アノマリサ

DVD「アノマリサ」(2015 アメリカ)

この作品には驚かされた。
まず、みはじめてから、はじめて人形アニメだと気づいた。
パッケージをみると実写にしてはいささか違和感のある人物が写っているのだが、まさか人形だったとは。

それから。
人形アニメというと子ども向けを想像するけれど、みているうちに純然たる大人向けとわかり、また驚いた。

加えて。
この作品は、崩れつつある中年男の悲哀をえがいたものだけれど、中年男の悲哀をえがくのに人形アニメという手法が大変効果的につかわれていることに、三たび驚いた。
恐るべき完成度。

少々細かくみていきたい。
主人公は、中年男のマイケル。
一見まともそうだが、じつはこわれ気味。
それに、たいそう身勝手な人物であることが、映画が進むにつれわかってくる。

この映画は、マイケルが飛行機で町にやってくるところからはじまり、飛行機で町を去って家族と再会するところで終わる。
中心になるのは、ホテルですごす一夜。

ビジネス書の著者であるマイケルは、講演をするためにこの町にやってきた。
タクシー運転手との、妙に緊張感のある世間話のすえホテルに到着。

ここで、部屋に入ったマイケルは、いかにもホテル客がやりそうなことをする。
たとえば、冷蔵庫を開けてみたりとか。
このマイケルの芝居が素晴らしい。
生身の役者が同じことをしたとして、はたしてこれほど間をもたせられるかどうか。
人形アニメは成功すると、じつに強い表現力を発揮する。

マイケルは家に電話したのち、昔つきあいのあった女性に電話。
ホテルのレストランで会うことに。
女性があらわれて、マイケルと話をするうちに観客にもわかってくるのだが、どうも過去にマイケルは、この女性に一方的に別れを告げたよう。
そのため、女性は心身のバランスをくずしてしまったらしい。
マイケルはこの女性を部屋に誘うのだが、女性は去る。

その後、マイケルは少々錯乱気味に。
そんなマイケルに再び出会いが。
マイケルの講演を聴きにきたという女性2人が、同じホテルに泊まっていたのだ。
マイケルは2人をレストランに誘う。
そして、リサという名前の、片方の女性とともに部屋にもどる。

マイケルには、周りの人間の顔がみんな同じようにみえる。
このマイケルの主観を表現するのに、人形アニメという手法がおおいに生きている。
人形アニメなら、みんな似たような顔になるし、それでいて生き生きとしているところを表現できる。

また声も、リサ以外の登場人物は、同じひとが演じている。
採用している手法に、必然性がある。

マイケルが錯乱するきっかけとなるのは、自分もまた人形のひとりだと感じたとき。
具体的には、自分の顔がはずれかかった瞬間のことだ。
この表現も人形アニメならでは。

容易に分解や変形が可能な人形アニメは、場合によってはグロテスクになりがち。
しかし、顔がはずれるという表現は、この映画で2回だけ。
この節度が、グロテスクになりすぎるところを救っている。

本作には、驚くべきことにベッドシーンがある。
(この映画がR15指定なのはこのためだろう)
人形アニメのベッドシーンは例がないわけではない。
たとえば、川本喜八郎監督の、「いばら姫または眠り姫」

でも、「いばら姫――」はずいぶん象徴的に処理していた。
それにくらべると、本作のシーンはより率直。
登場人物たちはちゃんと服を脱ぎ、マイケルはちゃんと中年体型をしている。
しかも、このシーンはほぼワンカットでえがかれる。
なんとまあ意欲的な。

また、本作には日本趣味がある。
ひとつは、マイケルがポルノショップで買う――子どもへのおみやげとして買う――ゲイシャをイメージしたと思われるこわれ気味の人形。
このゲイシャ人形は、「桃太郎」を歌う。
その単調で哀れを誘う「桃太郎」を聞いていると、マイケルもまた人形にすぎないのだと思わずにはいられない。

もうひとつは、タイトルになっている「アノマリサ」ということば。
アノマリサとは、アノマリーということばと、リサを組み合わせたもの。
アノマリーとは変則的という意味で、マイケルの本にでていたとリサ。
つまり、アノマリサとは変則的なリサ、「他とはちがうリサ」という意味になり、そうマイケルに呼ばれてリサは喜ぶ。

映画の終盤、アノマリサとは日本の女神の名前だと、リサはマイケルにつたえる。
これは、アマテラスのことをいっているのだろうか。

まとめると。
本作はぎこちない人間関係を表現するのに、人形アニメという手法が最高度に発揮されている。
原作は朗読劇だというけれど、会話の場面の、みなぎる緊張感には目を見張るばかりだ。

ただ、わからないことがひとつ。
なぜこれほどの技術と労力をついやして、こわれた中年男をえがかなければならないのか。
そのことだけがわからない。


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