1960年代以降、さみだれ式にアフリカの植民地が独立していく中で、アフリカへの開発援助は三つの時期に区分することができるという。
まずは、冷戦期の東西対立で、自分たちの陣営にアフリカ新興国を引き留めたい欧米とソ連、東欧、中国との間で援助合戦が見られた時代で、潤沢に援助を受けられ、結果、外国の援助資金や技術を前提とした自国の発展計画を立てることが制度化されてしまい、旧宗主国への経済・政治的従属関係を独立後も維持・強化することになった。
第二期は、期限までに対外債務を返済できなくなり、繰り延べを要請せざるをえなくなった諸国が続出した80年代以降、約20年間続いた構造調整期である。独立以来の国家主導の開発政策を経済の自由化にシフトしていき、IMFと世界銀行、および債権国がアフリカの運営に対して未曾有の非軍事的手段による介入を行った。しかし、当初期待された高度成長も貧困削減もみられず、「失われた20年」といえる。
第三期は、ポスト構造調整期ともいうべき時代で、90年代末から今日まで進行中である。国際金融機関が主導したアフリカ各国の構造調整政策の当初予想された成果が見られないことが明らかになり、多くのアフリカ諸国で、住民の生活が改善するどころか悪化しており、外部介入策を軌道修正していかざるを得なくなった時期である。国際金融機関らはアフリカ各国の政府に自ら立案するように要求しはじめた。一方、BRICSの本格的登場により、資源調達ブームの中で、アフリカ大陸への経済的関心が高まり、中国の再登場が起こっている。
さて、「北」の私達は、アフリカの個々の住民たちが幸せになっていくことに、何をなしえるのだろうか。
このポスト構造調整期において、注目すべきことは、国家によって領域内の住民に約束されてきた教育、医療、保健、生活用水などの基本的サービスを住民が自ら満たそうとする活動が、アフリカ各地で活発化してきていることである。
例えば、西アフリカのセネガルの社会で活発化しているのは、市民団体と住民組織による行政サービス代替活動である。まず、人々の中に入り、そこから何ができるかと言う点を絶えず自問し考える集団として出発するローカルNGOの出現で、72年ストックホルムで開催された国連人間環境会議をきっかけに発足した「アフリカ環境・開発NGO(ENDA)」から生まれた「人づくり集団(GRAF)」が先駆的存在である。
GRAFの活動家たちは、地域住民の自立を支援するという外部の介入(ニーズ充足アプローチ)が、むしろ地域住民の外部依存性を高めてしま点に疑問をもち、介入はするが、自立を妨げず促進する介入とは何かと言う問いを立てる。「助けるな。しかし助けろ。」「助けろ。しかし助けるな。」
さらに、問題を発見し、何が出来て、何が出来なくて行き詰るのかと様々なアクターとともに考える力をつける。
自分たちを取り巻く現実の解読作業を支援する中で、このグループは、単なる外部からの「ニーズ」を充たしてくれる救済者ではなく、共に考え、協力してくれる伴走パートナーないし黒子として位置づけられていく。
まさに「市民づくり」の活動である。活動を通じ、人々が自分の権利に目覚め、世界を読む目を持つようになり、そして責任を持って身近なところから世界を変えようとする市民思考を身につける。
では、「北」の私達は、どのような分野において、上記のような支援をしていくべきであろうか。
私は、第一に真の意味の憲法制定と公正な選挙の実施、第二に教育と学問の機会の保障、そして第三情報通信の整備とジャーナリズムの発展の三分野が特に重要であると考える。
第一については、真の憲法や憲法学的思考と言えるものが、現代アフリカにあるのかが大いに疑問である。
時の権力者が自らの権限を拡大させるために、議会の多数派工作や国民投票でいとも簡単に改憲をし、国民の中には、憲法を権力維持の道具としか考えていない人々が多くなっているという。政治に不信に思い、07年のマリの大統領選挙では、投票率が36%であったとのことである。
第二については、初等教育から民族語表記で教えることで、自分たちが普段話す言語に基づく思考やコミュニケーションが出来るようになり、小学校初級で通常アラブ語かフランス語で手紙が書けるようになるためには4年もの歳月が必要なところ、生徒が一週間後には民族語で手紙が書けるようになったとのことである。人材も学校も十分でない以上、効率的な教育の実施を支援していくべきである。そしてその方法がある。
初等教育とともに、高等教育としての大学の整備も必要であり、現地大学を、数カ国合同によってでも設置することが必要と考える。「頭脳流出」を避けると共に、そこから現代アフリカの直面する危機的状況をいち早く嗅ぎ取り、その危機の特質を時代の文脈の中で広く位置づけ、あるべき社会を展望し、実現のため様々な段取りを示唆する人材を輩出するのである。
第三については、インターネットを用いることで同時進行の世界の情報にアクセスできる環境の整備と情報の質を高めるためのジャーナリストの養成である。
内戦状況や選挙の不正、政府の動向の監視を行うことで、民主主義を維持することが可能になる。
政治と社会の季節を決定的に迎える21世紀初頭のアフリカは、動き出している。人々が変えるアフリカが今度こそ生まれるように見守り、支援したい。
参考図書:『新・現代アフリカ入門』 勝俣誠著、岩波新書、2013年4月9日第1刷発行
まずは、冷戦期の東西対立で、自分たちの陣営にアフリカ新興国を引き留めたい欧米とソ連、東欧、中国との間で援助合戦が見られた時代で、潤沢に援助を受けられ、結果、外国の援助資金や技術を前提とした自国の発展計画を立てることが制度化されてしまい、旧宗主国への経済・政治的従属関係を独立後も維持・強化することになった。
第二期は、期限までに対外債務を返済できなくなり、繰り延べを要請せざるをえなくなった諸国が続出した80年代以降、約20年間続いた構造調整期である。独立以来の国家主導の開発政策を経済の自由化にシフトしていき、IMFと世界銀行、および債権国がアフリカの運営に対して未曾有の非軍事的手段による介入を行った。しかし、当初期待された高度成長も貧困削減もみられず、「失われた20年」といえる。
第三期は、ポスト構造調整期ともいうべき時代で、90年代末から今日まで進行中である。国際金融機関が主導したアフリカ各国の構造調整政策の当初予想された成果が見られないことが明らかになり、多くのアフリカ諸国で、住民の生活が改善するどころか悪化しており、外部介入策を軌道修正していかざるを得なくなった時期である。国際金融機関らはアフリカ各国の政府に自ら立案するように要求しはじめた。一方、BRICSの本格的登場により、資源調達ブームの中で、アフリカ大陸への経済的関心が高まり、中国の再登場が起こっている。
さて、「北」の私達は、アフリカの個々の住民たちが幸せになっていくことに、何をなしえるのだろうか。
このポスト構造調整期において、注目すべきことは、国家によって領域内の住民に約束されてきた教育、医療、保健、生活用水などの基本的サービスを住民が自ら満たそうとする活動が、アフリカ各地で活発化してきていることである。
例えば、西アフリカのセネガルの社会で活発化しているのは、市民団体と住民組織による行政サービス代替活動である。まず、人々の中に入り、そこから何ができるかと言う点を絶えず自問し考える集団として出発するローカルNGOの出現で、72年ストックホルムで開催された国連人間環境会議をきっかけに発足した「アフリカ環境・開発NGO(ENDA)」から生まれた「人づくり集団(GRAF)」が先駆的存在である。
GRAFの活動家たちは、地域住民の自立を支援するという外部の介入(ニーズ充足アプローチ)が、むしろ地域住民の外部依存性を高めてしま点に疑問をもち、介入はするが、自立を妨げず促進する介入とは何かと言う問いを立てる。「助けるな。しかし助けろ。」「助けろ。しかし助けるな。」
さらに、問題を発見し、何が出来て、何が出来なくて行き詰るのかと様々なアクターとともに考える力をつける。
自分たちを取り巻く現実の解読作業を支援する中で、このグループは、単なる外部からの「ニーズ」を充たしてくれる救済者ではなく、共に考え、協力してくれる伴走パートナーないし黒子として位置づけられていく。
まさに「市民づくり」の活動である。活動を通じ、人々が自分の権利に目覚め、世界を読む目を持つようになり、そして責任を持って身近なところから世界を変えようとする市民思考を身につける。
では、「北」の私達は、どのような分野において、上記のような支援をしていくべきであろうか。
私は、第一に真の意味の憲法制定と公正な選挙の実施、第二に教育と学問の機会の保障、そして第三情報通信の整備とジャーナリズムの発展の三分野が特に重要であると考える。
第一については、真の憲法や憲法学的思考と言えるものが、現代アフリカにあるのかが大いに疑問である。
時の権力者が自らの権限を拡大させるために、議会の多数派工作や国民投票でいとも簡単に改憲をし、国民の中には、憲法を権力維持の道具としか考えていない人々が多くなっているという。政治に不信に思い、07年のマリの大統領選挙では、投票率が36%であったとのことである。
第二については、初等教育から民族語表記で教えることで、自分たちが普段話す言語に基づく思考やコミュニケーションが出来るようになり、小学校初級で通常アラブ語かフランス語で手紙が書けるようになるためには4年もの歳月が必要なところ、生徒が一週間後には民族語で手紙が書けるようになったとのことである。人材も学校も十分でない以上、効率的な教育の実施を支援していくべきである。そしてその方法がある。
初等教育とともに、高等教育としての大学の整備も必要であり、現地大学を、数カ国合同によってでも設置することが必要と考える。「頭脳流出」を避けると共に、そこから現代アフリカの直面する危機的状況をいち早く嗅ぎ取り、その危機の特質を時代の文脈の中で広く位置づけ、あるべき社会を展望し、実現のため様々な段取りを示唆する人材を輩出するのである。
第三については、インターネットを用いることで同時進行の世界の情報にアクセスできる環境の整備と情報の質を高めるためのジャーナリストの養成である。
内戦状況や選挙の不正、政府の動向の監視を行うことで、民主主義を維持することが可能になる。
政治と社会の季節を決定的に迎える21世紀初頭のアフリカは、動き出している。人々が変えるアフリカが今度こそ生まれるように見守り、支援したい。
参考図書:『新・現代アフリカ入門』 勝俣誠著、岩波新書、2013年4月9日第1刷発行