小学生のころはこの店で食事をするのが楽しみだった。
週末などは2階の入口へと続く階段の下まで待つ人が並んでいたものだ。
鰻や天ぷらの美味しい店だったが、10年くらい前に訪れたときはひどくがっかりして帰った記憶がある。
20年以上も前になると思うが一度食中毒を起こしている。
当時の社長は名誉挽回すべく店内で頭を下げて挨拶をしていた光景もよく記憶している。

老舗の飲食店はたった一度でも味を落とすとそれが致命傷になる。
やはりある老舗の店での4年ほど前のことだが…
近くの席に座っていた男性が運ばれてきたそれをなかなか食べようとしない。
どうしたのかなあと不思議だったが、自分に運ばれてきたそれを見て納得した。
ご飯が「古い」のだ。
結構長い時間(ごはん)ジャーにとどまっていたと判断できるようなご飯だった。
周りを見ると、まったく気にかけない人もいたが、このご飯はあまりにがっかりだった。
それからはその店を訪れていない。
一度でも手を抜くと、そのときは滅亡への確かな第一歩となることは間違いない。
もちろん雑誌だってそれは同じことだと強く自覚しているが…。
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五稜郭公園のフジ

2009年06月04日 16時34分00秒 | 函館・道南情報


1週間ほど前から五稜郭公園のフジがたくさんの花をつけて垂れ下がっている。
写真は先週末のもので、すでに見ごろはピークを過ぎているのかもしれない。
公園の二の橋を渡ったところにあるフジ棚は一時移転計画があったが、保存が決定している。
淡い紫色の花は幹から先端に向かって咲きこぼれているようだ。
フジの蔓(つる)は右巻きだが、山地に自生するヤマフジは左巻きとのこと。
フジ棚の下から見上げる様子は魅惑的でもある。



公園内の樹木も新緑が眩しかった。


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「ブックショップはこだて」が閉店

2009年05月17日 11時30分53秒 | 函館・道南情報
「ブックショップはこだて」と言ってもわからない人が多いでしょうが、イトーヨーカドー函館店の地階にある書店で、一昨日に閉店しました。
ジェイ・アールはこだて開発(函館市若松町)が経営する書店で創刊号からのお付き合いでした。

創刊号のときは、新聞で紹介された記事を切り抜いてポップにしてくれました。
それを見たときはとてもうれしかったです。
8年間お世話になりました。

ジェイ・アールはこだて開発は函館駅でも書店(ブックショップステーション)を運営しています。
函館を訪れた人がここで小誌を買って、後日、バックナンバー等を注文してもらえることも少なくありません。

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開花まであと4日

2009年04月22日 16時19分40秒 | 函館・道南情報


函館のソメイヨシノの開花予想は26日で、例年より7日早い。
五稜郭公園のサクラのつぼみはぽってりと膨らんでいた。

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早春の妖精

2009年04月22日 10時04分56秒 | 函館・道南情報


北斗市(旧大野町)の木地挽山(きじひきやま)にある「匠の森公園」は、カタクリの群生地でよく知られている。日曜は「早春の妖精」とも言われるそのカタクリの紅紫色の花がちょうど見ごろになっていた。



雪がすっかり溶けて枯葉が敷き詰められた地面にカタクリの花が咲いていた。
草丈は10センチから15センチくらい。
気温の上昇に伴って開花し、温度が下がる夜間などは花を閉じてしまうそうだ。



上の写真はキクザキイチゲ。
山地の林の中などに生える多年草で、花の色は写真のように白と淡い紫色の二種類があるとか。
旧大野町の実家で見つけました。
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夕暮れの海

2009年01月22日 00時25分49秒 | 函館・道南情報


大森浜に面した啄木小公園には海岸への階段がある。
冬の海は冷たくて寂しい。



東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる

明治40年の5月から9月まで函館に住んでいた石川啄木は、夏の大森浜をよく散歩した。
この辺りには砂丘があり、ハマナスが咲き乱れていたそうだ。

潮かをる北の浜辺の
砂山のかの浜薔薇よ
今年も咲けるや

浜薔薇とはハマナスのこと。
花言葉は「見映えの良さ」「美しい悲しみ」


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一気に冬本番に突入

2008年11月21日 12時42分08秒 | 函館・道南情報
 昨日の五稜郭公園

一昨日から雪が降り出して昨日は本格的な吹雪となり、雪かきに追われる人の姿をあちこちで見た。
降雪量は20センチを超え、最低気温も氷点下6.3度と今季一番の冷え込みとなった。
超零細出版社にとっても移動時間が長くなるなど雪は大敵である。除雪がよくないので道路がソロバン状態になると車での移動が続く時は身体が小刻みに震えるようでとても好ましくない。

 工事中の箱館奉行所

18日(火)は五稜郭公園を久し振りに散歩した。
公園内では箱館奉行所の復元工事が行われている(完成は2010年夏)。1864年に完成した奉行所は、明治維新の「箱館戦争」の舞台となった。復元されるのは当時の建物約3000平方メートルのうち、玄関、表座敷などを役所部分の約1000平方メートルとのこと。

 箱館奉行所の完成予定図

奉行所が建つ場所は、小学校時代の運動会が行われた懐かしいところでもある。当時の函館の小学校の一部は学校のグランドではなく五稜郭公園で運動会を実施していた。
たくさんの落葉を眺めながら歩いていたが、その日は秋の最後の一日となった。

 公園内はたくさんの落葉が敷き詰められていた

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恵山のハワイ化計画って

2008年10月11日 18時24分00秒 | 函館・道南情報
「つつじまつり」で有名な恵山地区の海側には「日の浜」と呼ばれている砂浜がある。この海岸をハワイのワイキキビーチと似ていることから観光資源として活用しようという試みがあるようだ。
日の浜の海岸線と恵山がワイキキビーチとダイヤモンドヘッドの景色と「そっくり」と感じた恵山観光協会の会長さん。「恵山ハワイ化計画」を提唱して『ようこそ北海道のハワイへ』をアピールしているそうです。
戸井から恵山の辺りは雪も少なく温暖な気候ではあるが(まあサーフィンも盛んですね)、ハワイのイメージとはちょっと違うような…。なによりハワイはハワイで、恵山は恵山なんですけどね。

 道の駅「なとわえさん」から眺める恵山

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西部地区の気になる建物

2008年06月30日 09時10分36秒 | 函館・道南情報
函館の西部地区には気になる建物が多い。


この建物は大町にある民宿「室屋」。
十字街方向からは緑の島の手前(左側)にある。
建物もいいが、この看板が素晴らしい。
達筆過ぎないというか、気持ちがひかれる「字」だ。


すでに閉店しているこの喫茶店は、元町の病院のすぐ隣にある。
看板に描かれている猫の絵と「ねこ」の字がよく似合っている。


弁天町にある喫茶エデン。
この建物も相当気になっていた。
一人で入るのには相当な気合いも必要だった(ということでMさん同伴)。
そして遂に先日ドアを開けて椅子に座りコーヒーを飲んできた。
30センチほどのステージがあってカラオケができる。
水の入っていない水槽が並んでいたが、以前は熱帯魚を飼っていたそうだ。
寒い時期限定の「鍋ラーメン」がお薦めであると店の主人が語っていた。

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千野時計店函館店が閉店

2008年06月01日 23時39分12秒 | 函館・道南情報


函館の観光名所である五稜郭公園近くに店舗を構えていた時計宝飾の専門店「千野時計店函館店」が今月15日で閉店することになった。同店は旧西武函館店の中で時計宝飾サロンとして長く営業をした後、平成15年に現在地に移転、「ジュエラーチノ函館店」としてオープンした。
千野時計は1904年に千野善之助が青山に開業したのが出発点。51年には百貨店との取引を開始、量販店などのグループにも多店舗展開、90年以降は業務の絞り込みを行い、高級時計宝飾を専業とした店舗展開をしてきた。
小誌の広告先でもあった。ハウスメーカーも倒産が続いたが、支店や営業所の函館からの撤退はやはり「不景気」の3文字を象徴しているのだと改めて痛感させらる。


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