万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米ドルvs.人民元-注目されるサウジアラビアの動向

2019年11月09日 15時08分36秒 | 国際政治

 サダム・フセイン政権を崩壊に導いたイラク戦争の背景には、イラクが、石油輸出の決裁通貨を米ドルから別の国際通貨に替えようとしたためとする説があります。真偽は不明なのですが、同説は、貿易決済に際してどの通貨を使用するのか、という問題が、戦争を誘発するほど重要であることを物語っています。

 

 全世界において使用される単一の‘世界通貨’が存在しない現状にあって、米ドルこそが、戦後の国際通商体制において‘自由で多角的な貿易’を支える基盤を提供してきました。少なくとも自由貿易主義を採用している西側諸国であれば、何れの国もブロックに囲い込まれることなく他の諸国と自由に通商関係を築くことができたのも、米ドルと云う国際基軸通貨がどこでも通用する国際決裁通貨として機能したからに他なりません。しかしながら、冷戦が終焉しますと、EUを基盤にユーロが誕生すると共に、中国の人民元が国際基軸通貨の地位を窺うようになります。IMFにおいても、今年に予定されていた出資比率の変更は見送られたものの、2016年9月から人民元を含む新規SDRバスケットが導入されています。

 

 人民元の国際基軸通貨化については、2019年3月の時点の統計では、36.5%の米ドルには及ばないものの、中国政府による自由化が不十分なために遅れているとはいえ、13.5%にまで拡大しています。近い将来、デジタル人民元の発行により個人レベルでの送金等にも利用されるようになれば、同通貨の利用率はさらに上昇することでしょう。先端的なITをも武器とした人民元圏拡大政策とも相まって、通貨の分野でも中国はその覇権主義を露わにしているのです。

 

こうした中、注目されるのがサウジアラビアの動向です。同国の独裁者とも称されるムハンマド・ビン・サルマーン皇太子は、昨今、国営石油会社であるサウジアラコムの再民営化を打ち出しております(国営化は1962年に始まり1980年に実質的に完了…)。当初、同社の再民営化に際しては、東京を含む海外の証券取引所が候補として挙げられていましたが、同国の石油施設に対する攻撃という事態を受けて延期となっています。こうした中、中国の国有企業、並びに、政府系ファンドとの間で最大100億ドルの新規株式の引き受けが検討されているとの情報が報じられています。サウジアラコムIPOの時価総額は1兆から2兆ドルを超えるとされ、この数字からしますと、中国の株式保有率は然程には高くはないようにも見えます。しかしながら、新規株式の大半はサウジ国内の証券市場で公開され(その大半は王族の保有になるのでは…)、海外での上場は1%から2%に過ぎないそうです。既に安定株主の役割を期待する声があるように、100億ドル分の株式を保有すれば海外上場予定分の大半を占めますので、海外株主としての中国の地位は決して低くはありません。

 

サウジアラビアの歴史を見ますと、1927年5月の独立に際してはジッダ条約をイギリスと締結する一方で、アメリカとの関係も深く、サウジアラコムの正式名称も国営企業でありながら「サウジアラビア・アメリカン・オイル・カンパニー」なそうです(因みに、1944年の設立時にはスタンダード・オイル系のカソックとテキサコが同社株式を50%づつ保有していた…)。反米色が強い中東にあって親米色の強い国としても知られており、そのサウジアラビアが中国を特別に優遇するとなりますと、その影響は決して小さくはないはずです。そして、仮に中国がサウジアラコム株を取得するとしますと、注目されるのは、その際に使用される通貨です。果たして中国は、人民元での取得をサウジアラコム側に提案するのでしょうか。そして、サウジアラビアもこの提案に応じるのでしょうか。

 

中国の拡張主義的な通貨戦略は、それが全体主義体制の拡大を伴うだけに、何れの国であれ、一般の国民にとりましては脅威ともなります。また、米ドルが国際基軸通貨である限り、ロシア、北朝鮮、イランといった国際法に反する行為を行った諸国に対して経済制裁の効果を及ぼすことができるのですが、人民元が国際基軸通貨ともなれば、無法国家はもはや経済制裁を怖れなくなるかもしれません。

 

 世界屈指の石油産出国であるイランをめぐる問題の背景にも、貿易決済通貨の問題が潜んでいるのかもしれません。サウジアラビアをはじめ、中東諸国が雪崩を打つように米ドルから人民元へとシフトするとしますと、同地域から石油資源を輸入している日本国もまた対応を迫られることとなりましょう。米ドルを唯一の基軸通貨とするブレトンウッズ体制の再構築も難しく、かつ、中国人民銀行のみならずECBもデジタルユーロの発行に言及し、そして、フィンテックの導入を伴いながら国際基軸通貨の問題が政治的にも国際社会を揺るがす現実を目の当たりにしますと、人類は、未だに誰もが納得するような通貨制度の構築に至っていない現実を痛感させられるのです。

 

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コメント (2)
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