万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

デジタル全体主義国家中国の現実

2023年05月18日 17時13分26秒 | 統治制度論
 監視カメラの設置や顔認証システムの導入に際しては、常々、犯罪対策として説明されています。犯行現場と瞬間をカメラが捉えていれば、確かに犯人を見つけることは容易となりますし、その存在だけで抑止効果も期待できます。犯罪とは、一般的には‘人が見ていないところ’で行なわれるものであるからです。このため、身の安全を願う多くの人々がこれらの監視システムの導入には賛意を示すのですが、犯罪防止という目的は、果たして実現するのでしょうか。

 他の諸国に先駆けてデジタル全体主義を実現した中国を見る限り、監視カメラや顔認証システムは、一党独裁体制の維持には貢献しても、治安の改善には然程には役立っていないように思えます。同国の犯罪組織に関する事情を紹介した記事を読みますと、むしろ、一般の人々の置かれている状況はさらに悪化していると言わざるをえません。何故ならば、今日の中国の犯罪組織の特徴は、政府や行政との癒着にあるからです。

 漢の祖である劉邦が若き日に無頼漢であったことはよく知られており、中国では、悪党であってもしばしば民衆の側に身を置くのが伝統的な反社会組織のあり方であったようなのです。反社会組織であるからこそ、容易に時の権力者に対する抵抗勢力ともなり得たのであり、圧政に苦しむ民衆もこうした集団に期待を寄せたのでしょう。ところが、現在の犯罪組織は権力の側に与しており、一般の市民が政府や行政に何かを訴えようものなら、反社会組織によって痛い目に遭わされてしまうと言うのです。

 この現象は、近年において報告されていますので、デジタル技術の全面的な導入が、中国国内の治安を大幅に改善し、国民の安全を護っているとは言いがたくなります。そもそも、国民の一人一人が当局によって常時監視され、あらゆる個人情報もデジタル化されている中国において、犯罪組織の存在が許されていること自体がおかしなお話なのです。このことからも、犯罪防止という国民監視システム整備の大義名分が、国民を騙す口実に過ぎないことが分かるのです。否、中国は、現状に対して不満を漏す‘国民の取締’のために民間の犯罪組織を暴力装置として温存し、これを裏から密かに使っているのかもしれません。表だって警察が国民を弾圧すれば、内外から批判を受けかねないからです。

 中国に見られる政府と犯罪組織との癒着は、中国国民のみならず、日本国をはじめとした他の諸国にとりましても脅威となります。2021年3月におけるマレーシアの警察署長による報告に依れば、「投資会社「雲尊集團(Winner Dynasty Group)」を隠れ蓑として高利貸業、詐欺、マネーロンダリング(資金洗浄)に従事するマレー系中国人の廖顺喜(Nicky Liow)」を摘発したところ、「中国共産党が主導する中国人民政治協商会議の構成員である」尹國駒(Wan Kuok Koi)容疑者との繋がりが判明してきたそうです。しかも、尹容疑者は「一帯一路政策の推進を表向きの顔として東南アジアの権力者層に属する人物を選別して違法行為に誘導したという犯罪歴」があり、中国共産党をバックとして国境を越えた犯罪ネットワークを広げていたというのですから驚かされます。

 日本国内でも、強盗殺人や特殊詐欺を含む各種詐欺など、中国人または中国系犯罪組織による事件が多発しており、中国の治安当局による取締の温さが日本国の治安を悪化させています。そして、福建省福州市並びに江蘇省南通市の二つの公安当局が東京都内に拠点を設けており、中国警察の海外拠点の存在は、同国の犯罪組織が構築した国際ネットワークが、そのまま中国が、自国の警察権を海外で行使する口実となりかねない現状を示しているのです。中国にあっては、共産党を介して警察と犯罪組織が裏で繋がっているとしますと、犯罪は、中国が日本国の国権を内部から侵食する手段であるのかもしれません。

 何れにしましても、中国の事例は、デジタル技術が悪しき政府に利用された場合の惨事を示しています。結局は、ITやAIといった先端技術によって治安が向上するどころか、犯罪組織はお目こぼしにする一方で、善良な一般の国民を徹底的な監視下に置く装置に堕しているのですから。目下、日本国政府によって積極的にデジタル化が推進されていますが、今日の中国は明日の日本国になりかねないのではないかと危惧するのです。

*米軍撤退問題のつづきにつきましては、明日、記事といたします

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