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「紅はくれなゐ」

 電撃文庫というものがある。「富士見ファンタジア文庫・角川スニーカー文庫と並んで最も人気のある少年向けライトノベルレーベルの一つとなっており、目下ライトノベルの国内最大シェアを誇る。また、アニメやゲームなどメディアミックス展開がなされる作品が非常に多いことも特徴の一つである」とWikipediaに解説されているように、大概の書店でいくつかの棚を占領している文庫群である。普段なら決して近づくことのない書店の一角から、「紅はくれなゐ」という電撃文庫の一冊を私が選んだのは、この小説の作者「鷹羽知」という高校3年生の女の子と、少しばかり縁故があり、そのよしみで一読くらいはしてもいいだろうと思ったからである。彼女は昨年第15回電撃小説大賞<電撃文庫MAGAZINE>を受賞し、私の周囲では少しく話題になったのだが、その彼女の長編デビュー作となった「紅はくれなゐ」のあらましは、文庫の扉に次のようにまとめられている。

 『華やかな活況を見せる遊郭都市、吉原。街一番の妓楼・秋月楼の花魁『紅』は、そのおっとりとした優しさと美しい容貌で、高い人気を誇っていた。この吉原で、続けざまに殺しが起こる。被害者はいずれも遊女と国の高官。街に不穏な空気が漂いはじめたある日、正月の大行事“花魁道中”を控えた紅の元に、脅迫状が届く。彼女の身を案じた周囲は道中の中止を勧めるが、紅は行事の強行を決意する。そして花魁道中当日…。果たして、殺しを続けているのは誰なのか?そして、その狙いは?愛と憎しみの黒い渦に巻き込まれた、若く美しき花魁の行く末や如何に-』

 女子高生の書いた他愛もないライトノベルくらいすぐに読み終えられるだろうと思っていた。ところが、意外に読みづらい。ストーリーがマンガの原作みたいだなと思ったからかもしれないが、よく考えてみると、原因はその文章にあった。今時の女子高生にしては漢語の語彙が実に豊かだ。いつどこでこんな漢語を覚えたのだろうと不思議になるほどの語彙の多さには驚いた。しかし、残念なことにそれが災いして文のリズムが悪くなっている。もっと素直な言葉遣いをすればいいのに、と思う箇所もしばしばあり、その度に読むスピードが鈍ってしまった。こうした小説を私が読みなれていないせいもあってか、最初の50ページほどはストーリー展開も手探り状態で、なかなか先に読み進めない。こうした小説を読みこなすにはやはり頭の柔軟さが必要なのかな、と思い始めた頃から徐々にストーリーが動き始めたのは幸いだった。次第に作者の豊穣な想像力と雄大な構成力に魅惑され始め、時間は思いの外かかってしまったが、何とか最後まで読み通すことができた。
 文体の問題は、古今東西のキャノンと呼ばれる書物を精読することによって、解決されていくだろうからさほどの問題ではないだろう。だが、私がどうしても受け入れられなかったのは、物語の舞台を「吉原」にした点だ。いくら「ヨシワラ」とカタカナでルビがふってあっても、花魁などを登場させれば、江戸時代随一の遊郭街「吉原」を想起するのはごく自然なことだ。読み進めるうちに、「そこがどのような場所であったか、あなたは知っていますか?」とできることなら作者に問うてみたいと何度も思った。彼女の生まれ育った環境を僅かながらも知っている私としては、「吉原」に身を沈めざるを得なかった女性たちとは、永遠に交わることのない生活を彼女が送ってきたこと、そしてこれからもずっと縁なき者として生きていくだろうから、どんな意図があったにせよ、想像力の発露として「吉原」を設定として選んで欲しくはなかった。苦界で生きるしか道のなかった女性たちの辛く哀しい人生について、少しでも踏み込んだ考察をしていたなら、同じ女性としてそこを小説の舞台として選ぶなどということはできなかったように思うのだが・・。
 しかし、恐ろしい文才の持ち主であることは間違いない。それが天賦の才なのか、努力して身に付けたものなのかは分からないが、その才を生かすも殺すも今後の精進次第であろう。狭い世界にのみ集中しているように思える好奇心をもっと色んな分野に向け、様々な教養を自らのものとし、もっと見聞を広めていって欲しい。さらに言えば、空想の世界に閉じこもりがちな想像力を現実の世界でも飛翔させることができれば、きっと大輪の花を咲かせてくれることだろう。
 がんばれ、鷹羽知さん!!
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