尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「おとし穴」と60年代前衛映画ー勅使河原宏監督の映画④

2021年06月14日 22時56分53秒 |  〃  (日本の映画監督)
 勅使河原宏監督の最初の長編映画「おとし穴」は、今見ても驚くほど新鮮な「前衛映画」である。見るのは3回目で、若い頃に初めて見たときはよく判らなかった。前回は3年前に「砂の女」と二本立てで見た。その時は久方ぶりの「砂の女」に圧倒されて「おとし穴」の印象が薄かった。今回はさすがに筋立ては覚えていて、映像や構成に注目して見たのだが、改めて感じるところが多かった。撮影監督の瀬川浩によるモノクロの美学はこの映画で完成していたことが判る。

 「おとし穴」は1960年10月20日に九州朝日放送から放送された安部公房のテレビドラマ「煉獄」の映画化である。当時のテレビのことだから、放送時の映像は残っていないと思われる。筑豊のある炭鉱で、第二組合の委員長とそっくりの人物が殺される。1960年は「60年安保闘争」の年だが、「総労働対総資本の対決」と言われた三井三池炭鉱の大争議の年でもあった。九州ではその印象はさらに強かっただろう。三池争議では第一組合から第二組合が分裂したり、またピケ中の組合員が暴力団に殺される事件も起こった。だから、このドラマはどうしても三池争議をモデルにした社会派ドラマと思われただろう。
(第一組合と第二組合の委員長が対決)
 冒頭では炭鉱の厳しい労働を嫌って逃げ出した二人の労働者が、農民を欺して石炭が出るかもと掘削のフリをしている。そこからも逃げだし、港で荷運びをする。そこからまた炭鉱で働こうとするが、その時仕事をあっせんする下宿の主人から「ある場所」に行く仕事を持ち掛けられる。前に謎の男から写真を撮られていて、その写真から依頼されたのである。この労働者は名前がなく「抗夫A](井川比佐志)とある。写真を撮っていた男も名前がなく、いつも白い服を着てスクーターに乗って現れる「謎の男」(田中邦衛)である。

 冒頭は社会派風だが、その後Aが指定の場所に行くところから、不条理劇のムードが強まる。炭鉱のボタ山や人のいない炭住(炭鉱労働者向けの住宅)をモノクロで撮った「光と影」がすごい迫力だ。炭鉱や金属鉱山のあったところでは、つい最近までこういう風景がよく見られた。「ノマドランド」と同じである。その寂れた中を太陽だけが照りつける。ただ一人残っているのは、駄菓子屋の女佐々木すみ江)である。Aは駄菓子屋で場所を訪ねるが、指定場所は人気のない道である。そこで謎の男が現れて男を殺す。

 死んだ男から幽霊が抜け出て、自分は何で殺されたのだろうと言う。この映画では死んだ人間が幽霊になって、自分の死体を見つめる。謎の男はその後駄菓子屋に行き、事件を目撃していた女にニセの証言をするように依頼して大金を渡す。男の死体を見た新聞記者は、これは第二組合の委員長だという。しかし、電話してみると委員長の大塚井川比佐志)は生きている。話を聞いた大塚は、犯人はハゲがあるというニセ証言を聞いて、それは第一組合委員長の遠山に似ていると思い、これは謀略だと直感した。大塚は遠山を呼び出して会うことにするが…。謎の男が再び戻ってきて、駄菓子屋の女も殺してしまって…。
(反転する田中邦衛)
 謎の殺し屋をスタイリッシュに演じる田中邦衛は非常に印象深い。田中邦衛の映画では特殊な役柄だが、実に存在感の強い俳優だと実感させられる。たまたま第二組合委員長のそっくり男が見つかったので、謀略による第一組合潰しが仕組まれた、と筋を合理的に理解することは出来る。しかし、映画を見た触感はそういう社会派的な感じよりも、謎めいた語り方による不条理劇という感じが強い。60年代は白黒からカラーへと移り変わる時期だったが、60年代に数多く作られる「前衛」映画はモノクロが多い。その一番最初が「おとし穴」だった。

 その頃、外国のアート映画を日本に紹介しようという「日本アート・シアター・ギルド」(ATG)が創設され、ポーランドの「尼僧ヨアンナ」を皮切りに続々と名画が公開された。日本映画も上映したが、その一番初めが「おとし穴」だった。ATGあってこその勅使河原作品だった。その後60年代末には自主製作に乗り出し「1千万円映画」を作るが、その大部分も白黒映画だった。その意味でも「おとし穴」の貢献は大きい、1962年のキネマ旬報ベストテンで8位に選出されている。
(プリペアド・ピアノ)
 今回音楽を担当した高橋悠治のトークがある会を見た。高橋悠治は若い頃に「水牛楽団」をやっていたときに何度も聞いているが、話を聞くのは久しぶり。もう80を越えているが元気そうだった。「おとし穴」の音楽は音楽監督として武満徹、他に一柳慧(いちやなぎ・とし)と高橋悠治がクレジットされている。この顔ぶれも凄いが、映画の音楽も実に素晴らしく「前衛」ムードを出す。武満がスコアを書いて、3人で演奏したらしいが、プリペアド・ピアノを使うんだという。それ何という感じだが、ピアノの中にゴムや金属などをセットして(プリペアして)、音色を打楽器的に変えるんだという。知らないことは多いもんだと思った。
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