滋賀県東近江市でいくつかの古い建物を見て周った後、ある店に昼食に寄るも”本日臨時休業”の無情の貼紙が…。そこで次に見て周る予定だった蒲生郡日野町へ直行。昼食は古い商人宅をリフォームして出来た蕎麦屋「日野守貞」へ。広い駐車場に車を停めて街道側の入口(写真上)から店に入るも、既に数組の待ちが出ている。どういう順か分からなかったので中で待ってみたが何も案内が無い。大勢居る店員と顔を会わせても誰も何も言わない。すると人の流れから反対側にも入口があって、そちらに待ちの記名リストが置いてあることが分かった。ひと言書くか店員が案内してくれればいいのに…。何組にも飛ばされたろうが仕方がない。近辺に他の飲食店が見当たらないので記名して更に待ってみた。結局30分程も待って呼ばれ、2階に案内された。そちらは広くなく卓が2つあるのみ。注文したのは季節物の「酢橘そば」。
注文してからはさほど待つことなく「酢橘そば」が運ばれた。いかにも涼しげな姿。薄くスライスされた酢橘が沢山つゆに浮いている。手繰った蕎麦は極細。冷たいつゆに泳いでいるので口当たりはやや硬め。つゆは見た目通りすっきりした味わい。夏には時々こういう蕎麦をいただくのだが、こういう場合の酢橘はどうするべきか。そのまま食べるには種やら皮の食感は邪魔だし、酸っぱいし。結局箸先で突いて果汁をつゆに落とすくらいしか出来ない。蕎麦は1分で啜り終わった(笑)。勘定してもらい反対側から出ると、そちらにはカフェがあったりして、店内と同様に色々お洒落に造り込まれていた。ただ、ここまで細部に渡ってしっかり造り込まれていると、どこまでが本当にこの家に元々あった古い物なのか分からなくなるなァ。(勘定は¥1,300)
↓ 店舗駐車場側からの入口。こちらは明治14年(1881)建造の近江日野商人の邸宅だそう。調べていたらこの会社が取得する前の情報が分かった。敷地は約380坪で1600万円で売られていたそう。間口は15m、奥行きは45mだとか。土間に電話室や井戸もあるのだが、あまりに整い過ぎて本当に以前からあったものかどうか判別しかねる。街道側の塀にある緋毛氈(赤い布)が掛けられた窓(写真最終2、3枚目)は「桟敷窓」と呼ばれ、祭りの際に渡御行列や曳山が通る時だけ開けられたのだとか。
↓ 東近江市林田町にある「旧・御園村役場」(明治41年・1908・建造)◇。かつての役場庁舎。昭和29年の村の廃止後も様々な用途で使われ、少し前まで「かきみその役場」という名前で町づくりの活動拠点として利用されていたようだが現在は不明。かつても外壁はこのように塗られていなかったのか、それとも剥げ落ちたのか。
↓ 東近江市大沢町の「野村家住宅主屋」(大正8年・1919・建造)◇。起り(むくり)屋根に虫籠窓(むしこまど)の民家。住宅が密集している地域にあるのでこちら側からしか見えなかった。国の登録有形文化財に指定されている。
↓ 南北朝時代から鋳造で有名だったという東近江市長(おさ)町にある「金壽堂」(建築詳細不明)◇。梵鐘や鍋の鋳造所で、数年前に廃業しているとのこと。敷地奥にはちょっと変わった擬洋風建築に見える建物(写真下2、3枚目)も見える。
滋賀県蒲生郡日野町大字村井1365
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