秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

天女花(OOYAMARENGE)  SANE著

2007年05月18日 | Weblog
第二章
出逢い
あの日から、三ヵ月。いつものパートから帰る。昨日と同じ一日が、ただ繰り返される。エレベーターのない三階は、疲れた足には結構きつい。半額で売ってもらった店の残り物の弁当に、ほんの少し箸を付け、江美は、健二と初めて出会った二年前の、夏の夜のことを、思いだしていた。前に勤めていた、会社の息子の横暴な態度に腹をたてて、辞表を出した。気持ちの高まったまま、いつも通らない路地を歩いていると、一軒の居酒屋の前で、不意に立ち止まった。(飲ま簾)と暖簾がかかってあった。阿波の地酒と、手書きの宣伝文字が貼ってあった。格子戸を開けると、威勢のいい声が、小さな店に響きわたった。 「いらっしゃい」 カウンターに座った江美に、威勢のいいさっきの店主らしい男が、話しかけてくる。 「お嬢さん、ここは初めてじゃなあー。ゆっくり飲んで行ってよ。今日は、魔の火曜日なんじゃー。暇で暇で常連が、ぼちぼち来るくらいなんじゃー」色白の痩せた四十才位だろうか。男は人なつっこい愛想のいい顔で、江美に麦茶をだしてくれた。さっきまでいらついていた江美も、少し落ち着いてきた。
「中ビールひとつ下さい」江美は、自分でも少しびっくりしていた。居酒屋に入って、ビールを一人で注文するのは、初めてだったのだ。つまみの枝豆を、食べていると、お客が入って来た。髪を少し肩でまで伸ばした若い男は、江美の席からひとつ離れた席に、座り慣れた調子で、腰をおろした。「マスター、いつもの」「健ちゃん、最近見えなかったねー元気してたー」マスターは、コッブにお酒を注いでいる。「モテちゃって、忙しかったんだー。わがまま女がもう、離してくれなくて。」一気にお酒を飲みほす。マスターが、江美に気を遣って、話しかけた。「失礼だけど、彼女、初めてだよね。他に粋な店この通りにわりとあるのに」マスターと健二は頷きあいながら、江美を見ている。「貼り紙をみて、それに暖簾がのまれんってなってるでしょう。阿波弁でしょ?懐かしくなって、つい中に入っちゃいました」 「えー、彼女ももしかして四国の徳島?健ちゃんと同郷とかー」マスターの目がいきなり輝きだした。江美を見ていた健二が、右手を少し上げて、微笑んでいる。「なんか今日、私短気おこして会社やめたんですけど、よかった!ここにこられて「おれ、この町で左官の仕事してるんだ。また今度いっしょに飲もう」マスターがまた頷きながら、江美を見ていた。「健ちゃん、もてるから、気をつけたほうがいいよ。でも今日は、健ちゃんから誘うなんて、初めてじゃあない」「同郷のよしみだよ!じゃあ、先に帰るわ俺、今夜もデートなのよ。バラ好きの粋な店にしか入らない女とね」そう言って先に店をでた。「なんか、楽しい人ですね。ホントにモテそう」江美は、マスターの顔を伺ってみる。「健ちゃん何も詳しいこと話さないから、健ちゃんは一人になりたい時しかここに来ないんだよ」「今日は有難う。また来てもいいですか。定休日はいつですか」「大歓迎!定休日は特に決めてないんだ。持病のヘルニアが悪化しない限り、店は開いてるから。彼女名前聞いてなかったね」マスターはそう言いながら、店の電話番号を書いている。「私、えみって言います」「えみちゃんか。また徳島の話一緒にしよう。自分は藍住だけど江美ちゃんは?」「勝浦の山の中、さっきの人はどこの出身」「健ちゃんは言わないんだよ。雲の中で生まれたってしか。全くふざけてるだろう」不意に格子戸から客が入って来た。江美は入れ代わるように店を出た。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 天女花(OOYAMAREN... | トップ | 天女花(OOYAMAREN... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事