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眼鏡が・・

 一昨日、パソコンの前に座ってモニターを見ると細かい字が読みづらい。最近眼鏡をかけていても、こんなことが多くなったなあ、と思いながら左手で眼鏡をはずそうとしたら、えっ、何?どうしたの、これ?
 左手には眼鏡の左半分だけしかない・・、右半分は・・耳にかかったままだ・・。何が起こったの?一瞬まったく理解ができずに呆然としてしまった。左手の半分の眼鏡を見たら、どうも鼻にかける部分で二つに千切れてしまったらしい。バキッとかいう音など何もしなかったから、折れたわけでもない。千切れたというよりも、剥がれてしまったと言った方がいいのかもしれない。何にしても耐用年数を超えた結果のように思えて、しばし呆気に取られたままでいた・・。

 

 思えば、この眼鏡のことはこのブログでも何度か取り上げてきた。2005年11月27日の記事ににはじめてこの遠近両用眼鏡のことを書いて以来、2006年4月3日には、泥酔して転んで眼鏡のつるを曲げてしまった顛末が書いてあるし、ちょうど一年前の2008年8月23日の記事では、この眼鏡が失えてしまって困っていること、さらに9月3日には、見つかって喜んでいることが書いてある。改めて読んでみると、この眼鏡との付き合いも結構古いんだなあ、と少なからず感興をもよおしたのと同時に、よくもここまでぞんざいに扱ってきたものだな、といささか反省の気持ちも起こってきた。これらの記事以外にも、いい加減なところに置いてあった眼鏡を踏んずけたことも何度かあるし、手に持っていて誤って地面に落としたことなど数知れない。そのため、レンズは傷だらけだし、つるも曲がったままだ。この眼鏡を見れば、私のいい加減な性格がよく分かると言っても過言ではないように思う・・。
 だが、それだけ毎日長い時間一緒にいたということだ。確かに最近では、老眼が一段と進んだのか、この眼鏡で見ても手元の小さな字が見えにくいことがよくあって、外していることが多くなった。特に塾での授業中は、外していることが多かった・・。だが、やっぱりいざこうやって壊れてしまうと、名残惜しい。いくらそろそろ換え時かな、と思っていても、こんなに突然使えなくなってしまうと、どうしたらいいか分からなくなってしまう。瞬間接着剤でくっつけようかな、と思ったが、左右のバランスが微妙に狂ってしまって見えにくくなってもいやだ。かと言って、眼鏡屋に持っていってお金をかけて修理してもらうのもこれだけオンボロになると勿体無い気がする。
 新しいものに買い換えようにも、今は夏休み中で眼鏡屋に買いに行く時間などまったくないから、とりあえずは昔使っていた近視用の眼鏡を使うことにした。ただ、塾の授業中はこの眼鏡では役に立たないから、外して裸眼で授業をすることにしている。眼鏡をかけずに人と接するのはなんとなく恥ずかしいが、そんなことも言ってられない。しばらくの辛抱だと思って、不便ではあるが我慢している・・。
 だが、もう老眼鏡などいらないかな、と思い始めている。もちろん近視用の眼鏡は自動車免許証にも眼鏡が必要だと書いてあるから、裸眼で運転してはならない。眼鏡をかけずにぼや~~んとした視界の中を運転していくのは危険だから、そんなことをするつもりは毛頭ない。しかし、車を降りれば、あえて老眼鏡などかけずとも十分用は足せるんじゃないか、そう思うようになった。授業中子供たちと答えあわせをしていく時など、裸眼のほうがはっきり見えてかえってすっきりする。
 「しばらく塾の授業は眼鏡をかけずにやろうかな・・」
だんだんそんな気になってきているが、大して不便を感じないならそれでもいいのかもしれない。
 まあ、いずれにしても、今度眼鏡を新しくする時は、遠近両用ではなく、近視用眼鏡と老眼鏡とを別々に2本作るつもりではいるのだが・・。
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