H19.12.18 弁護士懲戒処分執行停止申立事件
1、本判決の意義
最高裁判所が、「重大な損害」の存否について初めて明示的な判断をしたもの。
2、参照法令
(懲戒事由及び懲戒権者)
第五十六条 弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。
2 懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
3 弁護士会がその地域内に従たる法律事務所のみを有する弁護士法人に対して行う懲戒の事由は、その地域内にある従たる法律事務所に係るものに限る。
(懲戒を受けた者の審査請求に対する裁決)
第五十九条 日本弁護士連合会は、第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分について行政不服審査法 による審査請求があつたときは、日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求め、その議決に基づき、裁決をしなければならない。
(訴えの提起)
第六十一条 第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第六十条の規定により日本弁護士連合会から懲戒を受けた者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる。
2 第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分に関しては、これについての日本弁護士連合会の裁決に対してのみ、取消しの訴えを提起することができる。
3、訴訟選択
○ 日本弁護士連合会を被告とした裁決取消しの訴え
○ 本件懲戒処分の効力の停止を求めて、日本弁護士連合会を相手方とした執行停止の申立て
4、 事案の概要
所属弁護士会から業務停止3月の懲戒処分(以下、「本件懲戒処分」という。)を受けた弁護士XはY(日弁連)に審査請求したが、審査請求を棄却する裁決を受けたため、上記最決の取消しの訴えを提起するとともに、本件懲戒処分の効力の停止を求める旨の執行停止の申立てをした。原決定は、本件懲戒処分の効力を停止することにつき、行政事件訴訟法25条2項の「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するとして、翻案判決が確定するまで本件懲戒処分の効力を停止することとした。
本決定は、最高裁が、Yからの許可抗告を棄却したものである。
5、 争点
Xの主張する事実が「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」にあたるか
6、原審の判断
本件懲戒処分の内容は業務停止3月であって,本件懲戒処分を受けた申立人は,相手方の定めた措置基準に従い,依頼者が委任契約等の継続を求めている場合であっても,依頼者との委任契約の解除,訴訟代理人等の辞任手続,顧問契約の解除を行わなければならないのであって,これにより,申立人の弁護士としての社会的信用が低下し,それまでに培われた依頼者との業務上の信頼関係も損なわれる事態が生じると認められる。そして,このような依頼者との委任契約の解除等によって生じる弁護士としての社会的信用の低下,業務上の信頼関係の毀損は,業務停止という本件懲戒処分によって生じるX自身の被る損害であり,その損害の性質から,本案で勝訴しても完全に回復することは困難であり,また,損害を金銭賠償によって完全に補填することも困難である。
このような損害の性質に加え,疎明資料によればXが業務停止期間中に期日が指定されているものだけで31件の訴訟案件を受任していると認められることから推認できるXが被る損害の程度を勘案すれば,一旦生じた損害の回復は困難で,本件懲戒処分によってXに重大な損害が生じると認められる。
そうすると,本件懲戒処分の効力を停止することにつき,重大な損害を避けるために緊急の必要があるというべきである。
7、抗告理由
重大な損害を避けるための緊急の必要性の要件について
第1に,原決定には,本件処分の内容,性質という法律が要求する考慮事項を考慮していない違法があるし,弁護士の業務停止の懲戒処分は,その弁護士の業務を行い得なくすることを目的とするものであるから,業務停止に当然に伴う損害を特別な損害とは解し得ないものであるところ,原決定は,「「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当たっても,その執行等により維持される行政目的達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなお救済しなければならない程度に重大な損害を避ける緊急の必要性があるか否かが勘案されるべきであり,行訴法第25条第3項において考慮すべき事項とされている「処分の内容及び性質」も,このような見地からの検討をもその考慮事項の1つとする趣旨」であるとする抗告裁判所としての東京高等裁判所の決定に反する判断をしている。
第2に,上述のとおり弁護士の業務停止の懲戒処分においては,業務停止に当然に伴う損害は,行政事件訴訟法第25条第2項の特別な損害とは解し得ないものであるところ,自己が懲戒処分を受けたことを依頼者に告げることによって,依頼者との業務上の信頼関係に一定の影響が生じることがあるが,それだけでは回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるということはできないと判断した2つの東京高等裁判所の決定があるのに,懲戒処分を受けたことを依頼者に告知すれば弁護士としての社会的信用の低下等を招くので「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法第25条第2項)に該当すると判断できるのかという点で,本件は,法令の解釈に関する重要な事項を含むものである。
8、最高裁の判断
Xは,その所属する弁護士会から業務停止3月の懲戒処分を受けたが,当該業務停止期間中に期日が指定されているものだけで31件の訴訟案件を受任していたなど本件事実関係の下においては,行政事件訴訟法25条3項所定の事由を考慮し勘案して,上記懲戒処分によって相手方に生ずる社会的信用の低下,業務上の信頼関係の毀損等の損害が同条2項に規定する「重大な損害」に当たるものと認めた原審の判断は,正当として是認することができる。
以上