万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

携帯基地局は国が保有しては?

2020年01月22日 15時09分52秒 | 日本政治

 自由主義経済とはいえ、全ての事業が民営化に適しているとは言えず、公共性が高く、国民の生活や経済活動に必要不可欠となるインフラ等の分野では、国が関わる方が望ましい場合もあります。今日、ネット社会とも称され、多くの国民がスマートフォン等の携帯電話を使用していますが、情報・通信分野についても、その事業形態について官民の線引きの観点から見直しを行ってもみることも無駄ではないように思えます。

 

 昨日、1月21日付の日経新聞の朝刊一面には、‘5G全国整備への新制度’と題した記事が掲載されておりました。その内容を簡単に纏めてみますと、5Gの整備には4Gよりも数多くの基地局の設置を要するため、2024年を目度として利用者から整備費として負担金を徴収する新制度を発足さるというものです。詳細が煮詰まっているわけではないようなのですが、全国民にサービスを提供するためには、採算性の合わない地方にもサービスを提供している民間事業者に対して財政上の補助を与える必要がある、ということなのでしょう。

 

 民間の事業者にしますと赤字分が国費から補填されるのですから歓迎すべきことなのですが、その一方で、負担金は数円程度とはいえ、国民の側からしますと必ずしも諸手を挙げて喜ぶべきニュースではないのかもしれません。何故ならば、民間事業者が黒字となる採算地域では自らの収益とする一方で、不採算地域については国民に赤字分を転嫁する構図となるからです。もっとも同様の交付金制度は2002年に固定電話の回線を対象に導入されており、同電話回線を保有するNTT東日本と西日本が交付対象となっているそうです。

 

 こうした国と民間通信会社との曖昧な関係は、1985年の日本電信電話公社の民営化の時点に遡ります。同公社を分割するに際し、当時の政府は、全国を対象に事業を行ってきた公社を東西に分割する地域分割方式を採用しました。事業範囲を地域ごとに分ける手法は国鉄民営化とも共通していますが、電話回線の設備の所有権は、後身となるNTTが引き継ぐこととなったのです。このため、第二電電や日本テレコムといった新規参入組は、同回線を利用する形で事業を開始しています。

 

 ところが、携帯電話の登場は、NTTにインフラ保有者としての立場を失わせます。サービス提供に際して不可欠となる通信設備、すなわち、基地局の設置は、通信各社がそれぞれ個別に担うこととなったからです(因みに、ソフトバンクは、国鉄民営化の際に分離された鉄道通信事業会社を買収することで基地局の基盤を手に入れた…)。もっとも、基地局の設置には多額の設備投資が必要になりますので、誰もが事業に参入できるわけではありません。日本国の通信事業者が3社による寡占状態に至ったのも、全国をカバーする通信ネットワークの構築という高い壁が立ちはだかっているからです(この点、事実上の参入制限があるので、自由競争とは言えない…)。楽天にあって予定通りの携帯事業参入が危ぶまれているのも、基地局敷設に手間取っているからともされていますし、KDDIとソフトバンクの2社は、G5導入のための基地局新設について協力するとも報じられています。このような状況にあっては、G5の整備を進めたい政府も公的支援を行わざるを得ないのです(交付金制度の導入の他にも支援策を予定している…)。

 

 以上に通信事業の現状について述べてきましたが、ここから見えてくる問題点とは、(1)特定の民間一社のみがインフラ施設を保有する形態は、公平な競争の観点からすれば必ずしも望ましくないこと(もちろん、施設保有事業者には公平な施設の開放が法律で義務付けられているのですが…)、(2)通信事業といった公共サービス事業には、全国一律のサービス、すなわち、ユニバーサル・サービスを提供するためには公的支援を要すること、(3)民間事業者が基地局を個別に設置するスタイルは、施設の重複も見られ非効率であること、(4)基地局敷設のコストが新規参入の障壁となっていること、(5)5Gの先に6Gやさらにその先のより高度な量子通信システムの導入を展望した場合(これらの次世代通信システムについては必ずしも安全性が確認されているわけではないのですが…)、その莫大な新システム導入費を民間事業者では負担しきれない可能性があること…などです。もう一つ付け加えるとすれば、民間任せでは国家の安全保障が考慮されず、コスト面からファウェイなど安価な中国製品を購入するリスクがあることも重大な問題点と言えましょう。

 

 それでは、これらの諸問題は、どのようにすれば解決されるのでしょうか。一つのアイディアとしては、インフラとしての基地局のネットワークを国の保有とする案が考えられます。この場合、事業そのものを公営化するわけではありませんので(もっとも、民営化しても競争のメカニズムが働かず、国際基準からしても通信料金が割高な現状からすれば、国民は、事業そのものの公営化をも支持するかもしれない…)、政府が通信各社から既存の基地局についてはその所有権のみを適正な対価を支払って譲り受け、新たに新設する場合には、国家予算から建設費が拠出されることとなりましょう。あるいは、通信各社が資金を拠出し、基地局の開設とメンテナンスを担う共同事業体を設立するという案もあるかもしれません。もっとも、後者の案では、新規参入のハードルを下げる効果には乏しいのですが…。何れにしましても、デジタル時代を迎えた今日、通信事業とは、データの収集ともかかわる重要な位置を占めていますので、官民の線引きについて原点に返った議論があってもよいのではないかと思うのです。

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