『11時間――お腹の赤ちゃんは「人」ではないのですか――』
(江花優子著、小学館、2007年7月3日、1575円)
この本は 第13回 小学館ノンフィクション大賞 最優秀賞を受賞している。
ノンフィクションは
最相葉月の『絶対音感』、
あれを「面白い!」と思って読んでいたが
最後まで読み通せずに ブック○FFに返却(?)した過去がある。。
あれも小学館ノンフィクション大賞受賞作だった。
今年も可愛く色づいた トウガラシ。
きょうの記事は あまり楽しくない。
楽しくない記事は読みたくない、という方は ここまで。
麻疹の流行から予防接種などなど、
引き続きで胎児の魂について、
うやむやながら 何事かを考えていたちょうどその時に
新聞に広告が載っていて
その3日後に 4年半検診で 出かけた時に
大きな町の 大きなデパートの 大きな書店で 購入してきた。
やはり それなりに 重たいテーマであり、
暗いお話の部分も多いが
帰りの電車で読み始めたら 止まらなかった。
主な内容は
2003年12月の自動車事故で怪我をした夫婦、
その奥さんのお腹に宿っていた小さな命について。
車に乗っていて 自動車事故に遭った若夫婦。
運転していた夫は大怪我、奥さんはもっと大怪我。
そして胎児は・・・。
事故による衝撃で 子宮というものは収縮するらしい。
元気だった心音が弱ってくる。
帝王切開。
重症仮死状態。
気管内挿管。 人工呼吸。 心臓マッサージ。 強心剤投与・・・。
カテーテルをはずされた赤ん坊は
夫の腕の中で 次第に冷たくなっていく。
少しでも温かいうちに、と
ストレッチャーの上で身動きができないまま新生児集中治療室に来ていた
妻の胸の上に乗せる。
妻は 何とか動く右の手だけで わが子を抱きしめる。
死亡時刻、午前9時38分。
新生児遷延性肺高血圧症からの呼吸循環不全によるものと考えられる。
妊娠31週4日。
体重1400g、慎重30cm、
誕生から わずか10時間53分の命。
妊娠10週で女の子とわかっていたから、
生まれる前に「桜子」と命名。
予定日が 春だったから。
冷静だったのは、医師。
「刑事裁判になると思われます。
重篤な合併症などによって死亡したのではない
ということを証明するためにも、
解剖したほうがいいかと思われますが・・・。」
「お母さんのお腹にいる赤ちゃんも、
外に出てきた赤ちゃんも、
同じ命で 赤ちゃんの価値は変わりありません。
お母さんから栄養と酸素をもらっているか、
外に出て 自発呼吸をしているかだけの差にすぎません。
ただ、お腹のなかにいるときに事故に遭った場合、
刑事裁判では 胎児は“人”と見なされず、
致死罪にならないことになっているんです。」(p25)
これか!
これがこのタイトルの本ができた理由か!
胎児を殺しても 殺人にならない!?
胎児は・・・・・・人ではないのか?!
もうひとり、冷静だったのは、父親。
我が子にしてあげられることが何にもなかった、父親。
仕事を辞め、妻のリハビリに協力し、
裁判に伴うもろもろの雑事をすべて引き受けた。
意見陳述書に貼り付けられた、
人工呼吸器と何本ものチューブをつけた桜子ちゃんの写真を撮ったのも
父親。
母親が退院できないままに出した我が子の葬儀の遺影は
解剖の傷を隠すため、
病院側がかぶせてくれたニット帽をかぶった桜子ちゃん。
我が子を撮るために買ったカメラで写した遺影の写真さえ
・・・・・・死に顔だった。
いや、冷静ではなかったから、
さまざまな困難を伴う眼前の問題や 書類の作成に
没頭したのかもしれない。
それは、「悲しみ」と、もうひとつ、「憎しみ」。
役所に出向き、
出生届けと死亡診断書を提出。
検察庁に出向いて上申書を提出、
業務上過失致死での立件を訴える。
早産で 世に出てくる未熟児の命が
医療の格段の進歩によって助かるようになった今も
何故か 刑法では 胎児は“人”ではない。
胎児は 母親の身体の一部であり、
たとえ早産で生まれても 問題なく成長するはずだった
健康な胎児の命を奪っても
その罪は 業務上過失傷害。
「本件は 母体内で危害を受けたことが原因で死亡したため、
“人”として扱われない。」
との回答が出たのは 1年8ヶ月後。
父親は
胎児の人権などにも言及した意見陳述所を作成して
裁判所に提出した。
控訴事実では
「身体の一部である胎児」とされていた表現が
諭告では
「各器官の備わった 十分人間と呼ぶに足りる状態だった胎児」
に変わっていた。
けれど、業務上過失傷害。
求刑は 禁固2年。
判決には それに執行猶予が4年。
たとえ戸籍があっても
裁判では 桜子ちゃんは“人”としては扱ってもらえなかった。
きゅうりのピリ辛漬け。
フレッシュ唐辛子を使ったのは初めて! でもちゃんと辛かった。
みな月の なごしのはらへ(夏越の祓) するひとは
ちとせ(千歳)の命 のぶといふなり
きのうは千日参り、
無病息災を祈って 茅の輪(ちのわ)くぐりをした人は
多かったろうか。
子を持つ親がお参りしたのなら
そのほとんどが
我が子の無事な成長を願ったのではないだろうか。
長くなってしまったので、後編に続くことにする(苦笑)。
(江花優子著、小学館、2007年7月3日、1575円)
この本は 第13回 小学館ノンフィクション大賞 最優秀賞を受賞している。
ノンフィクションは
最相葉月の『絶対音感』、
あれを「面白い!」と思って読んでいたが
最後まで読み通せずに ブック○FFに返却(?)した過去がある。。
あれも小学館ノンフィクション大賞受賞作だった。
今年も可愛く色づいた トウガラシ。
きょうの記事は あまり楽しくない。
楽しくない記事は読みたくない、という方は ここまで。
麻疹の流行から予防接種などなど、
引き続きで胎児の魂について、
うやむやながら 何事かを考えていたちょうどその時に
新聞に広告が載っていて
その3日後に 4年半検診で 出かけた時に
大きな町の 大きなデパートの 大きな書店で 購入してきた。
やはり それなりに 重たいテーマであり、
暗いお話の部分も多いが
帰りの電車で読み始めたら 止まらなかった。
主な内容は
2003年12月の自動車事故で怪我をした夫婦、
その奥さんのお腹に宿っていた小さな命について。
車に乗っていて 自動車事故に遭った若夫婦。
運転していた夫は大怪我、奥さんはもっと大怪我。
そして胎児は・・・。
事故による衝撃で 子宮というものは収縮するらしい。
元気だった心音が弱ってくる。
帝王切開。
重症仮死状態。
気管内挿管。 人工呼吸。 心臓マッサージ。 強心剤投与・・・。
カテーテルをはずされた赤ん坊は
夫の腕の中で 次第に冷たくなっていく。
少しでも温かいうちに、と
ストレッチャーの上で身動きができないまま新生児集中治療室に来ていた
妻の胸の上に乗せる。
妻は 何とか動く右の手だけで わが子を抱きしめる。
死亡時刻、午前9時38分。
新生児遷延性肺高血圧症からの呼吸循環不全によるものと考えられる。
妊娠31週4日。
体重1400g、慎重30cm、
誕生から わずか10時間53分の命。
妊娠10週で女の子とわかっていたから、
生まれる前に「桜子」と命名。
予定日が 春だったから。
冷静だったのは、医師。
「刑事裁判になると思われます。
重篤な合併症などによって死亡したのではない
ということを証明するためにも、
解剖したほうがいいかと思われますが・・・。」
「お母さんのお腹にいる赤ちゃんも、
外に出てきた赤ちゃんも、
同じ命で 赤ちゃんの価値は変わりありません。
お母さんから栄養と酸素をもらっているか、
外に出て 自発呼吸をしているかだけの差にすぎません。
ただ、お腹のなかにいるときに事故に遭った場合、
刑事裁判では 胎児は“人”と見なされず、
致死罪にならないことになっているんです。」(p25)
これか!
これがこのタイトルの本ができた理由か!
胎児を殺しても 殺人にならない!?
胎児は・・・・・・人ではないのか?!
もうひとり、冷静だったのは、父親。
我が子にしてあげられることが何にもなかった、父親。
仕事を辞め、妻のリハビリに協力し、
裁判に伴うもろもろの雑事をすべて引き受けた。
意見陳述書に貼り付けられた、
人工呼吸器と何本ものチューブをつけた桜子ちゃんの写真を撮ったのも
父親。
母親が退院できないままに出した我が子の葬儀の遺影は
解剖の傷を隠すため、
病院側がかぶせてくれたニット帽をかぶった桜子ちゃん。
我が子を撮るために買ったカメラで写した遺影の写真さえ
・・・・・・死に顔だった。
いや、冷静ではなかったから、
さまざまな困難を伴う眼前の問題や 書類の作成に
没頭したのかもしれない。
それは、「悲しみ」と、もうひとつ、「憎しみ」。
役所に出向き、
出生届けと死亡診断書を提出。
検察庁に出向いて上申書を提出、
業務上過失致死での立件を訴える。
早産で 世に出てくる未熟児の命が
医療の格段の進歩によって助かるようになった今も
何故か 刑法では 胎児は“人”ではない。
胎児は 母親の身体の一部であり、
たとえ早産で生まれても 問題なく成長するはずだった
健康な胎児の命を奪っても
その罪は 業務上過失傷害。
「本件は 母体内で危害を受けたことが原因で死亡したため、
“人”として扱われない。」
との回答が出たのは 1年8ヶ月後。
父親は
胎児の人権などにも言及した意見陳述所を作成して
裁判所に提出した。
控訴事実では
「身体の一部である胎児」とされていた表現が
諭告では
「各器官の備わった 十分人間と呼ぶに足りる状態だった胎児」
に変わっていた。
けれど、業務上過失傷害。
求刑は 禁固2年。
判決には それに執行猶予が4年。
たとえ戸籍があっても
裁判では 桜子ちゃんは“人”としては扱ってもらえなかった。
きゅうりのピリ辛漬け。
フレッシュ唐辛子を使ったのは初めて! でもちゃんと辛かった。
みな月の なごしのはらへ(夏越の祓) するひとは
ちとせ(千歳)の命 のぶといふなり
きのうは千日参り、
無病息災を祈って 茅の輪(ちのわ)くぐりをした人は
多かったろうか。
子を持つ親がお参りしたのなら
そのほとんどが
我が子の無事な成長を願ったのではないだろうか。
長くなってしまったので、後編に続くことにする(苦笑)。