万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

電撃訪問は‘国民封じ’のため?-民主主義の危機

2023年03月23日 10時44分58秒 | 国際政治
 古来、平和とは、人類の願いとされてきました。多くの思想家や理論家も、平和の実現のために思考をめぐらし、知恵を絞ってきたのですが、戦争が一向になくならないのが嘆かわしい現状です。しかしながら、これらの書物には、現実が抱えている問題点を深く認識し、改善してゆくためのヒントが隠されていることも確かなことです。

例えば、エマニュエル・カントは、『永遠平和のために』という書物の中で、国際社会において確立すべき行動規範や条件等について具体的な提言を試みております。同書において興味深いのは、‘永遠平和のための第一確定条項’です。第一確定条項とは、「各国家における市民的体制は、共和的でなければならない」というものです。共和制が平和に貢献する理由として、カントは、以下のように述べています。

「―すなわち、戦争をすべきかどうかを決定するために、国民の賛同が必要となる場合に、国民は戦争のあらゆる苦難・・・を自分自身に背負い込む覚悟しなければならないから、こうした割に合わない賭け事をはじめることにきわめて慎重になるのは、あまりにも当然のことなのである」

そして、国民の苦難の細かな内容としては、(1)兵役、(2)戦費の拠出、(3)廃墟からの復興、(4)完済不可能な負債の引き受けなどを挙げています。戦争に際して生じる国民の負担は今も昔も変わりはなく、戦争とは、国民にとりましては、何としても避けたい事柄なのです。民主主義体制が全世界の諸国において実現することこそ、永遠平和のための第一条件とするカントの提言は、国民が決定権を有する体制の論理的、かつ、人類の自然な感情に基づく当然の帰結と言えましょう。

 全ての諸国が民主化されていない状況下にあって起こり得る侵略戦争に対する防衛戦争や国際法違反行為に対する制裁戦争等については別に論じるとしても、カントの指摘を待つまでもなく、民主主義体制が内包している戦争抑止効果は、誰もが認めるところです。しかも、飛び道具であるミサイルや核兵器が実戦用に配備されている今日では、‘国民の苦難’は、カントの時代を遥かに凌駕します。民主主義国家であれば、大多数の国民は、戦争によって自らが被る甚大な被害や損失を予測し、戦争に賛同することを躊躇することとなりましょう。

ところが、今日の国際社会を見ておりますと、民主主義国家であっても、戦争抑止力が著しく低下してきているように思えます。もちろん、全諸国の民主化が達成されていないという現状もあるのですが、戦争回避や和平の促進といった他の選択肢がありながら、敢えてその道を封じてしまう民主主義国家も少なくないのです。

 今般のウクライナ紛争にあっても、G7諸国の首脳は、揃ってウクライナを極秘で訪問しています。電撃訪問とも呼ばれるこの手法は、首脳による隠密行動を意味しており、外部に対して情報の一切が遮断されます。このため、訪問先が戦争の最前線であっても、自国の首脳による紛争当事国訪問の是非について、議会等で議論を尽くす機会が失われてしまうのです。同訪問が、たとえ自国を戦争への道に導くとしても・・・。

しかも、日本国の岸田首相の電撃訪問では、当事国のウクライナのみならずポーランドに対しても巨額の財政支援を約束しています。これらの諸国からは謝意が示されているようですが、日本国民からしますと、首相の対外的な財政支出の約束が、自らへの税負担として返ってきます。帰国後に国会に報告するそうですが、既成事実化した後では、外国に対する同約束を反故にすることは簡単でありません。あるいは、同首相は、公式の書面による協定等も結ばずに支援を申し出たのであって、後から前言を翻すことができる口約束に過ぎないのでしょうか。特に予算を要する事柄については、財政民主主義の原則に照らしても、国民の同意なき支出はあってはならないはずです。

何れにしましても、首脳への‘全権委任’ともなりかねない電撃訪問という形態は、国民の賛同を得ることなく、政治家が重大な決定を行なうことができますので、カントが述べているような民主主義の戦争抑止力を台無しにしてしまいます(もっとも、民主主義国家にあっても国民の賛同を不可欠の条件とするためには、国会の事前承認では不十分であり、国民投票制度を導入する必要がある・・・)そして、国民にはありとあらゆる苦難ばかりが押しつけられるのです。アメリカのバイデン大統領もウクライナのゼレンスキー大統領も、ロシアとの戦いは民主主義を護るための戦いでもあると高らかに宣言していますが、その民主主義体制を自ら危うくしている現実にこそ、日本国を含むG7諸国の国民は警戒すべきではないかと思うのです。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 岸田首相のウクライナ電撃訪... | トップ | 岸田首相のウクライナへの肩... »
最新の画像もっと見る

国際政治」カテゴリの最新記事