遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



 

出掛けに娘に「なにか おもしろい本ない? 天使はどう?」と訊いたら ”日の名残”を貸してくれました。電車で読み始めたら おもしろくて 乗り過ごさないかひやひやしました。

”日の名残”は執事スティーブンスの一人称で語られる イギリス貴族であり政治家であるダーリントン卿の邸 ダーリントンホールに住まうひとびとのものがたりであり ひとびとの織り成す英国の歴史のものがたりともなっています。いわゆる英国病を愛惜とともに語っているようにも見えるのですが 怒涛の終盤は古きよき英国というものがいったいなんであったか 愛惜に値するものであったか...もつきつけているような気がします。

自他ともに認める名家に勤める執事の鑑であるスティーブンスの目と口で語られるものがたりは 客観性のある視野を持つことができず 読者は不自由な目を強いられ 執事というめがねを通して英国社会を見ることになります。それはなかなか刺激的でもありいらいらもするのですが 終盤 スティーブンスの覚醒とともに 英国貴族社会の実態がボロボロと見えてくるのは圧巻です。

スティーブンスが身を粉にして求めてきた素晴らしい執事の条件”品格”とはいったいなんだったのか 親を看取ることもなげうち 愛する女の気持ちに気づくことも忘れて 捧げたものにいったいなんの価値があったのか.....かつての女中頭ミス・ケントンのことばによって残照のなかに映し出されてきたものは目を覆うばかりの自らの誤ちでした。

スティーブンスは自分の価値 品格というものを自分の中に持ちませんでした。彼は主人のダーリントン卿の影をもってそのかわりにした なにもかも捨てて仕えることで自分を主人の影としそれをアイデンティティーにしたのです。勇気ある誠実なダーリントン卿 実はそのダーリントン卿はナチの術中に嵌り 英国を裏切っていた。 スティーブンスは卿の甥からそのことを知らされながら 盲信し 結果卿が奈落の底に落ちるのをとめることさえできませんでした。

それはまるで 日本の企業に勤める会社人間を見るようでもあり 官僚の姿を見るようでもあります。組織と一体化し 客観的な視野を喪った男たち 悲しむべきことにそれを誇りにしている男たち......この小説はまことに苦い小説であります。これは 男の書くものがたりです。

作者は自らの過ちと人生で喪ったものに気づき桟橋で泣くスティーブンスに愛のこもったまなざしを投げているのでしょうか それとも侮蔑しているのでしょうか? まるでスカーレットの台詞のようにスティーブンスを慰める下層階級の男こういわせます。「過ぎちまったことはくよくよしてもしかたがないよ 楽しまなくちゃ」 スティーブンスは真剣に考えます。「新しいご主人、アメリカ人のファラディさまのためにジョークを覚えよう。まだ1週間あるじゃないか。」

英国は植民地に対しいったいなにをしてきたか....アメリカはなにをしてきたか.... そのことに思いを馳せるとこの小説はもっと苦くなります。英国貴族の暮らしはなにによって支えられてきたのでしょう。国王は女王はなにをしてきたでしょう。 

そして 女中頭のミス・ケントン 彼女はスティーブンスに思慕を寄せながら 愛してもいない男と結婚し告白もせず去ってゆく...... それは彼女のプライドのなせるわざであったのでしょうが どうでしょうね 男はともかく 今の女はそんなばかなことほとんどしないと思いますよ。だめでもともと自分のしたこと 言ったことは自分の身にひきうける そういう分別を持っている.............

この小説 とてもおもしろいのですが どこかに決定的な瑕疵があるように感じました。



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