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ペソ

 塾生に、友達からペソと呼ばれる中3生がいる。「どうしてペソなんだ?」と何度か訊いたことがあるが、「よく分からない」としか答えず、その由来は謎のままだ。夏休みから塾に通い始めた子なので、まだ私に打ちとけていないのか、話しかけても要領を得ない返事が多く、内気な子なのかな、と思っていた。
 だが、少し前に行われた学校の文化祭では、全校生徒が集まる講堂で、一発芸をいくつか披露したとかで、物怖じしない子なんだな、と意外な面を見たようで少し驚いた。「ハイテンションでコンビニのおでんを注文する客」とかいう瞬間芸なんだそうだが、場内大爆笑だったと同じ学校の子が教えてくれた。面白そうなので、「ここでやってみてよ」と頼んでみたのだが、「勘弁してください」と言うばかりで、決してネタを披露してくれなった。大勢の見ている舞台ならできで、私の目の前ではできないというのも納得できない話だが、やはり私には遠慮があるのかもしれない。それでも私が何度もやってくれとしつこく頼むものだから、とうとう「あれは封印しました」と、宣言されてしまった。残念・・。
 だが、このペソくん、やはり生来のお笑いの才能に恵まれているようで、つい先日、帰りのバスの中でムチャクチャ面白いことをポロっと言ったものだから、私は腹を抱えて笑ってしまった。余りに可笑しかったから、もう少しでハンドル操作を誤りそうだった・・が、幸いなことに事故は起こさなかった。そんなに面白い話を独り占めするのも勿体ない気がして、以下に再録してみようと思う。

 私とペソくんとその友人の大貴くんとの会話
私 :そう言えば、大貴ってUSJの年間パスポート持ってるんだよなあ?
大貴:持ってますよ。
私 :今度貸してくれよ、タダで入れるんだろう?
大貴:ダメですよ。
私 :なんで?パスポート見せりゃだれでも入れるんだろう?
大貴:違いますよ。写真が貼ってあって、入場ゲートで確認するから無理なんです。
私 :そうか・・、そうだよなあ・・。USJも考えてるなあ・・。
大貴:当たり前ですよ、そんなこと。
私 :じゃあさ、顔が似てりゃいいのかなあ。例えば双子とか・・?
大貴:よく似てりゃ、ばれないんじゃないですか?
私 :そうかもなあ・・。例えば「ザ・たっち」とかだったらたぶん行けるよなあ・・。
ペソ:ダメですよ、係の人が「ちょっとちょっと」って呼び止めますから・・。

 今ここまで書いてきて、もう笑いが止まらなくなってしまった。もう最高!!「ザ・たっち」だけに「ちょっとちょっと」だなんて・・、まったく抜群のギャグのセンスの持ち主だ。会話の流れの中で浮かんだ一言だけに、秀逸だ。(って思うんだけど、どうかなあ・・)


 しかし、実際に「ザ・たっち」の二人だったら、パスポートを共有できるのだろうか?


 これだけ似てりゃあ、人間の目など言うに及ばず、機械だって平気で騙せるように思うんだけど・・。もし顔だけで区別できるっていうなら、反って逆に気持ちが悪い気がする・・。 

 で、どちらが「たくや(兄)」でどちらが「かずや(弟)」なんだ?



 

 
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さすが!

 秋田犬の太郎は、塾舎の隣の工場との境目の細長い土地で飼っているのだが、そこには教室のエアコンの室外機が3台設置されている。昨年末に死んだ弁慶はそれに対して何も損傷を加えたことはなかったのに、太郎はまだ若いためか、ひどい目にあわせてくれた・・。

 

 2階の教室にあるエアコンから室外機までつながる配線が太郎に噛まれて剥き出しになってしまっている。隣にあるもう一台の室外機は、おしっこがかけられたせいで根元が腐ってしまい、運転しなくなってしまった。これは太郎単独の仕業ではなく、弁慶との共同作業だろうと思って諦めもついたが、配線を噛んだのは間違いなく太郎であり、このまま放置しておくと、配線が切れるか、太郎が感電するか、のどちらかだと、室外機を見た電気店の人に警告された。「じゃあ、配線をカバーで覆ってよ」と頼んだのが、夏休みの前。壊れたエアコンを買い替える相談も同時にしたが、こちらは一旦見送ることにして、配線だけは直すように話をしたはずなのに、電気店の人はその後一度も現れず、とうとう夏休みも終わってしまった。「いい加減な奴だな」と思ったが、電話をするのも面倒で、これくらいなら自分で直そうとずっと思っていたのだが、なかなかホームセンターに行くことができず、いつの間にか10月も下旬となってしまった。
 ところが先日、シンビジュウムの栄養剤を買うため、ホームセンターに行った。その時、私は全く忘れていたのだが、妻から「エアコンの修理は?」と指摘されたので、運よく配線のカバーを買うことができた。2mほどの長さで500円、確か電気店の人は修理に10,000円かかると言っていたから、500円で直せるなら儲けものだ。素人のやることだから、少々雑になってしまうだろうが、太郎の攻撃を防御できさえすればいいのだから、何とか自分でやってみようとやる気満々で家に帰った。

 さあ、やるかと太郎を外に出して作業を始めかけたら、ちょうどそこへ父が畑から戻ってきた。何やってるんだ?という顔をしたので、事情を説明したところ、「そうか」と言って、カッターナイフとビニールテープを持って入ってきた。いくら年をとったとは言え、こういう作業は昔取った杵柄、たやすいもんだ、と言いたげに、カバーを配線にあて、長さを計り、カッターで切ってビニルテープでグルグル巻く、この一連の動作が実にスムーズだ。こうなると私の出る幕などないから、見学者でいるしかない。全部で10分もかかっただろうか、あっという間に作業を終えてしまった。(わたしだけだったらとてもこうはいかなかった・・)

 
 
 

 手際の良さには唸るしかなかったが、やはりしっかり修行を積んだ職人は、色んなことに対応できるだけの技を身に付けているもんだな、と今さらながら感心した。
 さらには、それだけでは飽き足らないのが職人の職人たる所以なのだろう、奥から鉄柵を持ってきて、それを組み立てて太郎が室外機に密着できないようにしてくれた。

 


 もうこれで安心だ。よかった・・。
 
 久しぶりに父の職人技を見たような気がして、「この人には叶わないな」という思いを新たにした。どうしてこんなに実務的な人の倅に、私のようにいつまでたっても書生っぽのような男が生まれたんだろう。不思議と言えば不思議だ。



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10月の野球

 10月になって俄然野球が面白くなった。昨年の10月は松井がチャンピオンリングを獲得できるよう必死で応援していた。今年は松井の属するエンゼルスがプレーオフに進出できず、普通なら手持無沙汰な10月を嘆いているはずなのに、どうして松井のいない野球がそんなにも面白いのか。私なりに考えてみたところ、今年の私は野球に飢えていたのだと分かった。松井がメジャー移籍してからほぼ毎日試合を見てきたここ数年と比べ、今年は観戦した試合が激減した。放送された試合が少なかったせいもあるが、それよりも、シーズン前半松井の調子が一向に上がらず、とても試合を最後まで見る気など起こらなかったのが一番の原因だった。とても見てられない・・、そんな打席が続いているうちに、見る気が失せてしまったのだ。
 それでもやっぱり私は野球が好きだ。松井のシーズンが終わり、エンゼルス退団が決定的となって、一区切りがついたこともあるのだろう、ポストシーズンの戦いが無茶苦茶楽しみになった。ほぼ毎日放送された試合はほとんど見た。特にあまりよく知らないナ・リーグの試合が面白く、ジャイアンツのリンスカムとポージーという若きバッテリーに注目するようになり、ワールドシリーズまで勝ち上がった瞬間は、思わず「やった!!」と叫んでしまったほどだ。

 

 と同時にヤンキースがリーグチャンピオンシリーズで敗退したのは、「やはり松井がいなかったせいだ。松井を切り捨てたキャッシュマンGMの大バカ野郎め!!」と快哉を叫んでしまったのも、このポストシーズンのハイライトのひとつであったように思う・・。

 だが、面白いのはメジャーリーグだけではない。日本のプロ野球もクライマックスシリーズにはかなり興奮した。巨人が阪神に連勝して、この勢いで中日にも勝つのかな、と思っていたが、いとも簡単に中日にひねられ、ホームランに頼りすぎるチームの弱さを露呈してしまった。結局は、原と落合の監督としての力量の差が如実に表れた結果なんだろうな、と思う(原の采配には合点がいかない場面がいくつかあった)。そんな拍子抜けのセ・リーグと比べると、パ・リーグは予想もしなかったロッテの奮闘が光った。西武との試合を生中継で見たが、最後まで決して諦めないチームのしたたかさが感じられ、ものすごいチームだなあと感心してしまった。日本シリーズは試合間隔がかなり開いてしまって、CSの勢いをそのまま出せるか心配な気もするが、試合勘さえ戻ればかなりの力を発揮しそうで、土曜からのシリーズが楽しみだ。ただ、地上波TVでの全国中継がかなり少ないというのは残念だ。「中日vsロッテ」では華がないというのは否めないが、見ていれば随所に面白い試合展開がありそうで、折角のシリーズなんだから全国中継すればいいのに、と残念でならない。

 さらに、昨日開かれたドラフトでは、ハンカチくんが日本ハムに指名された。日本ハムには日本一の投手・ダルビッシュがいるだけにハンカチくんにとってはまさに願ってもないチームのように思う。ダルビッシュほどの能力はないにせよ、彼から学ぶべきことは山ほどあるだろう。日ハム残留を決めたダルビッシュにもいい刺激となるかもしれない。
 早稲田からは大石と福井投手もそれぞれ、西武と広島に指名された。息子の同級生としてずっと注目してきた3選手がプロでも活躍できるよう、願ってやまない。がんばれよ!!
 だが、ドラフトで私が一番印象深かったのは、巨人が中央の沢村投手を指名したことだ。150㎞を超える球速を誇る有望な選手であるのはかなり前から知っていたが、「巨人の沢村」が現実のものとなると、感慨深いものがある。巨人の沢村と言えば、沢村栄治、あの伝説の剛速球投手だ。


 そのピッチャーと同じ名字の投手が巨人に誕生する。しかも同じく剛腕だ。これだけでも興奮するには十分だ。だが、さらに一層盛り上げるには、「永久欠番14」を沢村拓一投手に付けさせてはどうだろう。永久に欠番なんだから無理なのは承知しているが、そこを何とかしてくれたら、私としてはワクワクしちゃうんだけどなあ・・。


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冬なの?もう・・

 火曜日から一気に寒くなった。夏の終わり頃から、残暑の厳しい今年は秋を飛ばして冬になるとの予報がさかんに出ていたが、まさかこんなにも早く的中するとは思っていなかっただけに、この冷え込みは驚きだった。
 人間なら服を着込み、暖房をきかせれば何とか凌げるが、身動きのできない植物たちは人間が守ってやらねばならない。鉢植えを庭先に並べてあるシンビジュウムも、こんなに寒くなっては家の中に入れてやらねばと思い立って、昨日私の寝室の隣の部屋に運んだ。


 シンビジュウムは昔からあるものと、今年の春に買ったものとを合わせて9鉢ある。さらには胡蝶蘭も1鉢あるから全部で10鉢、これらを両手に持って階段を何度も登るのは結構大変な作業だが、可愛いシンビジュウムたちのためなら我慢しなければならない。ただ、先月初めに痛めた左手の薬指はまだ全治はしていないようで、重い鉢を持つと痛みが走って辛かった。(この指はやっぱり折れてたんだろう。今でも関節のところが腫れて変形しているから・・)。

 

 床にビニールを敷いて並べてみたが、先日買ってきたヤシの実とスパティフィラムの鉢も加えるとなかなかの大所帯だ。だが、この二階の部屋なら日中は日当たりがよくて植物たちにはもってこいの環境だから、適度に水遣りを忘れない限りは、春には花を咲かせてくれるものと期待している。そんな私の思いを受けとめてくれたのか、一つの鉢に早くも新芽が出ているのを見つけた。


 これが花の芽なのか葉の芽なのかは、もう少し経たなければ分からないが、花芽だったら嬉しい限りだ。これは新しく買ったシンビジュウムの鉢なので、もし咲いたなら豪華な花になりそうで、一段と期待してしまう。元気に育つよう、栄養剤を買ってきて挿してやった。

 そう言えば、夏の初めに買ったサボテンは台木が枯れてしまって、上の赤色と黄色のサボテンも接ぎ木ができずに枯れてしまった・・。残念で悔しかったから、もう二度とサボテンは買わないと思っていたのだが、コップに入ったミニサボテンを見つけて、あまりに愛くるしかったので、思わず買ってしまった。


 これは塾の事務室に置いてあるが、時々霧吹きで水をかけてやるくらいの世話で十分だそうだから、私にはちょうどいい。せっかく3鉢あるのだから、3つとも元気でいてくれるよう、注意だけは怠らにないようにしようと思っている。
 しかし、このところやたら植物好きなふりをしているなあ・・。


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ペットボトルのキャップ(2)

 冷蔵庫の取っ手にくくりつけられたペットボトルのキャップを入れるためのコンビニ袋、とうとうこんなに膨らんでしまった。1月19日の記事ではキャップの数は90個と記されていたのだが・・。

 
 冷蔵庫を開ける時には邪魔になるし、冷蔵庫の前を通り過ぎる時にも引っかかったりしてはなはだ不便だ。もうそろそろスーパーに設置されたキャップ回収箱の中に入れた方がいいな、と思った。だが、このまま何もしないまま持っていくのも勿体ない気がして、とりあえず幾つあるのかを数えてみることにした。まずは塾の教室の机の上に出してみたが、余りの多さに少しびっくり。


 いったいいくつあるのか見当がつかないので、10個を1単位として並べてみた。


 なかなかの壮観だ。数えてみたら、10個のかたまりが46個と余りが3個、ということは全部で463個あることになる。1月19日の記事から約280日で370個ほどのキャップを集めたことになる。これは1日平均約1.3個集めた計算になるから、一日に500mlのペットを一本、2ℓ入りを2~3日で飲む干す私の習慣とも合致している。つまり、自分で買ったペットボトルのキャップは、ほぼすべて、捨てずにコンビニ袋に収めたと言ってもいいことにんる。私にしては珍しいほどの好成績である。
 だが、1月19日の記事によれば、キャップ400個で10円、1人分のワクチン代は20円かかるそうだから、ワクチン1人分には800個のキャップが必要になる。ならば、これだけ大量に集めても、まだ1人分のワクチン代の半分にしかならないことになる・・・。ちょっとがっかりしたが、それでも捨ててしまうよりもずっといい。毎日欠かさず飲んでいるウーロン茶で、たとえほんの少しでも人に役立つことができればなによりだ。これではワクチン半人分にしかならないけれど、とりあえずは一旦回収箱に納めてくることに決めた。

 

 スーパーの片隅であり、ともすれば見落とされてしまうような場所にあるが、気付いている人はたくさんいるようで、回収箱の中はかなりの数のキャップが収められていた。これなら私の分と合わせれば、ワクチン一人分くらいにはなりそうだ。、ちょっとホッとしながら持っていったキャップをすべて回収箱に入れた。その瞬間、ちょっとした達成感に包まれた・・。

 でも、これで終わったわけではない。また新たな気持ちで、飲み終わったペットボトルのキャップは、忘れないでコンビニ袋に入れるようにしよう!!
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振り逃げ・・

 昨日まで「二人の友」に全精力を注ぎこんだせいなのか、新しい記事を書く気が起こらない。今日はいい加減に済ましておこうかな、と編集画面を開いたら、ブログパーツに新顔があるのを見つけた。「ディズニー動画」。クリックして説明を読んでみた。

「ディズニー公式の無料動画サイト「ディズニー動画」オープン!
「ディズニー動画」では最新ディズニー映画の特別映像や、ミッキーマウスやくまのプーさんを始めとするキャラクター短編動画などが視聴できます。さらに、ディズニー・チャンネル、およびディズニーXDで人気の番組が、フルエピソード無料視聴可能となります。
お気に入りの動画にコメントを書いたり、メールやgooブログ、Twitterなどで知り合いや友人に共有することもできます」

 ふ~~ん、じゃあ今日はこれでお茶を濁しておこう、とズルイ考えが浮かんだので、早速それを実行することにした。まずは、このブログパーツの使い方。

1.ディズニー公式の無料動画サイト「ディズニー動画」へ。
2.お気に入りの動画を表示し、動画下の「シェアする」ボタンをクリック。
3.下段に表示された「gooブログ」ボタンをクリック。
4.gooブログにログインしていない場合は、表示されたログイン画面にてログイン。(ログインしている場合は5へ)
5.gooブログパーツ変換後の文字列が入力された状態で、新規投稿画面が表示される。
6.新規記事投稿を行う。

という簡単な手順を踏んで、貼りつけることができたのが以下の動画。

ミッキーのハロウィーン - ディズニー動画


 サイトに行ってみたら、「美女と野獣」や「トイ・ストーリー」というヒット作もあったが、ハロウィーンが近いし、ミッキーだしということで、選んでみた。だが、特別面白くもない。よほどのミッキー好きじゃない限り、ニ回は見たくないだろう・・。ミッキーも可愛くないし・・。

 2000回の時にゴジ健さんから、
>2,000回も打てば内野安打みたいな回も随分ありましたよね・・・。
というナイスなコメントを頂いたが、今日の記事などさしずめ「振り逃げ」だろう。内容は空っぽなのに、一応出塁(投稿)したことにはなるから・・。

 こんな記事しか書けないなら無理することもないのに、と思ったりもするが、まあ半ば惰性のようなものだから、こんな風にお茶を濁すのもたまにはありかな、ってことで・・。(でも二度と使えないよな、こんなセコい手・・)



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「二人の友」(3)

 しかし、彼らは、誰かが自分たちの後ろに歩いて来るのを感じて、ぎょっと震えあがった。目を向けると、まっすぐ肩ごしに四人の人、武器を持ち、ひげを生やし、制服を奉公人のように身につけ、平たいハンチングをかぶり、銃の先を二人の頬に向けている四人の大きな人を認めた。
 ニ本の釣竿は彼らの手から落ち、川を下り始めた。
 数分後、彼らは捕えられ、連行されて、小舟に投げ込まれ、島に連れていかれた。
 彼らが無人だと思っていた家の裏に、約20人のドイツ兵がいた。
 椅子に馬乗りになって、磁器でできたパイプをふかしていた、毛むくじゃらの大男がみごとなフランス語で彼らに質問した。「ところで、お二人さん、釣れましたか?」
 その時、一人の兵士が士官の足元に、気をつけて運んできた魚でいっぱいの網を置いた。プロシア人は笑った。「おお、おお、なかなかのものですね。まあ、それはそれで、私の言うことをよく聞いてくれ。混乱しないでもらいたい」
「私としてはあなたたち二人を、私を見張るためのスパイだと思っている。だから私はあなたたちを捕え、銃殺するのだ。あなたたちは目的を上手にごまかすために、釣りをするふりをしていた。だが、お気の毒にもあなたたちは私の手に落ちた。これは戦争なのだ。しかし、あなたたちは前哨を超えたのだから、きっと帰るための暗号を右受けているはずだ。その暗号を私に教えなさい。そうすれば赦免しましょう」
 緊張のため手を少し震わせながら、顔面蒼白の二人の友は、並んでじっと黙っていた。
 士官はふたたび言った。「誰も知りはしないでしょう。あなたたちは静かに帰って行ける。秘密はあなたたちとともに消えるでしょう。もし拒否すれば死ぬだけだ。すぐに選びなさい」
 彼らは口を開かずにじっと動かずにいた。
 プロシア人は常に落ち着いて、川の方に手を伸ばしながら、繰り返した。「5分したらあの水の底にいるんですよ。5分経ったら!あなたたちにはご両親がいるでしょう?」
 ヴァレリアン山はずっと轟いていた。
 二人の釣り人は真っ直ぐに立って黙ったままだった。ドイツ人は自国語で命令を与えた。ついで、彼は囚われ者たちからあまり近くないところに椅子の場所を変えてそこに座った。そして、12人の兵士が20歩離れたところにやってきて、足元に銃を置いて整列した。
 士官はふたたび言った。「あなたたちに1分あげよう。それ以上は2秒も与えませんよ」
 そして突然立ち上がって二人のフランス人に近づいて行って、モリソーの腕の下をつかんで少し離れたところに連れて行って、彼に低い声で言った。「はやく、暗号は?あなたの仲間は何も気づきませんよ。あなたに同情したように見せますから」
 モリソーは一言も答えなかった。
 プロシア人は、次にソバージュさんを離して、同じ質問をした。
 ソバージュさんも返事をしなかった。
 彼らはまた並んで立った。
 士官は命令し始めた。兵士たちが武器を持ちあげた。
 その時、モリソーの視線が、自分から数歩離れた草の中に転がっている、ハゼでいっぱいになった網の上に落ちた。
 太陽の光がまだ動いているたくさんの魚たちをキラキラ輝かせた。気が遠くなりかけた。我慢しようとしても目は涙であふれた。
 彼は口ごもりながら言った。「さようなら、ソバージュさん」
 ソバージュさんも答えた。「さようなら、モリソーさん」
 彼らは手と手握りしめたが、足の先から頭のてっぺんまで抑えがたい恐怖で震えていた。
 士官が叫んだ。「撃て!」
 12発の銃撃が一斉に放たれた。
 ソバージュさんは鼻先からどっと倒れた。もっと体の大きいモリソーは、よろめき、くるっと回って、仲間の上に空に顔を向けながら横向きに倒れた。胸のところで張り裂けた上着から血の泡が吹き出してきた。
 ドイツ人は新しい命令を下した。
 部下たちはちりじりになり、間もなくロープと石を持って戻ってきた。そしてそれを二つの死体の足に結び付け、小舟に乗せて運んで行った。
 ヴァレリアン山は呻るのを止めず、今や山のような煙をかぶっていた。
 二人の兵士がモリソーの頭と胸を持った。別の者がソバージュさんを同じようにした。力を加えて一瞬バランスを取ってから、死体は遠くへ投げ込まれ、円を描き、石が足を引っ張っていくため、直立したように川の中へ沈んでいった。
 水が跳ね返り、泡を立て、揺らめき、そしてまた落ち着いた。そしてさざ波が川岸までやってきた。血が少し流れていた。
 士官は、常に穏やかな様子で、小声で言った。「今度は魚にまかせよう」
 そして家の方に戻って行った。
 ふと、彼は草の中にハゼの入った網を見つけた。それを拾い上げ、調べて、にっこりしながら叫んだ。
 「ウイルヘルム!」
 白い前掛けをした一人の兵士が駆けつけた。プロシア人は、彼に銃殺された二人の釣果をその男に投げて、命令した。「すぐにこの小魚を、まだ生きているうちにフライにしてくれ。きっとおいしいだろうよ」
 そして彼は再びパイプをふかし始めた。
 

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「二人の友」(2)

 1時間後、彼らは大通りを並んで歩いていた。間もなく彼らは大佐が駐屯している別荘に着いた。彼は二人の申し出に笑って、彼らの気まぐれに同意した。彼らは通行許可証を持って、再び歩き始めた。
 すぐに前哨を超え、放棄されたコロンブの町を横断し、セーヌ川へと下っている小さなブドウ畑の端に出た。およそ11時頃だった。
 前方にアルジョンテイユの村が死んだように見えた。オルジュモンとサヌワの高台がその地方を見下ろしていた。ナンテールまで続く大平原は、葉の散った桜桃と灰色の大地以外には何も、まったく何もなかった。
 ソバージュさんが丘の頂を指差して呟いた。「プロシア兵たちはあの上にいるんですな!」すると、この見捨てられた土地を前にして、不安が二人を動けなくさせた。
 プロシア兵!彼らはまだ見かけたことはなかったが、パリの周りで、何カ月もその存在を感じていた。フランスを破壊し、略奪し、虐殺し、飢えさせていた、目には見えないが、まったく強力な敵。そしてこの未だ見たこともない、勝ち誇った人たちに彼らが持っていた憎しみに、ある種の迷信的な恐怖が加わった
 モリソーは口ごもった。「う~ん、もし奴らに出会ったら?」
 ソバージュさんはそんな時でもやはり出てしまうパリっ子特有の嘲笑とともに、「フライを与えてやりましょうよ」と答えた。
 しかし、彼らは見渡す限りの沈黙に怖気づいて、田園の中を進んでいくのをためらった。
 結局、ソバージュさんが決心した。「さあ、行きましょう。でも、注意して」彼らはぶどう畑の中を下りて行った。体を二つに曲げ、這って、身を守るために茂みを利用して、不安な目と緊張した耳とともに。
 帯のようなむき出しの土地が、川の端まで続いていた。彼らは走り出した。そして、土手に達するとすぐに枯れた葦の中に身をかがめた。
 モリソーは付近を誰も歩いていないか確かめるために、地面に頬を押しあてた。彼は何も聞こえなかった。彼らは二人だけだった、まったく二人だけだった。
 彼らは安心して釣り始めた。
 目の前には見捨てられたマラント島が彼らの姿を反対の土手からは見えなくしてくれた。小さなレストランの建物が閉じられていて、もう何年もずっと見捨てられているように思われた。
 リバージュさんが最初のカワハゼを釣り上げた。モリソーが2匹目を捕まえると、次から次へと彼らは糸の端で飛び跳ねている小さな銀色の生き物とともに釣竿を引き上げた。本当に奇跡的な大漁だった。
 彼らは注意して魚たちを、足元で水にぬれていた、細かく編まれた網のポケットの中に入れた。気持ちのいい喜び、長い間禁じられていた楽しみを再開するときに誰もが味わうあの喜びが、彼らの全身をとらえた。
 優しい太陽が彼らの肩を暖めた。彼らにはもう何も聞こえなかった、何も考えなかった。彼らは世界の他のことは無視した。彼らは釣り続けた。
 しかし、突然、地面の下からやって来るように思えた鈍い音が、地面を揺らした。大砲が再び轟き始めたのだ。
 モリソーは振り向くと、土手を超えた左側に、ヴァレリアン山の大きな影が見えた。それには今吐き出した火薬の煙が、白い羽冠のようにかぶさっていた。
 すぐに要塞の頂上から、二発目の煙が放たれた。一瞬の後に新たな爆音が轟いた。
 さらにまた別のものが続き、次から次へと山が死の息を投げ出し、乳白色の蒸気を吐きだすと、それが穏やかな空の中にゆっくりと広がっていき、山の上に雲を作っていった。
 ソバージュさんは肩をすくめた。「また始めましたな」と彼は言った。
 モリソーは自分の浮きの羽が一撃ごとに沈むのを心配そうに見ながら、突然、こんな争いごとに熱中している者たちに対して、大人しい人が感じる怒りに駆られて呻いた。「こんな風に殺しあうなんてまったく愚か者に違いないですよ」
 ソバージュさんが「動物以下ですよ」と答えた。
 釣り上げたコイを捕まえようとしながら、モリソーがきっぱりと言った。「政府がある限りはこんなもんだって言うじゃないですか」
 ソバージュさんが彼を止めた。「共和国だったら戦争を宣言しなかったでしょうに・・」
 モリソーが話を遮った。「王がいるときには外で戦争をし、共和国になったら国内で戦争をするんですから」
 それからは討論を始め、政治的な大問題を、単純で、温和な人間の穏健論で解釈しながら、人は決して自由にはなれない、という点で意見が一致した。その間もヴァレリアン山は休みなく唸り、弾丸の一撃でフランスの家々を破壊し、多くの生命を粉砕し、多くの存在を押しつぶし、多くの夢、これから味わうはずだった多くの喜び、期待された多くの幸福に終止符を打ち、遠く離れた国もとにいる妻たちの心に、娘たちの心に、母親たちの心に、もう決して終わることのない苦しみを引き起こした。
 「これが人生さ」とソバージュさんが言い放った。
 「むしろ、これが死と言うべきでしょうね」と、モリソーが笑いながら答えた。




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「二人の友」(1)

 パリは包囲され、飢え、喘いでいた。屋根にいるすずめたちがまれになり、下水のねずみも減ってしまった。人々はなんでも食べた。
 1月の晴れた朝、時計職人であるが時節柄暇人となっていたモリソーさんが、場末の大通りを、制服のズボンのポケットに手を突っ込み、お腹を空かせて悲しそうに歩いていた時、不意にある男の前で立ち止まった、友人であるのが分かったからだ。それは水辺の友人である、リバージュさんだった。
 戦争の前には、日曜日ごとにモリソーさんは手に竹製の缶を持ち、背中にはブリキでできた箱を背負って、夜明け前に家を出た。彼はアルジャントイユ行きの鉄道に乗り、コロンブで下り、それからは歩いてマラント島まで行った。その夢の場所に着くとすぐに彼は釣り始め、夜まで釣ったものだった。
 日曜ごとにそこで彼は、もう一人の熱狂的な釣り人であり、ノートル・ダム・ド・ロレット通りで商人をしている、太って陽気な男、ソバージュさんと出会った。彼らはしばしば並んで、手には釣り糸を持ち、足を流れの上で揺らしながら、半日を過ごした。彼らは互いに友情を感じるようになった。
 数日間、彼らは話さないこともあった。時々おしゃべりもしたが、彼らは何も言わなくても、似た趣味を持ち、同じものの感じ方をしていたので、驚くほどお互いのことが理解できた。
 春には、朝の10時頃、光を増した太陽が、静かな川面に、水とともに流れる小さな靄を浮かばせ、二人の熱心な釣り人たちの背中に新しい季節の素敵な暖かさを注ぐとき、モリソーは隣にいる人に向かって言ったものだった。「おお、いい気持ちですねえ!」するとソバージュさんが答えた。「これよりいいものは知りませんなあ」それだけでお互いを理解し、尊敬しあうには十分だった。
 秋には、一日の終わり頃、沈む太陽によって真っ赤に染めあげられた空が、水の中に緋色の雲の姿を投げかけ、川全体を紫色にし、地平線を燃え上がらせて、二人の友の間を火のように真っ赤にし、冬の寒さを予感し震えるこげ茶色の木々を金色にするとき、ソバージュさんはほほ笑みながらモリソーさんを見つめて声をかけた。「何てすごい景色なんでしょう!」すると、モリソーも感嘆しながら答えた。「ええ、街中よりもずっといいですなあ」
 彼らは再会するとすぐに、いつもとは違う状況で出会えたことに感動して、はげしく手を握りしめた。
 ソバージュさんはため息をつきながら呟いた。「なんてことなんでしょう!」モリソーさんも、とても陰気な様子で呻いた。「なんて天候なんでしょう!今日が今年最初の天気のいい日なんですよ」
 事実、空はまったく青く、光にあふれていた。
 彼らは並んで歩き始めた、物思いにふけるように、悲しそうに。モリソーが再び言った。「釣りは?おお!なんていい思い出なんでしょう!」
 ソバージュさんが尋ねた。「いつ戻れるんでしょうね?」
 彼らは小さなカフェに入って、いっしょにアブサンを飲んだ。そしてまた歩道を歩き始めた。
 モリソーは突然立ち止まった。「もう一杯どうです?」ソバージュさんも賛成した、「お望みのように」そして、彼らは別のワイン商の店に入った。
 彼らが店を出たとき、ひどく酔っていて、アルコールでお腹を一杯にして何も食べていない人のようにフラフラしていた。気持ちのいい、優しい風が彼らの顔をくすぐった。暖かい空気のせいでさらにいい心持ちになったソバージュさんが立ち止まった。
「あそこへ行ってはどうでしょう?」
「どこへ?」
「だから釣りですよ」
「でも、どこへ?」
「私たちの島にですよ。フランス軍の前哨はコロンブのそばにあるんです。私はデュムーラン大佐を知っています。簡単に通行許可証をくれるでしょう」
 モリソーは歓喜で震えた。「話は決まりましたね。行きましょう」
そして彼らは自分たちの道具を取りに別れた。

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Deux Amis

 先日、中島敦の「李陵」を読もうと、書棚を探していたとき、ひょっとしたら「ちくま文学の森」という作品集に載っていないかと、「たたかいの記憶」という巻を繰ってみた。残念ながらそこには「李陵」は収められていなかったが、魯迅の「戦争をやめさせる話」といものがあったので読んでみた。魯迅の作品は結構読んでいるはずなのに、この短編は知らなかった。何か現代社会に通じる示唆でも含まれていないか、と期待したのだが、あまり面白くなかった。ちょっとがっかりしたが、他に何かないかとさらにページを繰ってみたら、モーパッサンの「二人の友」という短編があった。
 ん?待てよ、これは・・。
と読み始めてみたら、なんと今から30年ほど前に大学の講義で取り上げられて熟読したあの Deux Amis ではないか!!と気付いた。モーパッサンとその題名を見ただけですぐに分からなければならないのに・・、と少々恥ずかしかったが、まあ30年もブランクがあればそれも仕方ないか、と開き直って、最後まで読みとおしてみた。
 う~~ん、すごい小説だ。
大袈裟でなく、読み終わってしばらく心の震えが止まらなかった。30年前にもよくできた小説だな、と思ったが、それは構造主義的文学評論のテクストとしての感想だった。それまで知りもしなかった分析法の鋭さもさることながら、そうした分析にも十分耐えられるだけのしっかりした小説を書き遺したモーパッサンの力量に感動したのであって、モーパッサンがこの小説に込めた思いを十全に受け取ったからではなかったように思う。30年の時を経て、私の感受性はかなり鈍くなってしまったが、その分この世の中に個人ではどうしようもならない魔物がいくつも潜んでいるのが分かるようになった。いくら感受性が磨滅しかけていても、世間智を身に付けた私なら、モーパッサンが発したメッセージ、個人の命が大きな権力によって蹂躙されることに対する憤りを感知することくらいはできる。読み進めるうちに自然と涙が溢れ出てきて、読み終えたときにはやるせない思いでいっぱいだった・・。
 そして同時に、この小説を少しでも多くの人に読んでもらいたいと心から思った。モーパッサンなどもう100年以上も前の人であり、その名を知っている人もそんなに多くはないかもしれない。しかし、この小説が語っているものはそのまま現代世界が抱える問題でもあり、これから先もほぼ永遠に人類にまとわりつくであろう問題だ。それは悲しことであるが、現実である以上仕方がない。私のように微力な者では如何ともし難いことではあるが、何もできないわけではない。このブログにその小説を翻訳して載せることはできるだろう。もしできれば、少なくともこのブログを訪れる方々には読んでもらえるわけであり、そこから些かなりとも広がりができてゆけば、それはそれで意味のあることではないだろうか・・、そんな思いに突き動かされて、私の語学力から言えばかなり無謀な試みを、あえてしてみようと思うに至った。
 元より大学で仏文科に籍を置いただけの浅学非才な私であるから、モーパッサンの名文を余すことなく日本語に置き換えることなど望むべくもない(テクストの意味不明な単語を調べるだけで相当時間がかかってしまった。とにかく今の私は単語量が少な過ぎる・・)。そこで「ちくま文学森」の「二人の友」の青柳瑞穂訳を参考にして、極力正確を期することにした。
 拙訳は明日から何回かに分けて、載せていくつもりだが、今は「二人の友」が描いている普仏戦争について少しばかり説明を加えておきたい。

 「普仏戦争(1870年~1871年)」
プロイセンとフランス間で行なわれた戦争。スペイン国王選出問題をめぐる両国間の紛争を契機として開戦。
プロイセン側が圧倒的に優勢でナポレオン3世はセダンで包囲され、1870年9月2日同地で降伏、退位。パリでは共和制の国防政府が樹立され抗戦を続けたが、1871年パリを開城して敗戦。
フランスはフランクフルト条約でアルザス・ロレーヌの大部分を割譲、賠償金50億フランを支払った。戦争終結直前の1871年1月8日、プロイセン王・ヴィルヘルム1世がベルサイユ宮殿でドイツ皇帝に即位し、ドイツ統一が達成された。


 
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