万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

5GでEUが空中分解する?-ファウエイ排除をめぐる不一致

2019年02月11日 13時05分02秒 | ヨーロッパ
中国のファウエイ社が企業ぐるみで他国の先端技術の盗用やスパイ行為を働いていたことは、全世界に知れ渡ることとなりました。中国政府もファウエイ側も容疑を否認しておりますが、ファウエイに対する警戒感は高まるばかりです。こうした中、次世代通信網である5G(第五世代移動通信システム)の整備に当たり、アメリカを筆頭にファウエイ製品を政府調達から排除する国が相次いでいます。

 親中派のドイツでさえ、終にファウエイを排除する方向に転じたのですが、EU加盟国の間では対応が分かれているそうです。イギリスは離脱するとしても、EUのさらなる深化を目指してタッグを組むフランスとドイツの両国やポーランドが排除に傾く一方で、イタリア、ポルトガル、ハンガリーといったヨーロッパ南部の諸国はこの問題には消極的なようです。共にEU加盟国であるとはいえ、自国内における情報・通信インフラの整備に関する政府調達の権限は加盟国にありますので、国によって設備の調達先に違いが生じるのです。

 それでは、仮に、G5の敷設に際して加盟国政府の方針によってファウエイ排除国と使用国が混在した場合、どのような事態が起きるのでしょうか。EUは、欧州統合プロジェクトにおいて‘欧州市場’と称される単一市場を形成してきました。そのプロセスにあって、様々な規格や基準が統一され、可能な限り国内市場のごとき‘国境なき広域市場’の実現に努めてきたのです。この文脈にあって、EUはユンケル欧州委員会委員長も旗振り役となって‘単一デジタル市場’の構築にも積極的に取り組んできたのですが、今般、ファウエイ問題をめぐる加盟国間の不一致にり、この構想にも黄信号が点っているように思えます。

 ファウエイ製品の主たる問題点は、自社製品に秘かにバックドアやスパイ装置を組み込むところにあります。つまり、ファウエイ使用国でG5を使用した通信が行われた場合、その情報は、全てファウエイ、否、同社のバックである中国共産党に自動的に‘筒抜け’となるのです。5Gの通信網は全加盟国間で接続される予定ですので、このことは、たとえファウエイ排除国が自国内でファウエイ・リスクを予め取り除いたとしても、同国の機密情報等がファウエイ使用国に流れた途端、この努力は水泡に帰してしまうことを意味します。つまり、EUにあっては、ファウエイ排除によるスパイ防止策は、ファウエイ使用国によって無力化されてしまうのです。

 こうした事態を防止するためには、排除国の政府も国民も、G5を使用する際には、情報を制限するか、G5の他に別の通信網を準備するか、G5の非加盟国との接続を遮断するか、あるいは、G5の導入そのものを諦める…といった方法で対処する必要に迫られます。建前としては、‘欧州市場’には国境はないはずなのですが、G5の導入を機に、EUでは、ファウエイ排除国と使用国との間で新たな‘国境’が出現しないとも限らないのです。

 高速・大量通信を可能とするG5の導入によって、ネットの便利性が高まると共に、AI技術との融合によって様々な分野で新たなネットサービスやビジネスが生まれるとされています。経済活動のみならず、政治から人々の日常生活に至るまで、あらゆる分野の基礎的インフラとなるのですが、G5をめぐる加盟国間の不一致は、それが重要な基盤であるが故に、EUに深刻な分裂を招きかねないのです。G5時代の到来は、同時にEUの空中分解を意味するかもしれず、‘鉄のカーテン’ならぬ、欧州に出現した新たな‘見えない万里の長城’は、米中対立の中で表面化しつつある‘世界の分断線’とも一致しているようにも思えるのです。

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