OPUS(オーパス)

「OPUS(オーパス)」上下巻(今敏 徳間書店 2010)

「OPUS」の単行本がでた!。
こんなことがあろうとは考えもしなかった。
ほんとうに、びっくりだ。

「OPUS」は、昔、学習研究社がだしていた青年向け漫画雑誌「コミック・ガイズ」に連載されていたマンガだ。
単行本に記載されていた情報によれば、1995年10月号から1996年6月号まで連載されていたよう。

ちなみに、「コミック・ガイズ」の発行は隔週だったはず(いま国会図書館でしらべてみたら月2回の発刊だった)。
たしか、新谷かおるの「烈風伝」が連載されていたと思う。
あと、武林武士の連載もあったような。

いままで単行本が出版されていなかったので、「OPUS」がどんなに面白いマンガなのか説明しても、実物を読んでもらうということができなかった。
それに、「あのマンガ面白かったね」というひとにも会ったことがない。
でも、これでようやくひとに勧められる。
嬉しくてならない。

さて、「OPUS」のストーリーを簡単に説明しよう。
ひとことでいうと、このマンガはメタフィクション・マンガだ。

主人公は、雑誌「ヤングガード」に「RESONANCE(レゾナンス)」というマンガを連載中の漫画家、永井力(ながい・ちから)。
「レゾナンス」は、超能力者が仮面と呼ばれる新興宗教の教祖とたたかうというストーリー。
現在、第3部の佳境に突入している。
ちょうど、超能力者の少年リンが、仮面と相討ちになるという、壮絶なクライマックスを迎えようとしているところ。

というわけで、マンガを完成させるべく、永井が深夜せっせと仕事をしていると、どこからか声が。
さらに、目の前にあったはずの、相討ちシーンの原稿が消えている。
代わりに原稿には穴が開いていて、奥に相討ちシーンの原稿を手にしたリンが。
「こいつはオレが貰っていくからな! バカヤロオ!!」
そして、永井は原稿に吸いこまれ、ヒロインのサトコが仮面と争っているその渦中に落下して――。

さきほどもいったけれど、「OPUS」は、漫画家が自分が描いているマンガのなかに入ってしまうという、メタフィクション・マンガだ。
よくある話じゃないかと思われるかもしれないけれど、これがもうとんでもなく面白い。

まず、作者の今敏さんは、べらぼうに絵がうまい。
ただうまいだけではなく、アイデアを絵でみせることに長けている。
メタフィクションを描く上でのさまざまなアイデアを、素晴らしいイメージでみせてくれる。

それから、ストーリー展開が素晴らしい。
メタフィクションものは煮詰まりやすいものだと思うけれど、毎回毎回新しい展開がある。
このあと、リンは自分が死ぬのを避けるために、若き日の仮面を倒しに第1部へいく。
が、そんなことをされると作品世界が崩壊するし、なによりリンは、若き日の仮面によって殺された男が転生した登場人物なのだから、リン自身が消滅してしまう。
そこで、永井とサトコ、それにリンの妹メイは、リンを止めようと奔走。
さらに、自分がただのマンガの登場人物だと知った仮面は、永井に代わって世界を支配しようとする――。

本編のストーリーもスリリングなら、本編に侵入した永井たちのストーリーもスリリング。
サスペンスにサスペンスがかさなった展開と、それを淀みなく語るストーリーテリングの冴えには、心底ほれぼれさせられる。

それから、ところどころにあるユーモラスな味わいもいい。
メタフィクションというのは、全体がバカバカしくはあるのだけれど、そのことを効果的にみせている。
ひとつ例をあげると、自分がつくった登場人物にことごとく反抗された永井は思わずこう口走る。

「何だよ!? オレが何したってんだよ!! どうして皆逆らうかなァッ!! オレが作ったキャラなのに!!」

すると、リンとメイの親代わりであるらしい、とある老婆がこうツッコむ。

「そんな考えだからさ」

でも、ストーリーが進むにつれ、登場人物と真摯に向きあうようになった永井は「そんな考え」を徐々に改めていく。
その姿は感動的。
ひととひととが向きあうことは、たとえそれが作中人物であっても感動を呼ぶのだ。

ところで、「OPUS」は未完で終わっている。
連載していた「コミック・ガイズ」が休刊してしまったからだ。
ある日、「コミック・ガイズ」を開いたら、あらゆる連載マンガのページ下に「この続きは単行本で!」とかなんとか書かれていて、まさかと思ったらそれが休刊号だった。
これには呆然とした。
だから,新谷かおるの「烈風伝」を続けていればよかったのになどと思ったものだった。

「OPUS」には、現実世界にもどってきた永井が、編集長に打ち切りをほのめかされるシーンがある。
けれど、よもや雑誌が休刊して連載が終わるとは、まったく思いもしなかった。

この後、作者の今敏さんは、アニメーションの監督となり、「パーフェクトブルー」「千年女優」「東京ゴッドファーザーズ」「パブリカ」などの傑作、力作、意欲作を残す。
タイミングとしては、休刊はよかったのかもしれない。

(今監督のアニメ作品を全部みてはいないけれど、一番好きなのは「東京ゴッドファーザーズ」だ。今さんはアニメでも、メタフィクション的な作品をつくっていて、どれもこれもややこしい。でも、「東京ゴッドファーザーズ」はややこしくなくて楽しめた)

ところが、今年、今敏さんは急逝されてしまった。
まだ40代だというから、なんとも惜しい。
そして、作者が亡くなったために、「OPUS」は刊行されることになったのだから、このメタフィクション・マンガの運命はずいぶんと不思議なものだ。

今回の単行本には、あるていどペンやベタが入った、幻の最終回が収録されている。
でも、この最終回は、休刊が決まってから帳尻合わせに描いた感じが否めない。
できれば、連載を続けてきちんと終わらせてほしかったなあとつくづく思う。

単行本の「OPUS」を読んでいたら、連載当時のことを思いだした。
「コミック・ガイズ」を読んでいた部屋の様子や、どんなに次の回を心待ちにしていたかということを思い出した。
当時のあらゆる連載マンガのうち、「OPUS」を一番楽しみにしていた時期が自分にはあったのだということを思い出した。

ご冥福を――。

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