万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

自動車産業依存からの脱却を―脱中国への道

2020年08月20日 12時32分05秒 | 国際政治

 9月19日に公表されたWTOの推計によれば、世界の今年4〜6月期のモノの貿易指数は84.5となり、過去最悪を記録したそうです。こうした国際貿易の急激な落ち込みは、新型コロナウイルスのパンデミック化に起因しているのですが、とりわけ、自動車関連の下落が著しく、その数値は71.8であったそうです。経済へのマイナス影響は、日本国の貿易収支をも直撃しているものの、日本国の場合、WTOが示す傾向とは逆の現象が観察されているのです。

 

 同日、財務省が発表した7月の貿易統計によれば、全体としては減少傾向にあるものの、中国向け輸出のみは、前年同月比8.2%増の1兆3290億円となり、7月としては過去2番目の高水準というのです。中国向けの輸出を牽引しているのは、自動車(19%増)、並びに、自動車製造向けの非鉄金属(72.4%増)であり、半導体等製造装置(23.6%増)や半導体等電子部品(18.3%増)も高い寄与度を示しています。そして、日本国の対中輸出に占める二つの主要項目を見ますと、そこには、中国の国家戦略が見えてくるように思えます。

 

 まず初めに、自動車産業における奇妙な動きが注目されます。国家統計局のデータによりますと、他の消費財の販売がコロナ以前の水準を下回る中で、7月に入りますと、自動車販売のみが20%もの増加率を示し、急激なリバウンドを見せています。日本車ですとトヨタのレクサスといった高級車の販売が好調であり、ホンダなども「中国は前年並み、もしくは、前年を超える勢い」なそうです。しかしながら、中国経済における個人消費の回復は弱含みとの報告がある中、どこか不自然な動きのように思えます。

 

 日本からの自動車、並びに、非鉄金属の輸出増は、米中対立の最中にあってアメリカからの対中自動車輸出が減少し、中国市場において日本車のシェアを伸ばした結果とも思われたのですが、自動車販売数そのものが一か月の間に20%も急伸したとなりますと、その背景として、中国の国家戦略を疑わざるを得ません。中国当局が環境対応の自動車の購入に際して積極的に補助金を支給しているのもその理由の一つなのでしょうが、今般の自動車への販売台数の増加は、全世界の自動車メーカーを‘人質’にとる作戦なのかもしれません。

 

 上述した日本国の貿易統計を見れば分かるように、世界経済が低迷する中、今日の日本国の貿易黒字は、中国頼りとなりつつあります。おそらく、中国の自動車市場にあって自国企業が最も高い率のシェアを誇るドイツも、同様の事態に直面しているはずです。言い換えますと、中国が販売不振に苦しむ自動車メーカーの前に最大の‘バイヤー’として登場することで、日本国政府を含め、自由主義国の政府が反中強硬策に流れることを防ごうとしているのかもしれないのです(尤も、2019年のデータによれば、日本の自動車輸出相手国第一はアメリカであり、その輸出額は中国の凡そ5倍…)。

 

 そして、半導体部門における日本国の対中輸出については、それが、中国による半導体の国産化政策の一環であることは一目瞭然です。対中貿易制裁を強めるアメリカに対して、中国は、現在15%程の半導体自給率を高めるべく、国策として半導体の国内増産に邁進しています。「中国製造2025」で掲げた自給率70%を達成し、‘チップ・ウォー’とも称される対米半導体戦争に打ち勝ち、そして、仮に対米戦争に踏み切った場合にハイテク戦争を勝ち抜くには、半導体の国産化は不可避なのです。

 

 幾つかの貿易統計から、自動車部門と半導体部門の二つの領域における中国の戦略を読み取るとしますと、日本国が、目下、危うい立場にあることも理解されます。日本国の主力産業である自動車産業を中国に‘人質’にとられた上に、半導体部門における対中協力により、同盟国であるアメリカの信頼を損なうリスクがあるからです。仮に、アメリカが、日本国を中国陣営に与した‘裏切者’と認定した場合、日本製品はアメリカ市場から締め出されると同時に、中国と運命を共にし、国際基軸通貨、即ち、米ドルの獲得手段をも失うことでしょう(人民元は国際基軸通貨としての要件を満たしていない…)。

 

このように考えますと、日本国政府は、内需の振興のみならず、貿易における自動車産業依存からの脱却を図り、中国以外の市場を対象とした輸出産業の多様化に努めると共に、半導体関連の輸出については、アメリカと同レベルの規制を課すべきなのではないでしょうか。貿易統計の改善は朗報ではなく、‘悪い知らせ’なのではないかと思うのです。


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