本日は、大切な大先生のお誕生日。
年配のしかも男性の場合は、プレゼントするモノ選びが難しい。
お酒がお好きだからお酒とか、おつまみがいいのだけど、そんなものは、他の方が贈られるだろう。
また高額なものは、他の方が贈られるだろう。
そんな条件の中ネットで探し、自分できれいに包む自信がないことと面白くないので、モノを持って永楽屋細辻伊兵衛商店祇園店に行き、風呂敷を選び包んでもらいました。
こうすると贈るものの表情が変わるから面白い。
包んだ生身は・・・企業秘密じゃなかった、自由業秘密。(笑)
風呂敷って万能だと思う。
包装紙だとリサイクルできないしね。
これならまた本なんか包んであげてもいいし。
万能だと思う。
これからの時代、ライフスタイルを根本的に見直さないといけない。
お金をかけなくても、伝えることはできると思う。
創意工夫でね。
◆「初心忘るべからず」の意味
「初」は「衤(ころもへん)」に「刀(かたな)」と書きます。
長年、着ていた着物を仕立て直す時、鋏をいれます。
たとえどんなによい着物でも
朝の連ドラの「カーネーション」で、着物を洋服にすくりかえるというシーンがありました。
主人公が近所のおばちゃんに、方法を教えるのですが、おばちゃんたち最初に鋏を入れられないシーンがあります。
そうなんです。とても勇気がいること。
「初心」って勇気のいることなんです。
どんなにキャリアのある人でも、その「勇気」を忘れるなという意味なんだそうです。
京男は、「勇気」と「無茶」を混同しているかもしれませんね。
深く考え込んだ一日でした。
明日になっても、明後日になっても「初心忘るべからず」ですね。
今年2012年1月10日に書いた記事で以下の文章を書きました。
大事なので再度掲載します。
「初心忘るべからず」
時々の初心忘るべからず
老後の初心忘るべからず
時々の初心とは
少し年をとって若い頃より体が動かなくなれば
ちゃんと動くように工夫する
これが独奏になる
老後の初心とは
かなり年をとって 若い頃の動きは出来なくても
若い頃には出てなかった奥行きの深さを出す
これが独奏である
※「初心忘るべからず~」は世阿弥の晩年の著書「花鏡」にある言葉
ひょっとしてもう「年初の初心」が薄れているかも・・・
「時々の初心忘るべからず」
そして
「病後の初心忘るべからず」
ですね。
まあ、「病」という字はあまり好きじゃないけど。
「病気」じゃないからいいかな。
「病」と「病気」はかなり違うと京男の解釈。
「病」は、主にハードの問題。
「気」は、行き方や考え方、心の問題。
心は、どんな「病」の時でも「元気」ですからね。
でも「病」を続けていると「心」まで悪くなる人がいる。
「心」が悪くなると「病」つまりハードや状況まで悪くなる。
この理屈、わかっているけど、正すことができない。
「病気」の方がある意味で心地いいから・・・。
だから「初心=勇気」がいるのですよ。
でないと悪いサイクルから脱することができないのです。
日本の政府だってそうかもね。
Twitter→@kyo_otoko
年配のしかも男性の場合は、プレゼントするモノ選びが難しい。
お酒がお好きだからお酒とか、おつまみがいいのだけど、そんなものは、他の方が贈られるだろう。
また高額なものは、他の方が贈られるだろう。
そんな条件の中ネットで探し、自分できれいに包む自信がないことと面白くないので、モノを持って永楽屋細辻伊兵衛商店祇園店に行き、風呂敷を選び包んでもらいました。
こうすると贈るものの表情が変わるから面白い。
包んだ生身は・・・企業秘密じゃなかった、自由業秘密。(笑)
風呂敷って万能だと思う。
包装紙だとリサイクルできないしね。
これならまた本なんか包んであげてもいいし。
万能だと思う。
これからの時代、ライフスタイルを根本的に見直さないといけない。
お金をかけなくても、伝えることはできると思う。
創意工夫でね。
◆「初心忘るべからず」の意味
「初」は「衤(ころもへん)」に「刀(かたな)」と書きます。
長年、着ていた着物を仕立て直す時、鋏をいれます。
たとえどんなによい着物でも
朝の連ドラの「カーネーション」で、着物を洋服にすくりかえるというシーンがありました。
主人公が近所のおばちゃんに、方法を教えるのですが、おばちゃんたち最初に鋏を入れられないシーンがあります。
そうなんです。とても勇気がいること。
「初心」って勇気のいることなんです。
どんなにキャリアのある人でも、その「勇気」を忘れるなという意味なんだそうです。
京男は、「勇気」と「無茶」を混同しているかもしれませんね。
深く考え込んだ一日でした。
明日になっても、明後日になっても「初心忘るべからず」ですね。
今年2012年1月10日に書いた記事で以下の文章を書きました。
大事なので再度掲載します。
「初心忘るべからず」
時々の初心忘るべからず
老後の初心忘るべからず
時々の初心とは
少し年をとって若い頃より体が動かなくなれば
ちゃんと動くように工夫する
これが独奏になる
老後の初心とは
かなり年をとって 若い頃の動きは出来なくても
若い頃には出てなかった奥行きの深さを出す
これが独奏である
※「初心忘るべからず~」は世阿弥の晩年の著書「花鏡」にある言葉
ひょっとしてもう「年初の初心」が薄れているかも・・・
「時々の初心忘るべからず」
そして
「病後の初心忘るべからず」
ですね。
まあ、「病」という字はあまり好きじゃないけど。
「病気」じゃないからいいかな。
「病」と「病気」はかなり違うと京男の解釈。
「病」は、主にハードの問題。
「気」は、行き方や考え方、心の問題。
心は、どんな「病」の時でも「元気」ですからね。
でも「病」を続けていると「心」まで悪くなる人がいる。
「心」が悪くなると「病」つまりハードや状況まで悪くなる。
この理屈、わかっているけど、正すことができない。
「病気」の方がある意味で心地いいから・・・。
だから「初心=勇気」がいるのですよ。
でないと悪いサイクルから脱することができないのです。
日本の政府だってそうかもね。
Twitter→@kyo_otoko
「病中の初心忘るべからず」ですかね。
こんな素敵なプレゼント、もらったらうれしいですね。心がこもっているのを感じられます。
病気は、治るとまた無茶をしたりしますよね。はじめて歩けた感動とか当たり前のことを初めてできた感動を忘れてはいけないかもしれません。
私もそう思われているかも。
相手のことをチャンと考えたらいいだけなんですよ。
お中元なんかも本当はそうやったら良いのかも知れませんね。