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錬金術

 錬金術なるものがあれば、日々汲々とせずとも安穏と暮らせるのに。
 そもそもお金というものは手段であり、目的ではないはずだ。それなのに、現代では少しでも多くのお金を持つことが大きな喜びとなってしまった。遊びたいのに暇と時間がなくてとてもかなわぬ私などにしてみれば、時と金が私たちを支配していると思わざるを得ない。
 「お金がほしい、自由な時間がほしい。」一日に何度思うことだろう。
 折りしも世間はGWで緩んだ顔つきの人であふれている。今の私の顔はいったいどのように見えるのだろう。「お金がない、時間がない・・・」呪文のように繰り返しながら、右往左往している私の顔は。
 こんなときこそ、心に太陽を。ありきたりだけれど、明るさだけはいつも失わず前を見続けていこう!自分を鼓舞しながらまた頑張ろう!
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松井が打たないと元気が出ない。

 松井クン今日も打てなかった。開幕当初の好調ぶりはなんだったんだ、と思うくらいの低調ぶりに毎日ため息ばかりついている。技術的なことは分からないけど、今年の松井はすごいと喧伝され、私自身もそう信じ込んでいただけに近頃の不調ぶりには目を覆いたくなる。何がいけないんだろうと考えても分かるはずはないから、復調をただただ信じて応援するしかない。
 しかし、彼が打たないと一日中ブルーな気持ちが続いてしまう。外は快晴で、風もさわやかなのに心の中は鬱屈だらけ・・・明日こそスカッと豪打を連発してくれ!
 頑張れ、松井!


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テレビが壊れた

 昨夜、鉄事故の続報を見ようとテレビを点けたのだが妙な音がするだけで一向に画面が現れない。何度繰り返しても埒があかず、そうか、このテレビはSONY製だったんだ、SONYタイマーが働いて寿命が来たんだなと、一人納得して今朝家電屋に走った。すると、ほとんどのテレビは液晶で、20万から30万するものばかりで、当方の予算に合わない。とりあえず、液晶はいいやとブラウン管の付いたハイビジョンテレビを選んだのだが、11万8千円と、液晶の半額以下で買えた。この差は何だか知らないが、とりあえず売れ筋の商品は高いもんだなと実感した。
 もうすぐ電気屋が持ってくるが、その画面に映るのは多分90度に折れ曲がった列車の残骸になるだろう。暗澹たる思いはするが、自分も車を運転する身であり、安全運転だけはどんなことをしてでも守ろうと自戒の念を持ち続けるためにも、事故の詳細は知っておかなければならないと思う。

 事故で亡くなられた方たちのご冥福を。
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酔生夢死

日曜日ごとに日のまだ高いうちから前後不覚になるまで酒を喰らうことを繰り返しているのだが、そんな時ふと頭を過ぎるのが「酔生夢死」という言葉である。10代の頃最も忌み嫌っていた言葉を実践している己の不甲斐なさを実感する瞬間である。このまま死んでもいいのかと問う自分に、こんなもんさと答える自分が情けない。
しかし、しかしである。酔う以外に自己を解放する手立てを知らぬ私にとって、たまの休日を実りあるものにすることなどできぬ相談である。毎日ただ忙しく、あっという間に一週間が過ぎてしまう私に、時の流れを押しとどめるよき方法はないものか!
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松井の賢明さ

今年の清原は調子がいい。とりあえず、今のところは例年にないペースでホームラン、打点を量産している。オフに退団騒動があり、泥水を飲む覚悟で巨人優勝のために尽くすと誓って残留を決めただけある。と言えば、彼の活躍を諸手を挙げて賞賛しているように聞こえるが、ちょっと待って。それなら去年までの清原はどんな覚悟で野球をやっていたのだろうか。彼のバッターとしての凄さは誰もが認めるところであるが、彼はいまだ打撃のタイトルを手にしていない。記録よりも記憶に残る選手だと言ってしまえばそれまでだが、有り余る才能を持っている彼が何故タイトルを手中にしたことがなかったのか。度重なる怪我に悩まされたこともあるだろうが、彼の心の中に現状に満足し、向上心をなくした甘さがあったのではないかと私は思う。西武で能力を開花させ、巨人でピークを迎えようとした彼にいつの間にか巣食った満足感、それが彼に向上心を失くさせたのではないだろうか。しかしオフの騒動が、彼の心の曇りを拭い去り、原点に立ち返って心技体全てを磨く必要に目覚めさせたのではないだろうか。
清原が外圧によりぬるま湯から引き出されたのに比べ、松井は2年前自らの意志で、己を更なる高みへと導くためにアメリカへ渡った。そのときの彼の「死ぬ覚悟で」という言葉は今思えば心からの叫びだったのだろう。巨人という日本では最も恵まれた野球環境をかなぐり捨ててまでも、松井は自らを高めようとしたのだ。死ぬ覚悟をもってせねば振り切ることのできぬ己の甘さを断ち切り、死ぬ覚悟をきめて刻苦せねば辿り着けぬ境地へと達するために。
たかが野球と笑うなかれ。松井をずっと見守り続けていると、彼がどれだけの覚悟で毎日戦っているかが心に伝わってくる。そしてどんなことがあっても彼ならやってくれると信じられる。いつの間にか私は松井に自己を投影し、グラウンドの彼の一挙手一投足に一喜一憂するようになってしまった。
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