万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

温室効果ガス‘2050年実質ゼロ’への疑問

2020年10月22日 11時59分50秒 | 国際政治

 日本国の菅義偉首相は、今月26日に予定されている就任後初の所信表明演説において、温暖化効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにする方針を示す予定なそうです。日本国民にとりましては、降ってわいたようなお話なのですが、この政策、幾つかの疑問点があるように思えます。

 

 第一に、同目標を掲げる根拠が薄い点です。地球温暖化の主原因を二酸化炭素とする説は、科学的に立証されているわけではありません。つい数年前までは、反対論者も交えて活発に議論されていたのですが、いつの間にか、欧州諸国をはじめ多くの諸国が同説を‘絶対原理’と位置付け、温暖化ガス排出ゼロに向けた政策方針が既定路線とされてしまいました。今般の方針表明も、日本国の事情というよりも、2019年に同様の目標を決定したEUの追随に過ぎないようです。一方、現実の気候変動をみますと、必ずしも温暖化が一方的に進んでいるわけでもなく(地域によっては寒冷化…)、また、気温上昇が観測されているとすれば、二酸化炭素ではなく、砂漠化や森林等の緑地減少による地球のヒートアイランド化が原因である可能性も否定はできません(この点、中国向けの大豆輸出のために行われているアマゾンの大規模伐採こそ禁止すべきでは…)。科学的な立証を欠く説への信仰は、地動説と同様に、現代のコペルニクスの出現によって覆されるかもしれないのです。

 

 第二に、本来、エネルギー政策とは、国民を含む多くの人々や企業等に直接的な影響が及ぶ問題ですので、本来、様々な立場の人や組織の意見や要望を集め、議論を尽くした上で慎重な利害調整を行うべき分野です。実際に、これまで、日本国では、凡そ5年ごとにエネルギー基本計画を策定することで、凡その方針を纏めてきました。ところが、今般のように、首相の所信表明の形で今後30年先までの目標が定められるとしますと、これは、まさにトップダウン式の‘独裁的’な手法となりましょう。このような手法がまかり通るのであれば、民主党政権時代の‘原発ゼロ’も、‘菅首相’の鶴の一声で可能であったはずです。国民的な議論も合意形成もなく重大な決定が行われるとしますと、これは、日本国の民主主義の危機ともなりましょう。

 

 第三に指摘すべき点は、エネルギーに関する目標の達成の如何は、テクノロジーに大きく依存する点です。温暖化ガスの排出量をゼロにするためには、まずは、火力発電を全面的に廃止する必要がありますが、反原発運動も強く、原発の再稼働も覚束ない中で火力分を補うとすれば、電源の主力を再生エネに移すこととなります。実際に政府は、荒廃農地の太陽光発電用地への転用など、規制緩和に動いているようです。しかしながら、今後、デジタル化がさらに進み、AIも大幅に導入するとなれば電力消費量はさらに増加しますので、火力なくして30年後に十分な電力が安価、かつ、安定的に供給されるには、新たなエネルギー技術が開発される必要がありましょう。先端的なエネルギー技術としては、水素エネルギー、蓄電技術、低ロス送電技術、省エネ技術、核融合技術、リサイクル型の原子炉、小型炉、トリウム炉、核廃棄物の再処理技術などが挙げられますが、果たして、30年足らずでテクノロジーの発展は、政治が掲げた目標に追いつくのでしょうか。

 

そして、テクノロジーの発展が目標に追い付かない場合、社会・共産主義体制と同様の惨事が人々を襲うこととなりましょう。かつて中国の毛沢東は、計画経済の下で鉄鋼増産の大号令を発し、この目標達成のために農民に鉄製の農具まで供出させて大飢饉を引き起こしています。菅政権には、共産主義と新自由主義が一体化したキメラ的な側面がありますので、排出ゼロの目標達成のために国民に多大なる犠牲を払わせる可能性がないとは言い切れないのです。例えば、電力価格の高騰により、人々の生活の質は著しく低下するかもしれません。また、日本国の国土も、海に行けば海上風力発電機が並び立ち、山に行けば森林が切り開かれて太陽光パネルが敷き詰められた光景へと変貌するかもしれません。そして、農村でも、稲穂ではなく太陽光パネルが鈍く光っているのです。しかも、その事業者は日本企業ではなく、発電設備も日本製ではないかもしれません(価格競争では、圧倒的に中国系が有利…)。

 

 最後に第4点として挙げるとすれば、温暖化ガスの排出量をゼロにすれば、エネルギー資源の価値もゼロになる点です。石油や石炭を産出する中東諸国、オーストラリア、インドネシアといったエネルギー資源を輸出する諸国は、30年後には輸出先を失います。オーストラリアにはウラン鉱がありますので、原子力発電向けには輸出が可能ではあるものの、これらの諸国は、その後、どの様に自らの経済を成り立たせるのでしょうか。

 

日本国もまた、尖閣諸島周辺海域の石油・天然ガスや日本海側に埋蔵されているメタンハイドレートの価値が‘ゼロ’になります。つまり、日本国のEEZ内に埋蔵するエネルギー資源は、全て永久に使われることなく無駄になってしまうのです。エネルギー資源の価値が失われることによる影響は計り知れません(潜在的には、円の価値を支えてきたかもしれない…)。また、中国は、2060年までには温暖化ガスの排出量ゼロを目標として設定しているものの、中国は、国際法や国際公約破りの常習犯です。結局は、EUや日本国といった一部の先進国における排出量がゼロになったとしても、中国をはじめとした他の諸国では依然として化石燃料が使われ続けるため、温暖化防止国化(仮にあったとして…)も‘ゼロ’という馬鹿馬鹿しい結果に終わりかねないのです。

 

 以上に主要な問題点を挙げてみましたが、エネルギー政策の影響の広範性を考慮すれば、国民的な議論の余地もなく公表される首相の所信表明による温室効果ガス排出ゼロの目標設定は、あまりにも無謀と言わざるを得ません。日本国民は、スピードに任せて先を急ぐ暴走車に同乗させられているようなものであり、首相がしばしば口にする‘国民のための政策’とは程遠いように思えるのです。

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2 コメント

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通貨の裏付け (北極熊)
2020-10-23 13:33:51
Co2が原因で地球温暖化が起こっているとパリ条約当事国が盲目的に信じてしまったのは、もしかすると石油にリンクした米ドルが世界のハードカレンシーであることに対するEUの挑戦ではないかという見方ができるのではないでしょうか。そう見透かしたとすれば、米国大統領がパリ条約からの脱退を早々に表明したのは当然だと思うのです。通貨ユーロを太陽光発電電力にリンクさせるほどの技術力が欧州人にあれば戦いになるかもしれませんが、、、そこに多分中国が絡んでくるでしょうからややこしいですね。 
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北極熊さま (kuranishi masako)
2020-10-24 09:12:25
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 米ドルと石油とのリンケージ説、興味深く拝読いたしました。菅首相が、どこまで温暖化問題の背後にある国際社会での暗闘に気が付いているのか、不安なところです。また、同問題には、排出権取引をめぐる’環境利権’も絡んでおり、このままでは、日本国は、’搾取対象国’されてしまう可能性もありましょう。日本国政府は、日本国の国益や企業等を含む国民を護る義務があるのではないかと思うのです。
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