どんよりとしていまにも雨が落ちて来そうな空模様は1000m近い里山の雑木林を
歩いていても肌寒い感覚で思わず、フリースの襟を立ててしまった
木々はいまだ芽吹きにはほど遠くて、冬枯れの装いをさらけ出して、葉っぱがない分
殺風景に幹を果てしない空間に突っ立てて沈黙している
押し留めようもない、抗いようも無い、時間の流れに、ブナの巨木が薄黒い巨幹を
悠然と大地に屹立している
方丈記を書いた鴨長明が「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と
嘆いたころの時間の流れと現在の時間の流れは本質的に同一であるということを
このブナは暗黙のうちに了解して、「慌てるでない、この世に生を受け日々人生を送り
やがて老いて、死んでゆく、それでいいのだ、ただ在れ、在ればいいのだ」と
ぼくに話しかけているようであった
この世に生を受けている限りに於いて生身の身体を持っているということ、肉体は
ある定まった場所と時間を持っているという宿命にあるということ
そして、厄介なことにぼくたちの肉体には精神が宿っていることである、精神は本質的に
自由気ままにふわふわと、あちこちと漂っているのに、肉体は空間と時間に縛られている
ぼくのこころはふわふわと漂っているのに身体は「いま、ここに」生きていることから
逃れられない、切なさ、愛おしさ、ただただ、ここに在れ、しかないのである
屹立すブナの巨幹に春風の唯からからと愛しく吹けり