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ガッチャピン

 【ガッチャピン1号】
 科学忍者隊のリーダー。
 正義の心と熱いチャレンジ精神を持った勇敢な男。
 普段はテストパイロットをしているらしい。
 特技はブーメラン。


 【ガッチャピン2号】
 科学忍者隊の一員。
 射撃やナイフ投げの名手。
 羽手裏剣が彼の武器。
 レーシングカー型メカに乗るらしい。
 クールな男。

 【ガッチャピン3号】
 科学忍者隊の一員。
 手先が器用。
 快活で明るい科学忍者隊の紅一点(?)。
 オートバイ方メカに乗るらしい。
 特技はヨーヨー。

 【ガッチャピン4号】
 科学忍者隊の一員。
 愛嬌があり、可愛がられる存在。
 自称伊賀忍者の末裔。
 小型タンク型メカに乗るらしい。
 すばしっこくて、アメリカンクラッカーを特技とする。

 【ガッチャピン5号】
 科学忍者隊の一員。
 情にもろく直情的で泣き上戸。
 重量挙げが得意。
 気は優しくて力持ち、特技は力押し。


 【ブラックガッチャピン】
 ガッチャピンに成りすまして悪事をはたらく。
 人々は本物のガッチャピンと見分けがつかず困惑する。
 特徴は、黒い・・。



 【ムック博士】
 ガッチャピンをアワワアワワと心配そうに見守っている。
 ガッチャピンが使用する武器やメカの開発もしている。
 ガッチャピンはムック博士の指令のもと、世界中を駆け
 巡るのだ!!


などと「ガッチャピン」の公式HPのキャラクター紹介から引用したが、誰の目にも明らかなとおり、「科学忍者隊ガッチャマン」と「ガチャピン」のコラボだ。(パロディー?) BSフジで放送されているのを私は何度か見たことがある。およそ緊張感のない、子供向けの番組だが、なぜかついつい見てしまう。そんなこともあって、サントリーの2ℓペットボトルにガッチャピンのフィギュアつきストラップがおまけに付いていたのを見つけたとき、その場で7種類全部買ってしまった。だからどうした、と言われてしまえば何にも言えないけど、まあ、これでもそれなりに立派な記事だと自負しているのだが・・。

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24年

 今日29日は、私たち夫婦の結婚記念日。ちょっとしたお祝いにと、日曜日「サンマルク」からの葉書を持って、「結婚記念日コース」というものを食べに行った。何年か前にも一度行ったことがある。それ以来毎年欠かさず葉書が来るので気にはなっていたが、あれこれ用事が重なって行けないままになっていた。今年は妻に何も予定がないらしいので、久しぶりに行こうと思いたった。隣の市にある店に電話で予約しておいたが、正午に着いたときには、店内は客でいっぱいだった。
 私は魚のコースを注文した。

  

  

 これだけのコース料理が出され、しかも何種類ものパンが食べ放題、それで3000円弱だから驚いてしまう。その上味まで求めたらちょっと酷だ、と思うが、それでもそこそこ美味しいからすごい。どうやったらこんなに安く提供できるのだろう、と来るたび不思議に思うが、店の入り口には県内の2店舗が閉店したとのお知らせが貼ってあったので、経営はそれほど楽ではないのかもしれない。
 帰り道、「これからもよろしく」という気持ちを表すため、花屋に立ち寄って、ちょっとした花束を作ってもらった。


 カサブランカの花が開いたらきっときれいだろう。花屋のおじさんが気を利かしてくれたので、結婚24年の記念としては立派な花束になった。「そうか、来年は銀婚式か・・」などと思ったら、なんだか妙に年寄りのような気持ちになった。ここまで恙無く生きてこられたことを喜ぶべきなのだろうが、生まれて半世紀という節目を迎える今年は、どうしたって年齢を意識しないではいられない。まあ、なるべくそんなことは忘れて、25周年目指して、ぼちぼち楽しくやって行けたらいいなと思っている。
 
 夜には弟家族が遊びにやってきた。下の男の子の初節句にちょっとしたお祝いを渡したいからと、呼んでおいたのだ。

 

 陶製の兜と桃太郎一行の置物、市内の陶器店で見つけて買っておいた。兜は色目がきれいで勇壮な感じがして一目で気に入った。桃太郎の置物は、やんちゃな顔つきが双子のあーちゃんにそっくりで思わず買ってしまった。弟夫婦が箱を開いて「わあ、かわいい!」と気に入ってくれたのは嬉しかった。

 あーちゃんを連れてコンビニに行ったら、昔懐かしい塾生に出会った。
「孫?」
「バカ言うな、甥っ子!!」
よく間違えられて困ってしまう・・。
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オタク

 岡田斗司夫「オタクはすでに死んでいる」(新潮新書)を読んだ。これで、ここ1年近くのうちに岡田の著作を3冊読んだことになるが、別に彼のファンでもないし、オタクに興味があるわけでもない。「世界征服は可能か」は、何が言いたかったのかイマイチ分からなかったし、「いつまでもデブと思うなよ」はオタクの虚仮の一念というのはすごいパワーを生むもんだな、と妙な感心しか浮かばなかった。彼の著作には、同じ世代の人間として共感を持てることも多々あるが、やはり私はオタクと呼ばれる人々とは住む世界が違うと思わざるを得ない。まず何よりも、まったく己の外見に思慮を及ぼさない彼らの生き方を私には受け入れることができない。私も今はただのしょぼくれた親父だが、その昔は結構ビジュアル系などと自負していただけに、どうにも彼らとは感覚が合わない・・。
 しかし、そうは言っても、自分の中にオタク的な部分があるのは否めない。このブログだって私なりのオタク的趣味に溢れていると言えば言えるかもしれない。一人で毎日妄執的に積み重ねた結果が、このブログでの1100の記事であると思えば、私も立派なブログオタクなのかもしれない。そう思えば、やはりこの本の題名に惹かれない訳にはいかない。妻だって、スマヲタを自認しているわけだし・・。

 ところで、オタクって何だろう。分かるようでいてその実分かっていない、私からは縁遠いと思いたい不思議な種族について、岡田は「子供っぽい趣味を選び、それに関して、精神力と知性でもって世間の目に対抗していく存在だ」(P.138)と定義する。なるほど、オタキングと自他共に認める人物だけあって、定義自体もふるっている。しかもオタクを筆者を含めた第一世代から、筆者が理解できない「萌え」という言葉で説明するのが便利な第三世代までに区分して、それぞれの特徴を明らかにしているのは興味深い。
 第一世代・・今の40代の者たちで、オタク趣味と社会性があまり問題なく両立していて、自分がオタクであることにあまり深く悩まない。そのため、いつの間にか社会からドロップアウトしていることが多く、なんとなく世捨て人のように暮らしている。
 第二世代・・現在の20代後半から30台半ば過ぎくらいまでの、M君事件によって差別された苦い思い出を持っている世代。オタク論が大好きで、「なんでこんなものが好きなんだ」という問題意識とそれを世間に認めてもらいたい強烈な願望を持っている。
 第三世代・・現在の20代前半が中心で、「生まれたときからオタク商品に囲まれて」いて、オタク文化について深刻な疑問を持たずに育った世代。筆者が問題とするのは、この世代、さらには第4世代(働きたくない=オトナになるのは損=だから子供でいられるオタク子供文化を好む人たち)をふくんだ「萌え」という言葉で一括りにされる世代のことである。

 オタクのこうした歴史をひも解きながら、筆者が「死んだ」と述べるのは、従来のオタクが共有していた共通思想のことである。「共通文化というものを失ってしまった、もしくは相互理解という幻想を失ってしまった以上、オタクはもういなくなってしまった」(P.155)とさえ断言する。オタク第三世代にあるのは「萌え」という感覚のみであり、第一・第二世代が持っていた誇りやプライドや自信までがなくなってしまい、「私たち」というオタク間の共通意識もなくなってしまった。それによって、自分の気持ちを最優先させる「自分の気持ち至上主義」(短期的な感情=「今の気持ち」だけで判断する)が蔓延してしまったと筆者は分析する。それは何もオタクの世界に限ったことではなく、大人は『「品格」「見識」を持つべきだという価値観、すなわち「かつての日本人」や「昭和という時代」そのものが死んでしまった』ことを表していると述べる。(P.173)
 なんだかオタクによってここまで現代を語られてしまうと本当かな?と思ってしまうが、ならば、子供化してしまった私たちは一体どう生きていけばいいのか、という疑問が浮かんでくる。それに対して筆者は、
 自分の『純粋さ=子供な部分』を守るのは、自分自身の『大人な知恵と生き方』です。(P.177)
と答える。さらには、「堂々とオタク趣味を楽しみたかったら、ちゃんと働いて稼げばいい」と、至極まっとうな人生訓でこの書を締めくくっている。
 
 「ここまで読んでこんな道徳の教科書に出てくるような陳腐な結論かよ!!」と正直思ったが、こんなことを改めて語らねばならぬほど、今の私たちは幼稚化しているのか・・と心配になってしまった。
 やばいね、この国は・・。
 
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自己チェック表

 2週間ほど前の毎日新聞に、環境変化で心身に変調を来たす「五月病」の時期が早くなる傾向があり、近年は「四月病」と呼ばれるような症例も多くなったとの記事が載っていた。環境の激しい変化に適応できないが人が多くなったと考えることもできるだろうが、就職・入学できた安心感や、少し職場や学校に慣れて緊張が解けたことなどを背景に無気力になるという、かつての「五月病」のイメージとは違うという「四月病」が、新たな問題となっているようだ。そうした心身の変調がうつ状態にまでたっすると、退職や退学を余儀なくされてしまう結果となる場合もあるので、早めにそうした心身の状態を知ることも大切なことだろう。紙面には自己診断のための「うつ状態自己チェック表」というものが載せられていた。
 私などもうとうに古だぬきの域を迎えた人間であるし、環境の変化など余りない毎日を送っているから、四月病などというものを心配する必要はあまりないのだが、時にはこうしたものを使って、己の心の状態を把握しておくことも大切だろうと、チェックしてみた。

■うつ状態自己チェック表(東邦大式抑うつ尺度)
 各質問に対し、「いいえ」「ときどき」「しばしば」「常に」の四つの選択肢の中から最も近いものを一つ選んでください。
 
  (1)体がだるく疲れやすいですか
  (2)騒音が気になりますか
  (3)最近気が沈んだり気が重くなることがありますか
  (4)音楽を聴いて楽しいですか
  (5)朝のうち特に無気力ですか
  (6)議論に熱中できますか
  (7)首すじや肩がこって仕方がないですか
  (8)頭痛持ちですか
  (9)眠れないで朝早く目覚めることがありますか
 (10)事故やけがをしやすいですか
 (11)食事が進まず味がないですか
 (12)テレビを見て楽しいですか
 (13)息が詰まって胸が苦しくなることがありますか
 (14)のどの奥に物がつかえている感じがしますか
 (15)自分の人生がつまらなく感じますか
 (16)仕事の能率が上がらず、何をするのもおっくうですか
 (17)以前にも、現在と似た症状がありましたか
 (18)本来は仕事熱心で、きちょうめんですか

 ●集計
「いいえ」0点、「ときどき」1点、「しばしば」2点、「常に」3点として採点。(2)(4)(6)(8)(10)(12)を除く12問分の点数を合計する。
 ●判定
 10点以下:基本的に問題ありません
 11~15点:うつと健康の境界線上にいる可能性があります
 16点以上:軽症うつの可能性があります

新聞紙面が「四月病」についての記事なので、6問が集計の対象から外されているのだろう。同じ設問で「抑うつ状態」であるかどうかを判定するにはこのサイトが便利だ。私は「抑うつの心配はない」と判定された。東邦大式以外にもいくつかチェック表があるから、念のため試してみるのもいいかもしれない。

 できることなら、毎日を楽しく笑って暮らせたらいいな・・。
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 塾の教室の窓から、向かいの崖で満開になっている藤の花が見える。毎年新緑の候に先駆けて、淡い紫色の花房が垂れ下がる。崖を覆わんばかりに咲き誇る様は、遠目にもきれいだ。


 藤はつるを他の木に巻きつけて成長する寄生植物だ。その性質を利用して藤棚というものを作り、古来から人はその花を愛でてきたが、私もたまには風流心を起こして花を楽しみたくなった。川の土手ぎりぎりのところまで近づいていって、写真を撮ってみた。

  

 宿主である木につたが絡み付いてどこからどこまでが藤なのかよく分からない。野生の藤ではこれくらいが精一杯なのか、近くで見ると遠目ほどきれいではない。ちょっとがっかりしたが、先日自転車で市内を横断したときにある家の壁を越えて咲き乱れていた藤の花の写真を撮ったことを思い出した。


 きっと丹精込めた世話がなされているのだろう、花の色の濃さが違う。花弁も大振りで豪華な感じを受ける。立派だ・・。しかし、好きなように伸び放題に伸びた野生の藤の方が私は好きだ。たとえ貧相な感を受けようとも、己の意に従って四方八方に伸び広がる自由さには憧れる。だが、濃い紫は毒々しくてあまり好きではない。紫は淡いくらいがちょうどいい。なにせ赤と青を混ぜ合わせてできるのが紫だから、濃い紫は少々暑苦しい・・。
 思えば、紫というのは、不思議な色だ。「紫雲」といえば、仏がこの雲に乗って表れると言われるほど、めでたい雲だとされる。聖徳太子の定めた冠位十二階では、紫は最上位の大徳の冠の色とされたし、古代ローマでも高貴な色とされたようだから、由緒正しい色のはずだ。しかし、現代では紫色の服を着ている人はあまりいないし、いたとしても悪趣味ばかりが目立って、その人のセンスは最悪だと思われがちだ。 何故だろう?
 
   瓶にさす藤の花ぶさみじかければ 畳の上にとどかざりけり

という正岡子規の歌には、藤の紫が妖力めいた効果を与えるているように思う。白梅から始まった春が、桜のピンク色で最初のピークを迎え、水仙・菜の花・タンポポの黄色で私たちの眼を和ませた後、今は藤の紫でゆっくりと別れを告げようとしている。この後は燃え上がるようなツツジの花弁とともに深い新緑の季節を迎える・・。春と初夏の境界として紫は十分な役割を果たしている。
 しかし、日本の季節の移ろいは、なんて贅沢なんだろう・・・。                      

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駄菓子

 私の子供の頃には、近所に4軒も駄菓子屋があった。「ムラセ」「コメとも」「ヒコサ」「マネキヤ」などと、看板も掲げてない小さな店は、苗字とも屋号とも付かない名前で呼ばれていた。私は毎日母から小遣いをもらって、そのうちの1店に何かを買いに行ったものだ。「何か」というのは、お菓子であったり、くじであったり、文房具であったりした。そんな店に行けば必ず友達の誰かがいた。駄菓子屋が集合場所のようになっていたのだろう、そこにいた友人と夕方までずっと遊んでから家に帰る、そんな毎日を繰り返していた。自転車には乗っていたが、決して行動半径は広くなかった。町内、広くても学区内をうろちょろしていただけで、隣の学区にある店にまで出張して行って、そこにいる見知らぬ者たちと遊んだりするなどということはまったくなかった。本当に狭い世界でワイワイガヤガヤやっていただけだった・・。
 私の息子が小さかった頃は、その4軒のうちの1軒だけが細々と営業を続けていて、息子もよくそこに通っていた。しかし、今ではその店も廃業してしまったので、近所に駄菓子屋などなくなってしまった。その代わりにコンビニが一軒あるが、そこはやはりあらゆる世代が利用する店であり、子供だけの聖地ではない。子供を対象とし、子供が欲しがる物しか置いてない、そんな昔ながらの駄菓子屋はもう私の家の周りには一軒もない。「何も考えずに、いつも笑っていられる日々」の舞台となる駄菓子屋を、今の子供たちには周りにもっていない、それはなんだか寂しいことだなあ、などと時々思う。甘酸っぱい思いとともに甦る駄菓子屋、そんな私たちの世代には子供の頃の原風景と呼べるものがあったが、今の子供たちが長じたときに、振り返ってみて、何を自分の原風景と思うのだろう。家の中の一室で、TVの前に座ってゲームに興じていた思い出、そんなものが子供の頃の象徴であったとしたら、なんだか殺風景過ぎる。かと言って、子供たちがそんな思い出しか持っていないとしたなら、それは私たち親の世代の怠慢であったと詰られても仕方のないことではあるが・・。

 「じゃあ、お前は、思い出の中で光輝を放っている駄菓子屋でいったい何を買っていたんだね」と自問してみた。「ミレー」というお菓子が一番に浮かんできた。
私が通っていた店では、袋売りしているのではなく、好きな枚数だけ買えるようにバラで売っていたように思う。塩味の効いた私の大好物だったこのお菓子を、もう一度食べたくなって、スーパーで探してみたらすぐに見つかった。


その時、すぐ横に並んで売っていたのがこのお菓子だ。


おお、これは懐かしい・・。これもバラ売りしていた。「ラスク」って言うのか、私の通った店ではそんな名前で売られていなかったような・・、何だったっけ・・、う~ん、思い出せない。(ラスクさんのHNの由来はこのお菓子なのかな?)
 しかし、今まで気にも留めなかったが、昔ながらのお菓子は今でもスーパーで色々売っている。「しるこサンド」「おにぎりせんべい」「すずカステラ」・・・。よく食べたなあ、本当に。そう言えば、「たません」も!!と、不意に懐かしい醤油の香りが鼻孔をくすぐったように感じた。

 「たません」というのは、「たまごせんべい」の略称であり、名古屋とその近郊の駄菓子屋さんで盛んに作られた。直径15cm以上のえびせんべいを鉄板の上で焼いて、その上で目玉焼きを作って醤油やソースで味を調える。きちんとした「作り方」 はクリックすれば載っているが、私がよく食べた「たません」はもっとシンプルな作り方で、それでいてとてもおいしかった。寒い日に「たません」を作ってもらって、それを「アチ、アチ!!」とか言いながら食べたのは鮮明に記憶に残っている。
 また今度自分で作ってみようかな・・・。
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おばかキャラ

 竜虎の母さんのブログに、クイズ番組が花盛りだという記事があった。私もクイズ番組の多さには気づいていたが、日曜日にしか、ゆっくりTVを見る時間がないので、番組の内容まではよく知らない。おバカタレントと言われる人たちも何度か見たことがあるが、あまりのバカさ加減に唖然とするばかりで、とても笑ったりはできなかった。どうしてあんなに己の無知さ加減を公然とさせて恥じるところがないのか、私には理解できない(それを逆手にとって「羞恥心」というユニットを組んでいるのだから、何をかいわん・・)。もちろんTV局からの需要があるからなのだろうが、なんだか自分の身を切り売りしているようで、すぐに飽きられてしまうだろうな、と彼らを見ていて切なくなりさえする。それでも、TV局が受けると見なす間はお呼びがかかるだろうから、今しばらくは彼らの姿をTVで見かけることになるのだろうか・・。
  では何故彼らが受けるのか?私はそれについて悲しい考えを持っている。このブログで常日頃から、現代の中高生の学力低下を嘆いている私だが、中学3年生でそれなりの受験勉強をして高校に合格してしまうと、その瞬間から勉強など自分のすることではないとばかりに、一切を放棄してただひたすら遊び呆けることに全精力を注ぎ込む高校生の何と多いことか。彼らにとっては、高校入学がゴールであって、それから先の人生などまるで眼中にない。
  先日も午前中コンビニに行って、愕然とした。ちょうど1年前まで塾にいて、本来なら高校2年生になったばかりの女子生徒が平日のそんな時間にコンビニの制服を着てレジに立っていたからだ。
「何やってるの?」
「バイト」
「学校は?」
「やめた・・」
「なに?」
  高校入学後も道端ですれ違うと気軽に私に手を振ってくれた、いたって気のいい娘ではある。だが、勉強は苦手で、公立高校でも一番偏差値の低い専門学科に何とか合格できた程度だ。入学後はそれなりに頑張っているとばかり思っていただけに、突然そんなことを言われても、びっくりしてしまって何も言えなかった。なんとか気を取り直して、
「進級できなかったの?」
と聞いてみたが、笑って答えてくれなかった。それ以上バイト中の子を問い詰めてもよくないと思って、コンビニを後にしたが、いったいこれからどうやって生きていくつもりなのだろうと、彼女の行く末を思うと暗澹たる思いに駆られた・・。
  その話を中学のときに塾で一緒に学んだ高校生にしたところ、 「うちの学校でもやめてった人多いよ・・」 とあっさりと答えた。その子が通っているのも普通科としては一番偏差値の低い公立高校で、ここ何年も定員割れをして、受験すれば誰でも入学できるくらいの学校である。そのため、何の意欲もなく、ただの惰性で入学した者たちが多く、1年間で1クラス分くらいの者たちがやめて行ったそうだ。何でそんなに簡単にドロップアウトしちゃうのか?またまた気分がずんと重くなったが、考えてみれば、そうした中退した者たちにとっては、おばかキャラといわれる芸能人たちは希望の星なのかもしれない。
『オレたちは、学校の中ではバカだと思われてきたけど、TVにはもっとバカな人たちが出ている。あんなバカでもやっていけるんだから、オレたちも何とかやれるかもしれない』
などと思うのなら、まだいい。しかし、
『ワタシよりもバカな奴らがあんなにTVに出てるんだから、安心してもっとバカやろうよ』 などと思ったりしたら、もう最悪だが、そうした若者たちにとっては、己の未熟さをカムフラージュしてくれる存在としておばかタレントたちは大切な存在なのかもしれない。
 もちろん、勉強ができればそれでいいと言うわけではないが、やっぱり生きていくうえで必要な基礎知識だけは身に付けなければならない。余りに物を知らなさ過ぎる芸能人が若い世代に与える影響は決して芳しいものではないように思う。おばかキャラを笑っておしまいにするのではなく、彼らを反面教師にするような側面も必要ではないか、母さんの記事を読んでそう思った。  

 (付録)そうしたクイズ番組で問われそうな漢字の読みについての豆知識をひとつ。 よく似た3つの漢字、「己」「已」「巳」の読み方を覚える方法。

 「きこのこえおのれつちのとしたにつき、いすでになかばに、しみはみなつく」と暗記すれば、 『「」「」の声、「おのれ」「つちのと」下に付き、「」「すでに」半ばに、「」「」は皆付く』 と、一つ一つの漢字の読みが完全に覚えられると、私が中学校のときの漢文の教科書に書いてあった。

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ガリレオの望遠鏡

 久しぶりに「大人の科学」を買った。今回の付録は「ガリレオの望遠鏡」、世界初の天体望遠鏡を再現したものだという。「ガリレオの見た17世紀の宇宙に出会う」ともある。それはガリレオが作ったのとほぼ同じ性能の望遠鏡で夜空を見上げてみれば、ガリレオが見た空と同じくらいの精度で天体を観測できるということなのだろう。私は子供の頃から星に興味を持っていた。小学生の頃お年玉で天体望遠鏡を買ったくらいだ。そんな私がこうした宣伝文句に惹かれないわけがない。書店で見つけた瞬間にレジに持って行った。
 そうは言っても、新学期でなんやかんやと忙しくなかなかまとまった時間がとれず、封を開けることができなかったが、昨日やっと時間に余裕ができたので、早速作ってみた。

 

 40分ほどで完成できると書いてあったが、「大人の科学」の付録を作るときには必ずといっていいほど、1箇所か2箇所難しいところがある。今回もきっと40分以上かかるだろうなと思った。それでも、「買って損した・・」などと思ったことは一度もなかったので、この望遠鏡もちょっとした感動を与えてくれるかもしれないと思いながら作業を進めていった。

①レンズ部分を組み立て、両面テープをはる。

  

 対物パーツにレンズをはめ、ジョイントを組み立て、接眼チューブと併せて両面テープをはる。いったいこの先これらの部品がどうなるのか、そんなビジョンをまるで持たないまま、説明書に書かれていることを一つ一つこなしていくだけなので、思わぬ失敗をしそうだ。望遠鏡というだけに長い鏡筒が必要だろうが、そんなものはキットの中に入っていない。いったいどうするのだろう、と思っていたら、どうも厚紙で作るようだ。

②鏡筒台紙を丸め、鏡筒台紙をはる。

  

 ここが今回の一番の難所だった。台紙が硬くて、丸めてもなかなかくせがつかない。かなりの時間両手を使って丸めているうちに、何とか形ができたので、両面テープの保護シートをはがした対物パーツに台紙を貼り付ける。同じようにジョイント部の両面テープにも貼り付ける。なるほど、こうやって鏡筒を作るのか!と感心したが、ジョイント部のもう一方と接眼チューブにも同じようにもう一枚の台紙を貼り付けていく。さらに、台紙の重なる部分の内側にのりを塗って丸めてとめる。のりが乾くまでは輪ゴムでとめておく。

  


③接眼パーツにレンズを入れて組み立て、それを接眼チューブに通す。この接眼パーツを出し入れしてピントをあわせる仕組みになっている。

 


④支柱部分を組み立て、水の入ったペットボトルに設置する。前回の風力発電キットもペットボトルを設置台に利用したが、水を入れたペットボトルは安定性が十分あり、なかなかの工夫だと改めて感心した。

 

 右側の写真は接眼レンズにカメラを当てて撮ったものだが、実際にもこんな感じで視野が丸く見える。明るい間に色々周りを望遠鏡で覗いてみたが、あまり面白くはなかった。やはりこれは天体を観測するための望遠鏡なんだな、と実感して塾が終わってから月の観測をしてみた。
 満月が終わったばかりで少し右側が欠けた月だったが、望遠鏡の視界に収めるのにかなり苦労した。でも、時間はかかったが何とか丸く明るいものを見つけ、接眼パーツでピントを調節してみたら、「おお、きれいだ!!はっきりくっきりクレーターが見える!!」
 思った以上にガリレオの見た17世紀の月は美しかった。
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レジ袋

 私の住む市では、3月25日からレジ袋が有料化され、必要な人は1枚5円で購入することになった。1ヶ月ほどたったが、95%の人が自前の買い物袋を持って買い物に来るようになったと言われている。それは、この新制度がずいぶん前から周知徹底されていたお陰であろうが、私のよく行くスーパーでも、多くの人が様々な買い物袋やかごを持って来ている。そう言えば、3月にはスーパー各店でマイバッグ・かごが各種陳列されていたのもプロパガンダに役立ったと思う。

  
 私自身もよくスーパーでウーロン茶などを買う。2ℓのペットボトルをまとめて5本ほど買うとかなりの重量になる。それをレジ袋に入れて運んでくると、途中で破れてしまい、再利用が難しくなったりした。そうなるとただのごみになってしまうから、もったいない物であることは十分わかっていた。それでもマイバッグを持ち込むまでの踏ん切りがつかず、多少の後ろめたさは感じながらも、レジ袋をもらって使ってきた。今回のように市が音頭とりになり市内のスーパーがそれに応ずるという県内でも初の試みは、私のように優柔不断な消費者の背中を押すにはもってこいのものであった。はじめは少々照れくささも感じたが、今では堂々と手に持って買い物するようになった。


 なかなか頑丈にできた袋で、一度に5・6本入れても、大丈夫だ。持つところもしっかりしていて、いつ破れるかもしれないレジ袋のようにヒヤヒヤする必要はないのがいい。ボトルをこの袋に入れて、冷蔵庫まで運び込んだら、また車のトランクに戻しておく、こうすれば次回も忘れずにこの袋を使うことができる。レジ袋を使うより、こうする方がはるかに理にかなっている。
 しかし、レジ袋1枚5円の威力はすごい。別に5円くらい気にせず、今までどおりレジ袋に入れてもらえばいいものを、なんだかその5円がもったいなくなる。果たしてレジ袋の使用を減らすことが、どれくらい地球温暖化に歯止めをかけることになるのか分からないが、5円を惜しむことによって、無駄=「もったいない」という心を育てることができるとするならば、家計にも地球にもよい影響を与えることは間違いないだろう。
 でも、この制度にはよい面ばかりでもないようだ。妻から聞いた話だが、レジ袋が有料化され、マイバッグを店内に持ち込む人が多くなったのと比例して、万引きの被害も多くなったという。私も、袋を手に持ちながらスーパー内を歩いていて、「今この商品を何気なく袋に入れても見つからないかもしれないな」と万引き犯の増えることを危惧したばかりだったので、「やっぱり」と思ってしまった。新しい制度を行うと、どうしてもその隙間を狙ってよからぬことを企む輩はいるものだ。スーパーにとっては、万引きによって、レジ袋を無料配布しなくてもよくなった費用以上の被害を被ったりしたら、有料化に異論を唱えたくもなるだろう。もちろん様々な対策は講じるのだろうが、せっかく始まった制度がこれからも続けられるように、消費者の側も協力する意識を持ち続けることが必要だと思う。
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サイクリング

 晴れ渡った日曜日、昼食のために Denny's にサイクリングすることにした。家からおよそ3km 離れたところまで、妻は3輪自転車、私は娘の自転車でのんびり出かけた。日曜の昼にご飯を食べに行くのに、車以外で行ったことなど一度もなかった私には、いたって新鮮な試みだった。いくらまだ乗り始めの妻と言っても、国道をひたすらまっすぐ行くだけなら大して危険ではないだろうと思っていた。ゆっくり進む妻の後に従って自転車を漕いでいくと、普段なら見落としがちなことに気が付いて、それなりに楽しいサイクリングとなった。


 昨日はちょうど市内中心部で春祭りが開かれていて、ボンネットバスや人力車が走り、観光客も多かった。9月に開かれるお祭りが何と言っても最大のイベントだが、春の祭りも徐々に盛んになってきている。沈滞久しいわが市を何とか活性化させたいという地元の人たちの熱い思いが伝わってくる。

  

 「大勢の人が集まる駅前は帰りによろう」などと話しながら、ひたすら Denny's を目指す。誰も歩いていない歩道を自転車で走っていくと、思いのほかでこぼこがある。妻など一度緩やかな傾斜にハンドルを取られて、危うく車道に突っ込みそうになった。「ブレーキをかけろよ!」と私は怒鳴ったが、初心者にはブレーキの操作が難しいようで、ひやりとした場面だった。新しい道路など作る必要はあまり感じないが、老朽化した道路の整備にお金を使うのは、通行人にとっては大切なことであると痛感した。(でも、25円の復活は絶対にイヤだ!!)
 そんなことはあったが、おおむね順調に Denny's にたどり着くことができた。ほっとしながら、携帯メールで案内のあった「かつおのたたき」を注文した。

  

 写真中央のかつおのたたき丼は妻、右の冷製パスタは私が食べた。左のかつおのたたきサラダもなかなか美味しかった。Denny's をファミレスと侮ってはいけない、というのが私の持論だが、何を食べても美味しいのが魅力的だ。
 食べ終えて、またゆっくりと帰ることになったが、帰り道は緩やかな上り坂となっていて、少しばかり両足に力を込めなければ前に進まない。日差しも強くうっすら汗をかいたりしながら、何とか市の中心部まで戻って来たとき、神輿行列に遭遇した。噂には聞いたことがあったが、実際に目にするのは初めてなので、自転車を空き地に止めてしばらく見物した。

  

  

 神輿を担ぐ若者の中に元塾生が3人ほどいた。「おお!!塾長!」とその中の一人が近づいてきた。「久しぶり!!頑張ってるな!!」「うん。最高!!」などと意味不明の会話しかできなかったが、満面にたたえた笑みが今の彼の充実ぶりを物語っていた。よく見ると、神輿に乗っていた女性も妻の知り合いで、これだからローカルなお祭りは楽しい。
 なんとまあ、楽しい春の一日だったことか!家に帰ってビールを何本か飲んだら、疲れてずっと居眠りしていたのはいつものことで言うまでもないことだが・・・。
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