万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アヘン戦争から考える貿易不均衡問題と戦争

2021年10月21日 13時02分33秒 | 国際政治

 アヘン戦争の主要因が、アヘン貿易がイギリス籍の東インド会社系商人にもたらした巨万の富にあったことは、否定のしようのない事実です。このため、この不名誉な戦争の責任は、イギリスという国家、あるいは、当時の国民に求められるとは言い切れない側面があります。その一方で、戦争というものを考えるに際しては、決定者の責任問題に加えて、これらの主体が身を置いている外部環境、すなわち、構造的な問題についても注意を払う必要があるように思えます。

 

 アヘン貿易並びにその製造は、1730年代にあって東インド会社が独占権を得ていたものの、その実、清国内の市場にあって密売品が蔓延っていたことは、先日の記事で既に述べました。一事業者による独占であれ、全面的な取引禁止であれ、法律によって厳しい規制が敷かれている場合、密売品は高値で売買されますので、アヘンの密貿易業者にも多大な利益をもたらしたことは想像に難くありません。そして、東インド会社の独占が撤廃され、かつ、アヘン戦争に勝利した後には、かつての密貿易事業者も堂々と合法的な事業としてアヘン・ビジネスを展開するようになるのです。因みに、アヘン戦争以後、ロンドンやサンフランシスコといった大都市に散見されるようになったアヘン窟は、南京条約を初め、清国との条約に基づいて中国人労働者が流入したことによります。このため、その経営者の大半は移民してきた中国人であり、対清国アヘン貿易は、間接的に西欧諸国をも薬物汚染してしまったと言えましょう。

 

 かくしてアヘンは富の源泉となったのですが、イギリス籍商人側が積極的にアヘンを清国に売り込む動機となったとされるのが、清国からの茶の輸入拡大です(茶の貿易独占権も東インド会社にあった…)。イギリス政府が、清国から正式に広東での茶取引の許可を得たのは1713年ですが、50年代には輸入量は凡そ4倍以上に跳ね上がっています。その後も茶の輸入拡大は留まるところを知らず、イギリスは、清国に対する深刻な貿易赤字を抱えることとなったのです(貿易決済に際して銀が流出…)。清国に対する巨額の貿易赤字を解消するには茶の輸入額に釣り合う対清輸出品を要したのであり、それこそが、アヘンに他なりませんでした。言い換えますと、アヘン戦争とは、貿易不均衡是正戦争という側面があるのです。

 

 もっとも、アヘン戦争の構図は、当時の英国が全世界に版図を広げた’帝国’であったことから、一般的な二国間貿易よりも複雑です。先ずもって、貿易収支を均衡させるために選ばれた輸出品は、イギリス本土の特産物ではなく、インド産のアヘンでした。また、インドの植民地化は東インド会社が主導しており、アヘン戦争にあっても、海戦では東インド会社の汽走砲艦が参加しており、陸戦でもその兵力の大半はインド兵であったのです。同戦争は、イギリス、あるいは、イギリスをも操る勢力による’世界戦略’の一環としての戦争であり、全世界に散らばる持てる資源を総動員している点において、今日におけるグローバル戦略の’はしり’を見出すことができるのです。

 

 そして、イギリスのみならず、中国にとりましても忌まわしい記憶となったアヘン戦争は、今日なおも、様々な問題を提起しています。新冷戦とも称される激しい米中対立の背景には、アメリカ側が中国に対して巨額の貿易赤字を抱える貿易収支の著しい不均衡があります。19世紀のイギリスと同様に、アメリカは、中国に対して砲艦外交を試みるのでしょうか。あるいは、共産主義革命から改革開放路線への転換を経て、今日、再び毛沢東主義への回帰が見られる中国は、当時の清国とは断絶しており、その根幹部分において、アメリカ諸共にアヘン戦争の仕掛け人でもあったグローバル金融勢力に支配され、米中対立もポーズに過ぎないのでしょうか。

 

加えて、麻薬は、先進国にあっても常に深刻な社会問題の一つであるのみならず、アフガニスタン問題において指摘されているように、麻薬利権には深い闇があります。今日にあっても、各種の麻薬は、隠れた貿易収支の均衡化、あるいは、非合法的な外貨取得の手段となっているのかもしれません。また、米中関係のみならず、日米関係にあっても、アメリカの対日赤字解消政策は、対日輸出品の如何に関する問題でもあります(コロナ・ワクチン、あるいは、先端兵器?)。今日にあっても貿易には決済を要するため、貿易収支の不均衡問題は、グローバリズムの’アキレス腱’です(通貨は各国が発行するため、国境を越えて自由には移動しない…)。それ故に、同問題を乗り越えるために、世界支配を目指す中国、あるいは、超国家金融勢力は、通貨のデジタル化を急いでいるのでしょう(他の諸国では二重通貨圏となりかねない…)。

 

しかしながら、そもそも、同問題が国際社会の安全と平和、並びに、国家の独立性を脅かすならば、無制限に更なる貿易の自由化、及び、グローバル化を推進するよりも、貿易品目の見直しや、国境における貿易量のコントロールの方が望ましいように思えます。アヘン戦争も、アヘンではなく他の健全な交易品であれば、少なくとも倫理的な汚点とはならなかったことでしょうし(もっとも、貿易港を広東のみに限定した清国の政策や公行制度の廃止は、清国にとってもベネフィットであったかもしれない…)、茶の輸入量を減らせば、武力を用いなくとも貿易不均衡問題も解決したのですから。アヘン戦争は、今日なおも、様々な未解決の問題を語り掛けているように思えるのです。

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