ジョルジュの窓

乳がんのこと、食べること、生きること、死ぬこと、
大切なこと、くだらないこと、
いろんなことについて、考えたい。

ぼやき

2005-03-20 | 乳がん
それから、
術後一年半くらいで、
主治医にも慣れた。
主治医の早口に、負けないくらい早口で答える。
「はい。」「はい。」「はい。」「はい。」
「ありがとうございました。」
ドアを出ようとノブに手をかけると、
主治医はやっとそこで 人間的な言葉をかけてくれる。


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入れ物が気に入って買った、
おフランスのバター。
「味はフツーのより薄いのに、
 コクがあるな。」
え? あ? そう?
そうかしら。  そうかも。

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その日、私は 主治医の診察を待った。
何度目かの、二時間半待ち。

もちろん、予約した時間からの、二時間半だ。

お昼を遥かにまわって、
腹ペコだけど どこへも行けずに
じっと 外来で順番を待つ。

もう慣れっこになっていて、諦めているので、
読みたいものを 
どっさり カバンに詰めて持ってきている。

そうやって待って、やっと自分の時間が来て、
診察室に入ると、
早口の主治医が パキパキとしゃべる。

緊張しつつ、ハキハキと答える。
‘3時間待ちの3分診療’を 地でいっている。



子どもの頃から 慣れ親しんだやりとりでもある。

私が小さい頃のホームドクターは、
‘軍医上がり’で、‘パンカリ(?)’で、
腹を立てた医師に 怒鳴られないように、
患者も看護婦も ピリピリ、ドキドキしながら 
診察をしていた。



その日 主治医は
私が「ありがとうございました。」と席を立ち、
ドアノブに手をかけたところで、
「だいぶ待った?」
と声をかけてきた。

いい加減 ウンザリするほど 毎回待たされていた私は、
素直に、はっきりと
「はい。」
と答えた。

ちょっと はっきり 答えすぎたかな、と思い、
振り返って、にっこり笑った。
「ほんの、少し。」

そしたら 主治医は 突然 机に 突っ伏してしまった。
「あ゛~~~~~、もう、
 ど~~~して こんなに 
 忙しいんだろう!」



たっぷり待たされているのに、
にっこり笑って「ホンの、少し。」は、
いっちばんイヤミだったかも。

それにしても 主治医の突然の、
しかも本音の、
しかも派手なボヤキに、
びっくりした私は そそくさと 出てきてしまった。

その頃からかなあ、と思う。
今しもドアを出る、という時に
主治医が 会話らしい会話を仕掛けてくることに
気がついたのは。

それまでの 緊張した、味も素っ気もない
優しさや 温かみも感じないやり取りの
イイワケをするように、
‘人’としての会話を そこで ほんの少し 交わす。

でも そのおかげで 患者の私は
ホッとした気分で 診察室をでることができる。



主治医の診察の予約を入れる時、
空きがないと、12時とか 12時半とかに入れる。

2時とか 3時とかまで、
もう 周りに 診察待ちの人の影が 少なくなっても
待っているのは、私の主治医の診察を待つ女性のみ、
という状況。

逆に言えば、主治医は お昼を食べる暇もない。
いや、きっとどこかで食べているだろう、とは思うが。

週に3度の 診察日、
週に3度の 手術日。
手術は 一日に4件。
手術日のほうが、
きちんとお昼を 食べられるかもしれない。
(単に、想像。)



ドクターは、健康でなきゃ勤まらない仕事、と思う。
自分が疲れていては、患者にやさしく接したり
思いやりを持ったりが できないと思う。

理想の医療からすれば 私の通うがんセンターも
なにかしら 文句のつけどころがある、
いっぱいある、と思うけれど、
医療者も 毎日(文字通り)走り回っている。

尊敬しているし、心からありがたいと思う。

のんびり椅子に座って 順番を待つ 
元気ながん患者・私は 
主治医の健康を気遣う余裕まで 生まれてきていた。



乳腺外科のドクターが 
運営するHP 上で
さまざまな質問に答えるコーナーでは
ドクターが 答えを入れている時刻を見て
毎日ビックリしていたことがある。

1時、2時、3時・・・。
それから間もなく 体調を崩されたらしかった。

自身の命を削るように 日々励む医療者たち。

悲しいことに、それでも がん患者は
増える事はあっても 減る事はないようだ。



「どうして こんなに 忙しいんだろう!」
主治医の叫びは、主治医ひとりのものではないだろう。

癌になったら 医療を受ける、のではなく、
病気にならない、
病気になっても 自力で 治す、
そんな力を 私たちは身につけたい。

未来の医療は 
身体に異変を感じて、
あるいは 検診で異変をしてきされて受診する患者を 
医師が 病院で待つのでなく、
漢方でいうところの
‘未病’の段階で 治せるようにならないだろうか。

でないと、
‘乳がん’という
とってもトレンディーな(死語?)
この病気を専門にしてしまった私の主治医は、
当分「ど~~~~して?」な状態が続きそうだ。
(そのうち停年になってしまうだろうけれど。)

それにしても、
医者の‘ぼやき’は、私はその時、初めて聞いた!