ウクライナの歴史を辿ってみますと、そこには頭を抱えたくなるような複雑な歴史を見出すことができます。絡まった糸を解きほぐし、当事者や関係者間において合意を形成するには今しばらく時間と努力を要するのでしょうが、本日の記事では、今般のウクライナ危機に限定して正攻法の解決策について述べてみることとします。
ロシアがウクライナとの国境線を越えて軍を進軍させた際に、その根拠としたのは、東部地方に居住しているロシア系住民の保護です。同地域では、既にウクライナ政府軍とウクライナからの分離独立を主張する親ロ派武装勢力との間で戦闘が発生しており、いわば内乱状態にありました。当然に、双方ともに民族派が台頭しており、ウクライナ側でも過激な民族主義集団が活動するようになります。そして、民間の義勇団にあって国軍に昇格したのが、ネオナチ集団と称されてきた、かのアゾフ大隊です。ロシア側の主張とは、こうした過激派の部隊がロシア系住民を迫害し、命を奪っているというものなのです。
ロシア側からしますと、今般の軍事侵攻は、ウクライナ軍によるロシア系住民に対するジェノサイドを止めるための人道的介入ということになります。武力を紛争の解決手段とした点において、ロシアの行為は国際法に違反するのですが、人道的介入については、それが事実であり、かつ、一分一秒を争うような状況下にあっては、国際法において絶対に許されないとは言い切れない側面はあります。命を救うために時間的な猶予がない場合には、正当防衛論も成り立つ余地はあるとは言えましょう。
ロシア側がウクライナ側によるジェノサイドを訴える一方で、ウクライナ側も、目下、ロシア軍によるジェノサイドを主張しています。ロシア軍が撤退した後、キーウ周辺の地域では、ロシア軍の仕業とみられるウクライナ民間人の虐殺遺体が多数発見されたとされており、この事件を機に、国際世論もロシア批判に大きく傾くこととなりました。
以上の経緯からしますと、双方の’ジェノサイド’が焦点となりそうなのですが、ここで、同問題を、両国がジェノサイド条約の規定に基づいて紛争を解決する場合を想定してみることとします。そもそも、ロシアもウクライナも同条約の締結国ですので、本来であれば、同条約に従う義務があります。それでは、ジェノサイド条約は、どのような解決を求めているのでしょうか。
先ずもって注目されるのが、国連による防止行動を定めた第8条、並びに、紛争の解決を記した第9条です。第8条には、「締約国は、国際連合の権限ある機関に対して、集団的殺害又は…を防止し、抑止するために適当と認める国際連合憲章に基づく行動をとるように求めることができる」とあります。また、第9条の条文には、「この条約の解釈、適用又は履行に関する締約国間の紛争は、集団殺害又は…に対する国の責任に関するものを含め、いずれかの紛争当事国の要請により国際司法裁判所に付託される」と記されています。
これらの条文が定める手続きに従えば、ロシアがウクライナにあって実際にロシア系住民がジェノサイドの危機に直面していると認識していたならば、国連の安保理、もしくは、総会において同問題を提起すべきでした。アゾフ大隊によるジェノサイドが即応を要する奇襲的、あるいは、継続的な性質のものであった場合を除いて(この場合のみ、ロシアの軍事行動は正当防衛となり得るのでは…)、ロシアには、軍事侵攻に先立って条約上の手続きに解決を求める義務があったと言えましょう。
その一方で、ウクライナ側も、ロシアに対してジェノサイドの責任を問うならば、第8条の手続きに沿って、先ずは、国際司法裁判所に対して提訴すべきとなります。報道によりますと、ウクライナ検察と国際刑事裁判所が協力する形でブチャ虐殺事件の調査が行われているそうですが、本案件はジェノサイドですので、優先的にジェノサイド条約が適用されるべきです。しかも、ロシアもウクライナも、国際刑事裁判所ローマ規定の締約国ではありませんので、両国が締約国となっているジェノサイド条約に基づく解決法のほうが相応しいのは言うまでもありません。
もっとも、たとえ両国ともジェノサイド条約の手続きに従ったとしても、国際司法裁判所の決定に対する最終的な執行責任は国連安保理にありますので、必ずしも平和的に解決するとは限らないかもしれません。しかしながら、少なくとも、今日のような混乱した事態は避けられたはずです。ジェノサイドの認定については米欧諸国のトーンも落ちてきているようですが、法による平和的な解決手段が既に存在するのですから、ロシアもウクライナも、ジェノサイド条約の手続きを活用すべきなのではないでしょうか。今からでも遅くはないと思うのです。