チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 109

2019年03月08日 20時00分09秒 | 日記
今年の大嘗祭に関わる「斎服」が出来上がり
本日京都で差し上げ
その時斎服仕立ての黒田装束さんに着付けも教えていただいた

先ず生地
このお話を伺った時すぐ今できる技術の最高のものを作ろうと思った
当然のことながら長年糸づくりの研究で友好を深めている長野県飯島いいに工房を持つSさんに相談
氏は早速「斎服」の本を購入どういう糸づくりが最も斎服に適しているかを研究

斎服は肌着、長襦袢、単、袴、半掛、ほうからなる
全て広幅一尺2寸の幅だ

桑は化学肥料を全く使わない太陽の光合成だけでたっぷりとタンパク質を含んだ古来の桑の葉を蚕に与える
しかも芽吹きのところを一握りしてその下16枚の葉っぱだけを与える

その蚕だがセリシンをたっぷり含んでいる青熟系の明治前の蚕
そして飼育を始めた

実はここまできて繭をボツボツ作り始めるという時突然!「待った」が掛かった
理由はここにはかけないがとにかく続いている!始まっている
チャコちゃん先生「男気」出して
「私が全てをやります」と無謀なことを決断してしまった!

援助がなくなり苦しみが始まる
しかし心の底で「この機会に是非蚕の本来の力を発揮させてこの地上で一番良いものを作りたい
それはこの斎服を着るお方のためではなく
蚕のためにーー変に力の入るチャコちゃん

この性格が周囲にご迷惑なのよね

さて孤独な一人旅だけど
蚕は美しい光り輝く繭を作った
そしてセリシンを壊さないための「塩漬け」色々と研究をした結果S氏はシチリアの塩に決定
その塩に守られて蚕は静かに息をひきとる

その後の風乾太陽に照らされた繭のなんと美しい事
そして手引き糸手織りと続き織りあがって装束専門の仕立てを代々続けている装束仕立てにお願い
三年近くの長い道のりを経て本日めでたく完成

早速着付けの練習
袴をつけるまで一切紐は使わず全て布を折り畳み袴の紐で抑えるだけ
一本の紐で緩みを作り
シャープな線を演出する
縫い目を合わせる
結んだ紐が膨らみを作る
直線がフワーと風を孕み締めるべき所合わせる布の固定の位置を決めると品格が漂う

紐の結び方布の膨らませ方の原型を教えていただいたようだ
骨に合わせて着せる真髄がここにあった!

無理を承知で作り上げたが着物の着付けの原点がここにあった!
何よりも蚕が喜んでくれている
そして蚕が協力者を呼んでくれた!孤独の一人旅がいつの間にか笑顔に包まれていた
嬉しい!

#斎服 #蚕 #チャコちゃん先生 #着付け #着物 #繭 #中谷比佐子
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着物が繋ぐもの 108

2019年03月06日 11時06分08秒 | 日記
池田重子さんが目黒にお店を持たれた時
古着が美術品になるということに驚いた
古着を骨董品という美術品に高めたのは池田さんの功績だと思う

池田さんと市がたつ芝の美術俱楽部に何回かお供した
とにかく目利きの池田さんは誰よりも早く高値で落とす
そして持ち帰ったものを詳しく検証する
その検証の場に立ち会い様々なことを学んだ

その時もっとも私の興味を引いたのは「帯留め」
それは母がなくなった時着物の殆どは親戚一同に配ってあって
遺っていたのは姉妹がプレゼントした着物と時々使っていた帯留めだった

お茶の師匠の長姉と専業主婦の次姉は「帯留めは使わないからひさちゃん持ってなさい」
といって持たされたのは彫金で季節の花の物や翡翠や珊瑚の細工物
帯留めは机に引掛りあまり使用する機会はなかったので
「じゃあもらってあげるわ」という感覚だったが

池田さんの収集したものを見ているうち母が使っていた帯留めの価値もわかってきた

取材先で知った京都の舞妓さんたちの色石を散りばめた見事な帯留めは代々置屋が保管していて
舞妓さんの帯を飾っていることも帯留めに興味を持ち始めて知ったこと

自分の本の何冊かに池田さんの帯留めのコレクションの中から撮影させて頂いた
帯留めの事の起こりは江戸時代末期文化文政の頃に始まるらしい
流行は芸者から
お茶屋に上がる富豪の商人武士たちが持つ柄頭や目貫、根付、キセル細工の美しさに目を留めて
それをねだり、また同じ意匠のものを持つと言う契の印に帯留め用に作ったり笄に作り楽しんでいる

明治維新で廃刀令が出て柄頭や鍔などを作る必要がなくなったら
その職人たちは一斉に帯留めを作るようになり刀を飾った技術が女の帯の要となっていった

面白いことに洋服礼賛の鹿鳴館が華やかに浮き立ってくるとその反動で
「着物はこんなに美しい」
と着物が今までになく華美になりそれを飾る帯留めにも趣向が凝らされた

平成のはじめ「大正ロマン」といって溝色のような着物が流行ったことがあるが
それは全くのあやまりで
大正時代ほど色華やかな着物を一般の人達が着た時代はない
そこにも職人の腕の光る帯留めが必ず使われていた

将軍や大名に仕えた「家彫」職人と町人たちのために加工をしていた「町彫」職人とは当然作風が違い今の帯留めのデザインはこの町彫の流れを引いていると思う

女の帯を飾った帯留めには美術品が多いのだが
今の伝統工芸では帯留めは美術品とはみなされない風潮があるようだ
彫金で春夏秋冬の植物を表した帯留めは見ているだけで和む
その帯留めに通す三分紐は少なく二分紐に至っては機械織りでしか作っていないのが現状
いつの時代も変革は甚だしく残る必要のあるものしか残らないと思う

#着物 #帯留め #翡翠 #珊瑚 #三分紐 #二分紐 #池田重子 #芸者 #舞妓 #置屋 #お茶屋 #中谷比佐子
#鹿鳴館 #廃刀令 柄頭、#目貫
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着物が繋ぐもの 107

2019年03月05日 12時46分23秒 | 日記
ある時ぼんやり旅行雑誌を見ていたらウイーンで「ジャガーバル」というダンスパーテイーがあり、そこには民族衣装を着て集まり、収益の一部は森を活かす植樹用に寄付をする場所は王宮
その記事に吸い寄せられた

というのはそのころ私は「女将さんサミット」というのを立ち上げて
日本全国の呉服屋さんの女将さんたちに会員になっていただき
女将さんが中心のお客様の気持になった着物選びができる店の確立に力を注いでいた

日本は高度成長期からバブルに入り着物がボンボン売れると男の経営者がやたら元気になり
男の論理で着物を販売する
そうすると着物は「もの」で「消費」するものという位置づけになり
女将がゆっくりコーチングしながら客と着物を選びその着方まで更にはその人の生き方のアドバイスに時間を掛ける店が少なくなり
ついに女のきる着物に女が口出しできぬような流通になってしまった

それを見かねたチャコちゃん先生は全国の小売店に手紙を出し
平成4年3月3日に東ドイツの領事館(ちょうどベルリンの壁が落ちこの領事館は空き家だった)
で女将さんサミットを立ち上げた
56社の美しくて優しい元気の良い女将さんが集まり
またたく間に横の繋がりができて毎月一回の例会にいろんな問題点を話し合ういい仲間が生まれた
さらに年一回の総合会議を兼ねた研修会やパーテイ
いつも渋い着物で店に座っている女将もこの日ばかりは女にもどって美しく着飾って遊ぶ

その時思ったのは
女将さんが培った気働きそして家族に対する思いやりまたお客のことを心から案じる優しさ
これぞ大和撫子という感じの人ばかりで私もその中で学ばぜていただいた
彼女たちのすべてがもてなし上手
それぞれの店に取材に行くとその土地でしか味わえない美味を惜しげもなく出してくれる
「おもてなし」の天才と言える

ある店で
女将さんが一人の客の話をずーと聞いている私は邪魔にならないように遠くに座って観察していた
二人の間には見事な色留袖がおいてある
しかしふたりともその着物には視線も落とさない一時間もたった時
「ではお願いしますね」と客は腰を上げた
「お客様お気に召さなかったの?」
「帯はまかせると言ってご購入されたわ」
「勧めていなかったじゃあないの」
「はじめにお見せしてお話していただけ」
「それで?」
「そう全部で300万円」
「天才ねすごい美学だ!」

こういう女将さんをもっと大きな目で日本の着物を見てほしい

それで「振り袖を着てウイーンに行こう」という企画を立て実行した
その企画は4年続きおかみさんたちは日本の着物に自信を持った
 
#女将さんサミット #ウイーン #ジャガーバル #女将さん #振り袖 #中谷比佐子
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インターネットの中の着物

2019年03月04日 21時59分48秒 | 日記
徹底的にインターネットの中の着物を検索した
印象はーとにかく安い
そしてよく売れている

個人が売りに出しているものもあるが業者販売もある
何十年も前から着物は過渡期、変革期に入っていると言われていたが
今正に変革期である
それがはっきりと出た

個人が簡単に売りに出している
まとめて売る人もいた
捨てるよりいいではないの?
何かの役に立てばーーーーネ
とインターネットを一緒に見ていた友人が言う

着物も帯も何千円の世界だ
これでは新しく作る人は一体どうなるのだろうか

消費も五重の塔だと思った
五つの段階の中でものづくりも決まっていく

着たい着物を作ることが難しいのか楽しいのか
難しいと思った時点でもう扉は閉まる

これでまた
着物って本当に必要?
という疑問が湧いてくる

そこから出発すると
着物の本当の姿が見えてくる

私の中にはまだ結論は出ない

そんなことを考えさせられたインターネット着物
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#グリーンノート

2019年03月03日 20時01分56秒 | 日記
東京マラソンを避け映画鑑賞の一日
アカデミー賞五つの部門の受賞映画
雨のせいもあって混んでいた

人種差別をテーマにしたものだが
黒人のピアニストと白人といってもイタリア人のボデーガード

黒人を排斥するところに会えて出かけコンサートを行う
ネタバレはしたくないのので内容はこの辺でーーー

世直しに立ち向かうには
まず自分自身の確率
その上で勇気と覚悟
さらに大切なのは正しい誇り

この三つを兼ね備えることで世直しが出来ていく

人はどう行きていくのかを問われたように思う

一週間前はデザイナーの孤独の美学を観た

今私がどう生きるかを模索しているのでこういう的確な学びのものがやってくると思った1日

いくつになっても定まらない自分に喝を入れられた!
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着物が繋ぐもの 106

2019年03月02日 14時47分36秒 | 日記
男が着物を頻繁に着るようになったら男の自信を取り戻すのではないかと思う
男の着物姿がいいなと思うとすぐ取材をさせていただいた
そのかでも印象に残っているのは高倉健さんだが
この話は前に書いたので繰り返さない

骨の美しい女性が好きだと語ってくれたのは吉行淳之介
男はどうだ
と聞いたらあなたはどう思う?と逆に聞かれた
やはり骨はしなやかな方が美しいと思う と答えた

例えば?と聞くので
鳶の人たちは美しいと言ったら真顔で
実にいいとこついてると言ってた笑った

鳶は瓦屋根の上を音を立てないで歩くそれには深層筋を鍛えていなければいけない
筋肉をやたらつけるのではなく 筋を意識することで骨が柔らかく自由に動いて結局好きのない美しさになってくるのだそうだ

その後大腰筋を鍛える方法をお仕舞いで教わったが
仕舞を本気でやっている人はやはり美しい

なんば歩きを本格的に教わったのは武道家から
昔の男はこの歩き方を習得するので廊下を急ぎ足でかけても音を立てない
明治に入って初めていまのような歩き方が一般化したそうだ
左右交互に歩く訓練を陸軍から始めたという
そおすると靴の音がカッカカッカと周りに響き渡って勇ましく感じる

男も女もナンバ歩きができた時代は大腰筋が発達していたので骨折などは少なかったようだ
農家の人以外は腰が曲がるということが少なかっらのもこのナンバ歩きのお陰らしい。

さて色んな男の着物姿を取材し写真撮影もした
浴衣を見事にきこなしているのは力士だがその他では舞台役者
十一代団十郎がまだ海老蔵と名乗っていた頃楽屋訪問で浴衣姿を撮影させていただいた
胸元がゆったりとした着付けで片足をのばした姿で座っていたが私が部屋に入ると居住まいを正してあの大きな目で直視され口元から歯がこぼれた

こもった声で「いらっしゃい」とこちらに向き直った
途端にその色っぽいオーラーに上ずって、何をインタビューしたかも覚えていないほど上がった
のちに一緒に行ったカメラマンが「あんなにのぼせ上がったチャコを見たのは初めて!」と言ってみんなに言いふらされてしまった

写真のポーズは色々とやってくださていて途中私の顔を覗き込みながら「冷房を入れましょうか?」大汗をかいていたのだ(真冬の取材だった)

矢張り鍛えられた体の動きの美しさにポートなっていたのだろう

男はこだわりが強く自分が着る着物の一つ一つにうんちくを傾ける
それを黙って聞いたやるのも女の役目だと思ったのも
こういう小娘を相手に大の大人の男たちが嬉々と自分の着物語を語って聞かせる姿は少年のようだった

男たちにこういう先輩男の着物の話の講演会をしようと思いついた
これも着物をつなぐことになる

#団十郎#鳶#中谷比佐子 #ナンバ歩き
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着物を繋ぐもの 105

2019年03月01日 11時07分21秒 | 日記
着物を着る意味がわからなくなることがある
一番はじめの壁ではヨーロッパに行き日本の文化がどれだけヨーロッパの美術芸術に影響を与えたかということがわかり、帰ってから意気揚々と着物に取り組んだ

毎日着物を着るということが習慣になり
というより自分に課せてしまっているので時々ストレスが頭る
そういうときは着物が大嫌いになる
だったら着なければいい
なぜに着物を着る必要があるのか
着物を着なくても一生を過ごすことができるのにーーーー

「とにかく10年は365日着物を着て生活をしてみよう」
そう自分に約束をしたので自分を裏切ることは出来ない
9年目になっていた あと一年しかし着物を着るのが楽しくない

その時よく遊びいいっていた京都祇園の「えん」の二人に
「ニューよく行かへんか?」と誘われた
帰って相談するとオーケーが出て早速申し込む

宿泊先はニューヨークで活躍する米国人(国際弁護士)に嫁いでいだ共通の友人宅
はじめてのアメリカ
ケネデイー空港についたときの驚き広い 物が豊富 人がいきいきと歩いている みんなニコニコしている
こういう国と戦っては勝ち目はないわねと言うのが飛行場についての第一印象

二週間のホームステイ
ミュージカルを見てオペラ三昧はてはカナダまででかけていく ナイアガラの滝を見るなど遊び呆ける三人
ホームステイのお宅は豪邸で私達三人はそれぞれ大きなお部屋を与えられていた
ご主人は朝早く7時には出てしまい夜は9時以降顔を合わせる日は少ない よく働くなと感心

台所には皿洗い機や洗濯機、乾燥機 冷蔵庫日本にはまだない大型のものばかりで文明の違いにも驚く
こういう電化生活がすぐにでも日本にやってくるのだろうがそういう時代になって着物ってどういう位置づけになるのかしら
とこの地に来ても自分の未来の居場所が定まらない

そういう不安を庭でお茶をしているときにこぼしたら
「そうだ明日の金曜日私に着物を着せて」と頼まれる
高級住宅街のこの地域では地域ボランテイアの話し合いなどで毎週金曜日は持ち回りのパーテイが開かれている
日本の友達としてみんなに紹介するのでということで私達三と奥方は着物を着て出席

もうヤンヤの喝采 こんなに喜ばれるのかと嬉しくなる チャコちゃん先生一気に着物が好きになった(単純)

更に次の金曜日はご主人のお招きで高級レストランに
桜のシーズンだったので桜の着物を着ていく、白地に老木の桜の木が花をいっぱい咲かせている柄だ
中に入ると店にいた見知らぬ男たちが一斉に立ち上がり私に向かって拍手 女性たちもにこやかに手を叩く
嬉しくて最敬礼 テーブルに付くとあちこちからシャンパンが届く!
夢のような出来事だ

ああ着物ってすごいな、日本人でよかった!
そしてまたいそいそと着物に戻るチャコちゃん先生

#ニューヨーク #ケネデイー空港 #桜模様の着物 #ボランテイア #ナイヤガラの滝 #カナダ #オペラ #ミュージカル チャコちゃん先生 #中谷比佐子 #着物 #奥方
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