尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「万延元年のフットボール」、性と暴力と想像力ー大江健三郎を読む②

2021年06月27日 20時44分41秒 | 本 (日本文学)
 大江健三郎の「万延元年のフットボール」は傑作で、大江健三郎の代表作とされている。ノーベル文学賞の対象作品でもある。もっとも僕はこの本を半世紀以上前の中学生の時に読んでいて、その時も凄いとは思ったものの判らないところが多かった。(それでも三島由紀夫仮面の告白」よりは判った感じがしたけど。)なんで中学生の時に読んだのかの個人的な思い出から書きたい。今は「ヤングアダルト」という分野が確立され、高校生直木賞なんかもある。しかし、半世紀前には「坊ちゃん」や芥川龍之介の次に読む本がなかった。
(今一番入手しやすい講談社文芸文庫版)
 北杜夫どくとるマンボウシリーズなどを読んだら、もう文庫本を自分で探すしかなかった。最新の小説として三島由紀夫大江健三郎が入っていた。学校で中学生向けの本を借りたくても、生徒急増期で僕の学校では図書室も教室として使われていた時代だった。確か朝日年鑑で「万延元年のフットボール」を知ったと思う。中央公論社の「日本の歴史」シリーズを持っていたので、本屋の方から売り込みがあったと思う。世界情勢だけでなく、後ろの方に文学賞などの情報もある。そこに最新の傑作は「万延元年のフットボール」だと出ていた。
 
 「万延元年のフットボール」は1967年1月から7月に「群像」に連載され、9月に刊行された。第3回谷崎潤一郎賞を(安部公房の戯曲「友達」とともに)受賞した。今に至るまで最年少受賞である。この書かれた年代、つまり「60年代」が本の中に息づいているのである。何が凄いのかはよく判らなかったけれど、僕は本を買って、読んで、凄いと思ったわけである。1971年に講談社文庫が創設されたとき、第一回配本に「万延元年のフットボール」もあった。その時に文庫も買ったのは、解説(松原新一)を読むためだったと思う。つまり判らないところを少しでも解消したかったのだ。その後半世紀読まなかった本を、今回ようやく読んだことになる。
(講談社文庫第一回配本の「万延元年のフットボール」)
 あらすじを書くと長くなるから細かい話は書かない。読んでみて「古さ」を感じるところがあった。最初は「マゾイズム」と書かれているのに驚いた。今の版を確かめてみると、さすがに「マゾヒズム」と直されている。主人公根所蜜三郎には障がいのある子どもが生まれたが、その子は「白痴」とか「精薄」(精神薄弱児の略)と書かれている。今じゃ使われない言葉だが、確かに60年代には使われていたと思う。全体的に政治状況がベースにあるので、それも今では通じにくい

 「万延元年」というのは、西暦1860年のことである。安政と文久にはさまれて、わずか一年しかなかった。細かくいうと1860年4月8日から1861年3月29日までである。安政7年3月3日(1860年3月24日)に「桜田門外の変」が起こり改元されたと言われる。「安政」時代には欧米との貿易が始まり、孝明天皇としては望ましくない元号だったのだろう。しかし、「万延」時代は短かすぎて知っている人は少なかった。その年が「60年安保の100年前」だと気付いたのが、まずアイディアの勝利である。その年に根所蜜三郎と弟鷹四が生まれた四国の山奥の村では、百姓一揆が起こり彼らの祖父の弟が指導者だったと伝えられていた。その祖父は弾圧を逃れて土佐から東京へ逃れたともいわれているが、詳細は不明とされる。

 この村は大江健三郎自身の生まれた愛媛県大瀬村(現内子町)を思わせる。初期からずっと書かれてきた村だが、江戸時代には大洲藩領で実際には万延元年に大一揆が起きたという史実はないようである。(なお「一揆」は当時の研究状況を反映して、村人による「抵抗運動」を指している。一揆勢が武装して藩権力に立ち向かうようなイメージは、現在の研究では否定されている。)100年前に起こった一揆の祖父とその弟が、村へ戻った蜜三郎と鷹四に重なる。鷹四は村の青年たちを組織しフットボールのチームを作る。100年を隔てた土俗と近代の重なりが「万延元年のフットボール」という卓抜なネーミングの由来である。ここはやはり「サッカー」ではダメだろう。「フットボール」という言葉の喚起力が作品を成立させている。
(単行本の「万延元年のフットボール」)
 それにしても作品を覆う「死のイメージ」に改めて驚いた。冒頭から異形な形で自殺した友人のイメージが蜜三郎につきまとっている。蜜三郎と妻の菜採子は障がい児が生まれて以来夫婦関係が壊れている。蜜三郎、鷹四の兄弟は本来5人兄妹だったが、長兄は戦死、次兄は戦後起こった朝鮮人集落との暴力事件の際に死んでいる。さらに妹も自殺し、戦時中の父の死にも不審がある。というように三浦哲郎の「忍ぶ川」「白夜を旅する人々」みたいな一族なのである。

 鷹四は安保反対デモに参加していた時に暴力に目覚めて、転向してデモ隊を襲う暴力団に加わる。その後は保守政治家が組織した「改悛した日本人」の一団として渡米し、放浪し、今帰国しようとしているが、帰国便が遅れている。そうやって始まる物語は、冒頭が非常に「晦渋」でなかなか内容に入れない。村では強制連行され森の伐採に従事していた朝鮮人の中で、土地を買い集めて実業家になった「スーパーマーケットの天皇」がいた。村にもスーパーが出来て他の店は皆借金を抱えている。鷹四は村に残る倉屋敷を「スーパーマーケットの天皇」に売り払う契約を勝手に結び、車で村へ向かう。安保闘争を通して鷹四の信奉者となった星男桃子という「親衛隊」も付き従っている。村でやり直そうと誘われた蜜三郎、菜摘子も村を訪れる。

 村で彼らの家を守っていたジンは、食べることを止められない巨女になっている。村では兄の死、祖父の弟などに関して蜜三郎と鷹四の記憶や見解はことごとく対立している。幼い頃に祖母からは「チョウソカベが来る」と恐怖をあおられる。洪水で橋が落ち、冬は雪に閉ざされる山奥の村で、ついに大事件が起きる。この「雪に閉ざされた村」の緊迫感は凄い。ミステリーみたいな設定だが、「全小説」の解説で尾崎真理子がトルコのノーベル賞作家オルハン・パムクの「」に言及している。僕も読んでいるときに、これは影響しているなと思った。
(ジョン・ベスター訳の英語版「The Silent Cry」)
 村で奇怪な出来事が起こっているのもガルシア=マルケスを思わせるが、世界に大きな影響を与えた「百年の孤独」が刊行されたのは1967年である。「万延元年のフットボール」と同じ年なので、影響関係はない。大江健三郎とガルシア=マルケスは同時に同じような作品世界を構想していたのである。これは両者ともにウィリアム・フォークナーの影響を受けているのだと思う。フォークナーはミシシッピ州をモデルにした架空の地で起きる「ヨクナパトーファ・サーガ」を書き続けたが、それに当たるのがガルシア=マルケスの「マコンド」や大江健三郎の「四国の森」である。

 村の青年たちが飼っていた鶏が寒さで死ぬ。そこから一気にカタストロフィに至る緊迫感は、日本文学史上に類例が思い浮かばないぐらいの迫力だった。それは短期的には60年代末の「性と暴力の革命」を予見した。しかし、今になってみれば、むしろこれは「ヘイトクライム」である。鷹四グループによってあおり立てられた村人は、朝鮮人経営のスーパーマーケットを略奪する。そこで積み重なった道徳的退廃が破滅をもたらす。鷹四と妹の秘密、祖父の弟の真実が明かされるとき、多くの犠牲を出した小説世界は未来へ向かってほのかな灯りをともして終わる。

 多くの人が死に、性と暴力に彩られた作品世界。間違いなく日本文学が世界文学に通じた作品だ。イマジネーションによって歴史と現在がつながり、未来を展望する。そして「60年安保」の10年後(「70年安保」)を目前にしていた時代精神に働きかける。そのような「性と暴力」を通して再生がもたらされる世界は、今読んでも迫力に満ちている。だけど、ジェンダー的、あるいは最新の歴史認識からは読み直しも可能かもしれない。僕はそこまで踏み込む元気はないけれど。大江作品を読むときは最初は初期の短編から初めるべきで、この作品からチャレンジするのは大変かもしれないなと思った。
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