尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」、東独現代史を生きた歌手

2021年06月07日 23時24分26秒 |  〃  (新作外国映画)
 「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」というドイツ映画をやっている。ゲアハルト・グンダーマン(1955~1998)という歌手がドイツにいた。東ドイツの人で、炭鉱でパワーショベルの労働者として働きながら、自分で歌を作りバンドで歌い続けた。「東独のボブ・ディラン」などと呼ばれたこともあるという。そのグンダーマンがドイツ統一後、東独時代にシュタージ(国家保安省)に協力していたことを告白した。その事実を基にして、グンダーマンの人生を考える映画である。

 非常に重いテーマかと思うと、案外映画はスラスラ進む。労働や愛をテーマにした歌がふんだんに出て来ることもある。しかし、それ以上にグンダーマンの「優しさ」を強調し、仲間内の愛のもつれ、労働現場の様子などを描いている。シュタージ問題だけを強調していない。彼は職場の労働強化、危険性を告発し、党幹部が視察に来ると敢然と抗議する。なんで東独車のトラビでなく、西側の車で来るんだとも言う。挙げ句に党を除名されるまでになる。

 彼は社会主義を疑うことはなく、だからこそ間違った幹部を批判する。その素朴な正義感を映画は否定しない。そんなグンダーマンがなんでシュタージに協力し国家のスパイをしていたのか。どうも監視と密告が常態化していた東独社会では、それを相対化して見る視点が持てなかったようだ。党幹部を批判するがゆえに、自分の真実の告発を党に報告することが悪いとは思えなかった。統一後になって、ある人に自分はあなたを報告していたが、正しい行動をしていると書いたと言いに行く。そうすると逆に相手の人もグンダーマンを報告していたと言われる。

 東ドイツは相互に監視し合うような社会だったのである。そのことを告発するような映画は今までにも作られてきた。しかし、この映画は民衆の中で人気があった歌手を取り上げている。グンダーマンは告白後も人気は落ちなかったという。ステージ上で告白したが、かえって潔いと思われたとも言われる。彼自身も加害者であり、被害者でもあって、自分で文書を探しに行くが見つからない。そして労働と歌手を両立させる過労からか、1998年に43歳で急死した。
(元シュタージの文書庫で)
 監督は東独出資のアンドレアス・ドレーゼン(1963~)。東独時代からグンダーマンのファンだったという。告白はショックだったが、歌を通してグンダーマンの人間性を信じていたのでファンを続けたという。党幹部と政策は批判するが、社会主義と東ドイツ国家そのものは支持する。そんな人はかなり多かったらしく、そういう東ドイツ民衆の雰囲気を感じ取ることが出来る。若い人にはグンダーマンの歌が「発見」でもあり、ドイツで大きく評価された。2018年の映画で、ドイツ映画賞の作品賞、監督賞など6部門で受賞した。主演のアレクサンダー・シェーアは全15曲を自ら歌っている。とても興味深く、愛も思想も一筋縄では理解出来ないことを実感する。
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