万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

破壊=進歩というイルージョン

2024年03月12日 10時36分54秒 | 社会
 日本語では、芸術を表す言葉として長らく美術という表現が凡そ同義語として用いられてきました。この言葉には、‘美’という一文字が含まれており、その本質において美の追求であることが理解されます。その一方で、芸術の分野における進歩主義、即ち芸術にあっても時系列においてより新しいものに価値を見出そうとする考え方が浸透するようになると、美の破壊という本末転倒の現象も見られるようになりました。

 数年前、とある美術館にて展示してあった作品がゴミ箱に捨てられてしまった、という事件が発生しました。その理由はいたく単純であり、この作品が、展示場のフロアに置いてあったゴミにしか見えなかったからです。つまり、鑑賞に値する価値を見出せなかったから、廃棄すべきゴミと間違えられてしまったのです。もっとも、現代アートの専門家達は、前衛的な芸術表現への理解の欠如として、捨てた人の凡庸さを非難するのでしょうか・・・。

 本来、芸術とは、美術であれ、音楽であれ、書であれ、この世離れしたような美しいものを求める人々の精神に由来しています。古来、芸術家とは、それが個人的な美に対する憧憬や探究心に発し、鑑賞者となる他者の視線を意識しなくとも、霊感を意識しながら美の創造や表現に全身全霊を捧げてきた人々でした。例えば、西欧の音楽は長らく神への捧げ物とされていましたが、古代ギリシャでも、ムーサの女神達が天界から伝えたのが7層の音階であると信じられていました。そして、ムーサの女神達こそ、芸術家達にインスピレーションを与える霊感の源とされたのです。その一方で、芸術家のみならず、芸術を鑑賞する側にも、美への渇望があります。両者の求めるところが一致する場として、芸術は社会において重要な精神活動の領域として成り立ち、人々に精神的な安らぎや豊かさ、あるいは、高揚感や感動を与えてきたのでしょう。芸術が存在しない世の中とは、何と、味気ないことでしょう。

 近代に至ると、音楽を教会や宮廷から解放し、音楽家を一つの独立的な職業とした作曲家として、ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトが登場してきます。モーツアルトには根強いフリーメイソン会員説があるのですが、啓蒙思想は、神の認識を変えたのであって、その存在そのものを否定したわけではありませんでした。啓蒙の時代とは、教会組織やそれが説いてきた人間に擬性される人格神としての神が否定されたのであって、むしろ、極めて数理的な調和が成立している宇宙の存在を奇跡として捉え、その隅々に神が宿るとする汎神論や宇宙的調和を実現する唯一の存在を想定した理神論が唱えられた時代とも言えましょう。このため、近代以降にあっても、神的な美しさをこの世に伝えようとする使命感をもって作品を創り続けた芸術家も少なくないのです。天才とは、しばし、凡人では感知し得ない、天界に通じるような超越的な能力を示す人々を意味してきました。

 しかしながら、現代に至りますと、共産主義の蔓延に加え、ゾロアスター教やヒンドゥー教の‘再発見’、あるいは、ユダヤ教のフランキストなどの影響により、破壊や犠牲を進歩への必要不可欠かつ不可避なステップとする考え方が広がるようになります。冷静になって考えればカルトとでも言うべき破壊=進歩とする固定概念が浸透するにつれ、芸術の世界にあっても、美の追求は時代錯誤とされ、それ自体が否定されるべき前近代的な誤りや妄想とされてしまうのです。その結果として登場してくるのが、破壊こそが創造の源と信じる芸術家達であり、彼らは人間の破壊衝動の表現者ともなるのです。誰もが上述した現代アートの作品を、天界の美の表現であるとは思わないことでしょう。

 そして、こうした破壊=進歩とする狂気にも通じるイルージョンは、既存の国家や社会を破壊して新たな支配体制を構築したい人々にとりましては、好都合であったのでしょう。今日、世界権力が目指している新世界秩序やグレートリセットも、これらを実現するためには国民国家体系を含む既存のあらゆる秩序の徹底した破壊を要します。自らの未来ヴィジョンと共に環境、デジタル、宇宙、生命科学など、世界権力が開発を急いできた先端技術は、破壊と新たなる人類支配の手段でもあります。進歩は必ずしも否定されるものでもないのですが、それが破壊を伴う時、人類が多大な犠牲を払いつつ、叡智を尽くして築き上げてきた制度や秩序、そして善性の源や美に対する根源的な意識までが破壊の対象とされるのですから、人類は、大いに警戒しなければならないと思うのです(つづく)。

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