万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イタリアはローマ帝国の末裔なのか?-一帯一路覚書問題

2019年03月24日 11時26分14秒 | ヨーロッパ
伊、一帯一路に正式参画 G7で初、中国と覚書
‘ローマは一日にしてならず’という有名な言葉があります。古代にあって北はブリテン島から南は北アフリカまで広大な領域を自らの版図に納めたローマ帝国も、一日で出来上がるわけではなく、数百年という長い年月をかけて構築されてきたことを言い表しており、偉大な構想も長期的なプロセスを要する時にその喩えとして使われてきました。そして、ローマ帝国の建設過程で費やした時間の長さ以上に驚かされるのは、その統治テクニックの巧みさです。こうしたローマ帝国が残した知の遺産からしますと、今日のイタリアは、ローマ帝国の末裔なのか、甚だ疑問に思うのです。

 上述した諺の他にも、ローマ帝国由来の統治関連の諺や格言は少なくありません。特に知られているのが、‘全ての道はローマに通ず’です。前者は、ローマ帝国が全領域に張り巡らした道路網を意味しており、アッピア街道をはじめ、ローマ帝国では、首都ローマを起点として放射状に道路網が張り巡らされていました。現代にあっては、道路の敷設は生活関連並びに産業インフラの整備事業として理解されていますが、当時にあって最大の目的であったのは、軍隊の迅速な移動です。周辺諸国を軍事力で併合したローマは、遠方の国境地帯で反乱が起きた際に即応できるよう、大規模な軍隊が移動可能な堅固な道路を建設したのです。つまり、‘全ての道はローマに通ず’には、首都を中心道路敷設が帝国支配の道具として活用された歴史が含意されており、帝国の覇権主義を象徴しているとも言えます。

 この諺に照らしますと、今般のイタリア政府による中国が主導する一帯一路構想への協力に関する覚書への署名は、自ら中国による‘全ての道は北京に通ず’戦略を呼び込むようなものです。ローマ帝国にあっても軍用道路は域内交易路としても機能したように、表向きの目的は広域的な通商網の建設であったとしても、それは、即、軍事目的に転用可能です。つまり、積極的に一帯一路構想に協力するとします、イタリアは、自国のみならず、同構想が予定している交通ネットワーク上に位置する全ての諸国の安全をも脅かすこととなるのです。

加えて、もう一つ、ローマの著名な統治テクニックを挙げるとしますと、それは、‘分割して統治せよ’です。周辺諸国を征服するにつれ、広大な被征服地を抱え込んだローマが恐れたのは、征服した諸国が秘かに結託してローマに立ち向かう事態でした。被征服地の反乱を防ぐための方策こそ分割統治であり、征服した諸国同士がローマを外す形で軍事同盟等を締結しないよう、予め楔を打っておいたのです。

分割統治の側面から見ましても、今般のイタリアと中国との間の協力の約束は、EU、並びに、自由主義諸国に打ち込まれた楔とも言えます。今般、G5の政府調達をめぐるファウエイ排除の問題でもEU構成国の間で不調和音が生じていますが、米中貿易戦争にあって苦境に立たされた中国は、自由主義諸国の切り崩しに躍起になっています。イタリアを引き込めば、EU、並びに、自由主義国の足並みが乱れ、結束が緩まってばらばらになれば、各国との直接交渉を以ってその全体を攻略できると中国は考えていることでしょう。まさに、ローマ帝国由来の分割統治の発想なのです。

イタリアが一帯一路構想に協力的となった理由は、独仏といったEU内大国の企業に経済を支配されつつある中小国の不満があるとされています(ターゲットとなる国の国内的な不満を吸収するのも外国攻略の常套手段…)。この事情は旧社会・共産主義諸国も同じなそうですが、反グローバリズムとナショナリズムを以って政権の座に就いたコンテ首相の下で、グローバリズムの旗手を自認する中国の経済パワーに靡き、かつ、自国に留まらずヨーロッパ全域の安全保障が脅かされるとしますと、本末転倒の事態とも言えましょう。そして、ローマ帝国の末裔であるはずのイタリアが、現代にあって、長期的な計画の下で中国が同帝国の統治テクニックを巧みに活用していることに気が付かなかったとしますと、あまりにも無防備であり、自国の歴史を忘れていると思うのです。

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5 コメント

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「まつりごと(祭事・政事)」 (RyuU)
2019-03-24 22:24:58
承認OKです。
倉西雅子様へ
.
仕事が忙しいのでコメントは週2~3回程度のペースになります。
ゆっくり行きましょう。ご所望とあらば、すべての疑問にゆっくりお答えして行く所存です。

今回は、この一点のみです。
.
■天皇家の「祭・政の双龍制」についてです。(双龍制は私独自の用語)
.
これは、易経思想の「乾坤一体」で理解すると良いですし、そうすべきものです。
乾だけでもダメ、坤だけでもダメ、
乾坤一体運用せし「大いなる和」合あったればこそ
節度、貞(ただし)き「うまし国(かむいまし国=神国)」となる、
という思想で御座います。
.
古代日本語の時代から今に生きている
「まつりごと(祭事・政事)」という基本単語は、
「祭・政の両方」を同時に意味しておりました。
つまり、「両者一体不可分」と認識されていたのです。
.
ところが、左翼的・日本破壊的・工作員的な、津田氏のような人は、
次のように言う、と、ユーコリンが書いてくれてますね。
・・・・引用・・・・・・
「日本の国家形成の過程と皇室の恒久性に関する思想の由来」
(『日本上古代の研究』所収 岩波書店 1947年)という津田左右吉氏の論文で、
なぜ、万世一系の皇室とう観念が生じたのか、その理由を以下のように纏めておられます。
 1)皇室は、日本民族の内から起こった。
 2)島国であるがゆえに、異民族との戦争が少なかった。
 3)天皇には、政治らしい政治、君主としての事業が無かった。
 4)天皇に宗教的な任務と権威があった。
 5)皇室が、日本文化の発展に寄与していた。
このような点をあげて、国家の大事は朝廷の伴造の祖先たる諸神の衆議によって行われ、天皇は政治上の責任の無い地位、すなわち、「悪をなさざる」地位にあったことが、皇室が皇室として永続した理由であると述べておられます。
・・・引用終了・・・・・・・・・
.
↑これ、全部間違いです。これほど真逆にやるのは、意図的です。
完全に「工作員」でしょう。
.
天皇家の由来は、どうやら、シュメールの方から来た「シュメール→すめる」で良いようです。なので、神武天皇は、外来渡来民族であり、
「神武東征」でわかる通り、先端的な武装集団であります。
.
そもそも、「祈っているだけで永続する」というシールズみたいな見解、おかしいでしょ。
「祈っているだけで古代から永続している王権」が実際にあるなら、出して下さい。
野獣渦巻く地上で、永続存続は無理ですし、事例はないでしょう。
(天皇家は違いますよ!)
.
ユーコリンが書いているように、
・・・・引用・・・・・・・・・
『古事記』では、歴代天皇の在位の表現として、例外なく
「治天下(あまのした しろしめす)」という表現を用いており、
『日本書紀』では、天皇の定義を神祇祭祀王と見做して、
天皇の役割を「あまつひつぎ しろしめす」と表現し、
『古事記』では執政王と見做して「あまのした しろしめす」と表現しているように、
我が国では、「天上」と「天下」という概念を、はっきりと分けて、
『日本書紀』は、天皇を天上に位置づけて、宗教的効力で世を照らし、
『古事記』は、天皇を地上に位置づけて、世を治めると観念されていたことになります。
・・・・引用終了・・・・・・・・・
.
このように、「まつりごと」は、「乾坤/天地」2局面一体型として、
神武天皇の時代から、そのようにはっきり、認識されていたのです。ゔち、
.
そのようにして、「天が下しろしめす」側面に手を染めていたからこそ、
巨大利権、巨大金権がからみ政治もやるからこそ、
天皇家においては、暗殺や権力闘争での殺し合いがずっとずっと繰り広げられてきたのです。
.
このように、古代からずっと「祭政一致体制」で天皇家は来たのですが、
それを明確に「役割分担」するべきだ、ということになる時代が来ます。
それが中世の南北朝時代です。
.
後醍醐天皇は、片手に経典、片手に剣を持って逝去したと言われますね。
これを役割分担しよう、というわけです。
.
そして、明治維新の時代になります。
.
・・・・・・・・・・・・・
国體機密一部解禁!
.
■落合莞爾 著
・「南北朝こそ日本の機密 現皇室は南朝の末裔だ」 2013/4/11
  (帯び:天皇家700年の秘事、ついに解禁!)
・「奇兵隊天皇と長州卒族の明治維新」2014/1/22
  (帯び:明治天皇すり替え説、これが最終結論)
・「京都ウラ天皇と薩長新政府の暗闘」2014/9/2(明治日本はこうして創られた)
・「明治維新の極秘計画(堀川政略とウラ天皇)」2012/11/29
.
・・・・・・・・・・・・・・・
以下、
・「南北朝こそ日本の機密 現皇室は南朝の末裔だ」 2013/4/11
  (帯び:天皇家700年の秘事、ついに解禁!)
からの抜粋です。
.
・・・引用・・・・・・・
「孝明天皇と側近の討議は、
わが国が欧州列強に交わり近代国家として国際舞台に立つためには、政体の新しい装いとして立憲君主制の樹立が必要になることで一致します。
そこで、これを前提に、古代より続くわが國體を護持しつつ皇室を国際化するには、畢竟(ひっきょう)皇室を表裏に分けて二元化するほかないとの結論に至りました。
なぜなら、
國體天皇の本質は、国民国土の安全を祈念する至上の国家シャーマンだからです。
シャーマンを今日(きょう)びの民俗学教科書のレヴェルで理解し、拝み屋の一種と看做す(みなす)輩が多いこの頃ですが、
國體天皇は本来カミが憑依(ひょうい)するヨリマシ(ヨリシロ・憑代)で、平たく言えばイキガミですから、これに仕えてカミとヒトの言葉を中継する神官すなわち拝み屋のことではありません。
これが「オホキミはカミにゐませば」と詠われてきた本義で、社会科学用語では、宗教的権威と国家権力の分離と謂うのでしょうが、
.
「永遠不動の権威は万世一系たるべく、
時宜に応変する覇権は有為転変なるべし」
とする國體観念の根底なのです。
.
大政奉還の結果、政権が京都に戻ることになれば、徳川幕府の本拠だった江戸は廃れて旧(もと)の武蔵野になる虞(おそれ)があります。
孝明天皇はこのことを最も憂慮されました。国土均衡の観点からも新政体の帝都は是非とも東京に定めねばならず、また国家元首として政府と皇軍に君臨する政体天皇は、すべからく東京城を皇居としなければなりません。
.
しかしながら、これでは國體天皇の国家シャーマンとしての霊力に陰りが生じます。
山岳信仰の修験シャーマンたちが仰ぐのはわが国の諸名山ですが、その首座は謂うまでもなく富嶽(ふがく)であります。その富嶽の山頂に昇る旭日を大峰山から拝せんとすれば、國體天皇が東京城に動座することは適(かな)いません。これにより、政体天皇が東京城に、國體天皇は西京に座すべきことが必須と認識されたのです。
http://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-101.html?sp
.
・・・・・引用終了・・・・・・・・・・・・・
.
というわけで、
神祇祭祀王として、易経の乾(天)のポジションとして
「あまつひつぎ(天津日嗣) し(領)ろ しめ(為見・呈・示)す」
役割と、
執政王として、易経の坤(地)のポジョンとして
「あまのした(天の下)し(領)ろ しめ(為見・呈・示)す」
役割の、2つについて、
.
・「一体型運用」をしていた古代~中世
・「分離・双龍制」を採用した明治以降、
.
という違いがあるだけである、
ということになります。
.
本日は以上です。
あなたも私も、もろたみも、かむながら、たまちはえませ~。
.
返信する
訂正 (RyuU)
2019-03-25 05:43:09
訂正
↑これ、1~3は、
全部間違いです。
返信する
RyuUさま (kuranishi masako)
2019-03-25 13:55:21
 長文のコメントをいただきまして、ありがとうございました。

 拝読いたしましたところ、おそらく、RyuUさまの本件にかんしますご主張とは、以下のような内容なのではないかと拝察いたします。

1.天皇家はシュメール由来の征服王朝である。
2.天皇は、日本国の歴史にあって、祭祀のみならず、統治権をも行使してきた。
3.明治期に立憲君主制を導入するに際し、京都と東京都のそれぞれに國対天皇と政体天皇とを擁立し、祭祀と統治を分け持たせた。
4.今日にあっても、天皇に統治権を委ねるべき。

1. 天皇がシュメールの流れを汲むという点につきましては、スメラミコトといった表現からしますと、否定はできないように思えます。その一方で、天皇家が異民族出身ということになりますと、一般国民からは異民族支配に対する反発が生じる可能性もございます。

2.古代におけます祭政分離体制につきましては、卑弥呼と難升米、あるいは、推古天皇と聖徳太子の関係もございますし、摂関政治や院政も、二元体制が根付いていた証なのではないかと思います(皇太子が政務を執ったケースもあるのでは…)。こうした点を踏まえますと、二元体制の方が我が国の伝統とも言えますし、祭祀を司る神聖な存在であったからこそ、天皇家は存続し得たのではないでしょうか。

3.RyuUさまは、以前にいただきましたコメントで、明治天皇すり替え説を頭から否定されておられましたが、京都と東京で二人の天皇が存在しているとしますと、どちらか一方は、睦人親王ではなかったこととなります。その方は、一体、だれなのでしょうか。

4.世襲では、統治者としての能力が保障されないことは誰もが認めるところであり、君主制が廃止された理由も、まさにこの点にあります。この点、民主主義は、複数の中から有能、かつ、適性を有する人材を選んで公職に就けさせることができるのですから、制度としては、後者の方が優れていると思います。少なくとも、現憲法では、天皇は政治権力を有してはおりませんので、仮に、RyuUさまが望む天皇親政を実現しようとしますと、憲法改正を要します。仮に、この方向での憲法改正案が提出されたとしましても、国民投票で否決されてしまうのではないでしょうか。

 以上に疑問点を挙げてみましたが、RyuUさまのご説には、相当の無理があるように思えるのです。

 
返信する
Unknown (Unknown)
2019-09-16 07:05:17
One Road One Wayは明らかに背後にローマ帝国がいますね・・というかADBはイエズス会のアジア支部でしょう・・・

イタリアはそれに気づかず協力したのか、それともわかっていたから協力したかはよくわかりません。しかし今どきあの勢力のような核兵器による武力侵攻という概念をやろうと思う方が驚きですね・・21世紀、なぜ人工知能による人体実験社会なるものをやらかしたのか(もしくはそのトラップを防げなかったか)

アメリカ人に1984だ、と言われてサタンとしてすべて排除され、そこから中国を乗っ取られるためだけにあの茶番をやったんですかね。。謎です
返信する
Unknownさま (kuranishi masako)
2019-09-16 09:27:28
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 中国による帝国支配は、ローマ帝国ではなく、やはり、モンゴル帝国がモデルのように思えます。ITやAIの活用によって自国民のみならず、征服地住民の徹底管理と支配を目指す点において。中国共産党にとって、人民とは、’家畜’なのでしょう。日本国も、中国を『1984年』の世界を目指すサタンと見なすべきではないかと思うのです。
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