万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカの「対中金融制裁」が「ドル覇権」を揺るがす?

2020年09月07日 11時27分27秒 | 国際政治

 本日、『現代ビジネス』のオンライン版に、「トランプの「対中金融制裁」は、デジタル人民元を進め「ドル覇権」を揺がす」と題する記事を発見しました。米中対立が激化する中、アメリカのトランプ大統領は、香港国家安全維持法の制定やウイグルにおける人権弾圧等を根拠として、中国に対する金融制裁を強めています。同記事によれば、こうした強硬な措置は中国による人民元のデジタル化を後押しし、やがて国際基軸通貨としてのドルの地位を脅かす、即ち、‘オウンゴール’となるというのですが、この展開は、近い将来において現実にあり得るシナリオなのでしょうか。

 

 同記事では、自説の根拠として、先ずは、中国の人民元決済のための国際金融インフラとして、2015年に国際銀行間決済システム(CIPS)が設立されている点を挙げています。実際に、CIPSには、「7月末時点で97カ国・地域が参加し、日本からはみずほ銀行や三菱UFJ銀行のほか、千葉銀行や常陽銀行など大手地銀が参加(8月25日付日経新聞朝刊)」しているそうです。中国は、積極的にCIPSの拡大を進めていますので、CIPSの登場は、確かに国際基軸通貨としての米ドルの地位を揺るがす可能性はあります(システムとしては、ユーロ圏で設けられている決済システムであるTARGETに近いかもしれない…)。

 

 しかしながら、現状を見ますと、貿易決済通貨に占める人民元の比率は僅かです。日本国を例に挙げれば、2019年のデータによれば人民元決済は輸出で1.8%、輸入で1.1%に過ぎません。このことは、たとえ日本国の貿易相手国が米国を抜いて中国が一位になったとしても、両国間の決済通貨としては、米ドルが占めていることを意味します。こうした状況下にあって、アメリカが金融制裁を強化した場合、日中間の貿易決済は、人民元決済、つまり、CIPSの利用へと全面的に移行するのでしょうか。

 

 仮に、人民元決済を選択するとすれば、日本国は、GDPにおいて今なお世界第一位を維持するアメリカ市場から締め出されることになりましょう。また、グローバリズムは規模が優位性を約束しますので、日本市場は中華経済圏に組み込まれ、日本企業の大半も中国企業に買収されるかもしれません(中国市場でも、日本企業は駆逐されるか、政治的配慮で微々たるシェアを分けてもらえる程度に…)。加えて、国際基軸通貨としての米ドルが日本国の多角的貿易を支えてきたのですから、アメリカのみならず、米ドルを決済通貨として使用している他の諸国との貿易も滞ることとなりましょう。日本国民にとりましては考えたくもない未来ですので、‘チャイナ・マネー’に日本国の政界や財界が篭絡されていない限り、日本国が人民元を選択する可能性は相当に低いと言わざるを得ないのです。

 

しかも、今日、新型コロナウイルスのパンデミック化を機に中国警戒論が高まりを見せ、日本国の政府も企業も、目下、中国からの生産拠点の移転を主目的としたサプライチェーンの再編成に取り組んでいます。中国から製造拠点を移し、同国との取引そのものがなくなれば、中国との関係も消えることとなります。つまり、人民元決済の手段としてCIPSを利用する必要もなくなるのです。また14億の市場と雖も、疫病、洪水、害虫被害などの災害が頻発し、国民も企業も共産党による厳格な監視下に置かれる中国のカントリー・リスクは上昇するばかりです。リスク含みを考慮すれば、今後とも、中国に対する海外からの投資が伸びるとは思えません。そして、アメリカが発動した金融制裁に対して中国の政府系4大銀行は従う意向を示しており、これ幸いにCIPSにシフトするどころか、中国当局が人民元と米ドルとの為替取引の停止を恐れている実態を示しているのです。

 

同記事の主張の二つ目の根拠は、人民元のデジタル化による国際基軸通貨としての米ドルに対する優位性です。言い換えますと、通貨に関するデジタル技術がアメリカよりも優っているために、人民元の信頼性が高まり、銀行のみならず、多くの国や個人が決済通貨として使用すると予測しているのです。同記事では、その核心的な技術を、量子コンピューターを用いた暗号技術に求めています。しかしながら、発行元である中国には法の支配が欠如しており、国家としての信用はゼロに等しいのですから、たとえ技術的な安全性や信頼性が確保されていたとしても、その運営の段階で当局による恣意的な‘政治介入’が起きる可能性も否定はできません。同記事でも、「デジタル人民元決済を選び、中国の非SWIFTシステムの下に入った者は、逆に中国の管理下に置かれることになる(SWIFTを介してアメリカは銀行間取引を監視している…)」と認めていますので、敢えて、自ら‘牢獄行き’を選択する国、企業、そして個人は存在するとも思えないのです。

 

以上に述べたことからアメリカによる金融制裁の効果を予測しますと、やはり、窮地に陥るのは中国側なのではないでしょうか。つまり、アメリカが、さらなる金融制裁を上乗せしますと、人民元が米ドルに取って代わるのではなく、CIPSが一気にローカル化する、あるいは、中国が米ドルによる国際貿易決済システムから排除される結果が予測されるのです(もしかしますと、米ドルで隠し財産をため込んできた中国共産党幹部が音を上げる…)。中国に対して‘戦わずして勝つ’を実践しようとするならば、アメリカは、‘兵糧攻め’を意味する金融制裁の一層の強化に踏み出すべきではないかと思うのです(同記事は、あるいは、アメリカに金融制裁を思い留まらせるための高等戦術?)。

*コメントにてSWIFTの役割の誤認の指摘をいただき、本記事は、午後7時10分に修正いたしました。誤りがありましたこと、深く、お詫び申し上げます。

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2 コメント

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外為送金とは (北極熊)
2020-09-07 14:50:36
SWIFTは、決済システムではなく単なる電信機能の標準様式だと思います。コルレス契約のある銀行間で電信によって、支払指示とカバー資金入金方法を伝える際に、自由電文でなく定型文とすることで事務を容易にしたもの。ゆえに、米ドル決済に限らず(コルレス銀行間で預け・預かりのある通貨なら)あらゆる通貨に使えます。外為送金を正しく理解するのは難しいものです。  
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北極熊さま (kuranishi masako)
2020-09-07 19:05:56
 コメント、並びに、SAWIFTに関する誤りのご指摘をいただきまして、ありがとうございました。厚く御礼申し上げます。なお、至急、本文を訂正いたしたいと思います。
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