爆弾魔(結び)

続きです。
今回もまた、各短編の内容に触れていますので、未読のかたはご注意ください。

「デスボローの冒険――茶色の箱」
失業者のデスボローが間借りしているのは、クイーンズ広場の小児病院の隣の建物。
ある日、テラスでつながっている別の部屋にご婦人が入居する。
セリョリータ・テレサ・バルデビアという名前で、父は英国人、母はキューバ人だという。
デスボローは、このご婦人に夢中になる。

「美わしきキューバ娘の話」
そのテレサが、デスボローに語った身の上話。
父はスペイン大公の血を引き、母はアフリカの王族の血を引いていたという。
母は奴隷で、父の愛人だった。
父はハバナで宝石の仕事をしており、母はテレサが16歳のときに亡くなった。

テレサが暮らしていたのは、キューバから舟で30分ほどもこげば着く島。
そこには父の家族と農園しかない。
島の8割は農園で、ほかは密林と有害な湿地。

ある日、この島にマダム・メンディザバルという女があらわれる。
父に話を聞くと、メンディザバルは20年前、一番美しい奴隷だったそう。
いまでは結婚しており、自由で金持ち。
フードゥーの儀式によって奴隷のあいだに強い影響力をもっているという。

さらに父は思いがけないことを話す。
金を貯めたら家族で英国に渡るつもりだった。
が、母が亡くなってしまった。
それに母の病気のために、部下に仕事を任せた結果、破産してしまった。

こうなると、父の農園でのんびり暮らしていたものの、テレサの身分は奴隷なので、債権者のものになってしまう。
そこで、島から逃げだすよう、父は娘に告げる。

島にはいま、英国からの快走船がきている。
もち主は、サー・ジョージ・グレヴィルといって、グレヴィルは(不当に手に入れたと思われる)宝石を売りさばいていたことで、父に弱みをにぎられている。
夜になったら湿地を抜け、北の港にでて、そこで快走船に乗る。
途中の湿地には、あらかじめ宝石を隠しておく。

その晩、脱出する予定だったが、湿地に入ったため父の具合が悪くなり、亡くなってしまう。
翌朝には、父の逮捕状をもった役人たちと、新しい主人が到着。
新しい主人であるコルダ―氏は、父が隠した宝石をさがしていた。
そこでテレサは、コルダ―氏にとりいる風を装って嘘をつく。

マダム・メンディザバルが島にきてから、島の奴隷は反乱寸前であること。
宝石のある場所まで、テレサが案内すること。
宝石をみつけたら、すぐに危険な島をはなれ、本土に逃げだすこと。

テレサはコルダ―氏を案内し、湿地へ。
が、父と同様、湿地の毒気にやられてコルダ―氏は亡くなってしまう。
黒人の血が流れているテレサは無事だった。

宝石と、コルダ―氏の拳銃や、遺書が書かれた手帳などを手に、密林を抜けると、空き地にある礼拝堂ではフードゥーの儀式がおこなわれている。
儀式をとりおこなっているのは、マダム・メンディザバル。
テレサの旧知である奴隷娘のコーラがいけにえにされようとしており、テレサは金切り声をあげる。
同時に、竜巻が起こり、なにもかも消え去ってしまう。

翌朝、意識をとりもどしたテレサは快走船に。
その後も細ごましたことがいろいろとあるのだが、ともかくテレサは英国に上陸。
現在は弁護士のとり計らいで――というのもコルダ―氏の息子から、宝石を奪ったと告発されたからなのだが――下宿に隠れ、キューバの密偵を恐れて暮らしている。

「茶色の箱(結び)」
キューバ娘に恋をしたデスボローは、どうしたら彼女にふさわしい人間になれるかと思い悩む。
テレサからことづけを頼まれたものの、その任務を果たせなかったり、密偵から守ろうとテレサのあとを尾けたところ、ばれてしまったりと、デスボローは失敗ばかり。

ある日、あごひげの男が茶色い箱をテレサのもとにもってくる。
これは怪しいとデスボローは思うが、あごひげ男は弁護士の事務員だとテレサ。
茶色い箱には、宝石や書類などキューバとの結びつきを証明するものが入っている。
この箱を、ホーリーヘッドまではこび、アイルランドいきの郵便定期船に乗せてもらえないかと、テレサはデスボローに頼む。
ここで、デスボローはテレサに恋心を披露。

《「僕は人から利口な男と思われていませんし、思いをハッキリ言うことしかできません。あなたが好きです」》

テレサは大いにうろたえる。
翌日、デスボローは箱を辻馬車にのせ駅へ。
箱からは、なにやらカチカチ音がする。
駅にいると、テレサがあらわれて計画は延期になったとデスボローに告げる。
2人は箱とともに部屋にもどり、テレサはこれまでのことを告白する――。

「余分な屋敷(結び)」
サマセットがゼロの部屋にいくと、ゼロはすっかり落ちこんでいる。
最後の爆弾が失敗に終わってしまった、とゼロ。
しかし、床に置かれた箱からはカチカチと音がする。
5、6個始動させたと、ゼロはいう。
自分の腕前をすっかり見限っているゼロは、あわてる必要はないとサマセットをさとす。
でも、手下が不手際をしたのではないかと、まだいくぶん未練がましい。

荷物をまとめて去るとゼロはいうので、サマセットは大喜び。
去るにあたり、ゼロはダイナマイトをもっていこうとする。
サマセットがとがめると、単なる過去の記念品ですと、鞄にすべりこませる。
2人が表を歩いていくと、屋敷で爆発が起こる。
ゼロは大喜び。
サマセットは怒る。

《「大馬鹿野郎め!」とサマセットは言った。「一体何をしたんだ? 罪もない老婦人の家と、おまえと親しくするほど間抜けだった唯一の人間の全財産を吹っ飛ばしたんだぞ!」》

ゼロは爆弾魔ではあるが、死を恐れないわけではない。
ダイナマイトで吹き飛ばされるのは怖いし、私刑や暗殺には反対。
そのくせ爆弾づくりに励んでいるところが妙で、また不気味でもある。
サマセットはゼロにいう。

《「僕は今日まで、愚かなことは愉快だとずっと思っていた。今はそうじゃないことを知っている。」》

《「おまえが僕から若さを奪ったのか?」》

サマセットは、ゼロがアメリカにもどる金を飢え死に覚悟で立て替えてやる。
駅の露店では、さきほどの爆発が早くも紙面に踊っている。
ゼロが、それを買おうと身を乗りだしたところ、鞄が露店のすみにぶつかり、ダイナマイトが爆発。
サマセットはあわててその場を去る。
ゼロが抹殺されたからには、多少の慰めをもって飢え死にできると思いながら。

午後、サマセットはゴッドオール氏の煙草屋へ。
あなた、何かお困りなんじゃありませんかと、ゴッドオール氏に声をかけられ、サマセットはわっと泣きだす。

「「シガー・ディヴァーン」のエピローグ」
エピローグなので、チャロナー、サマセット、デスボロー、それにクララとラクスモア夫人が、ゴットオール氏の煙草屋「シガー・ディヴァーン」で一堂に会する。
でも、これまでも内容をいささか書きすぎた。
ここは省略しておこう。

本書はスティーブンソン夫妻の合作小説。
どのあたりに奥さんの影響があるのかは、巻末の訳者解説が教えてくれる。

《実際、この作品にはスティーブンソンの小説らしからぬ著しい特徴がある。すなわち、女性の描き方だ。しばしば言われるように、スティーブンソンの世界は男の世界であり、女ももちろん出て来るけれども、個性のない脇役にすぎない。それがこの小説では役回りがほぼ逆転して、御覧の通り、クララとその母親という自由奔放な二人の女性が大活躍するのに対し、フロリゼルと爆弾魔ゼロはまあ別格としても、チャロナー以下三人の青年は木偶人形と言うに等しい。》

木偶人形といわれては、3人が気の毒だ。
サマセットは本書の中で成長をみせるし、なによりユーモア小説を支えているのは、3人のような気のいい青年たちだろう。
本書の登場人物はみな、ウッドハウスの書くユーモア小説の登場人物のようだ。

また解説では、本書が影響をあたえたと思われる作品にも触れている。
ひとつは、爆弾テロリストがでてくるユーモア小説として、オスカー・ワイルドの短編「アーサー・サヴィル卿の犯罪」

それから、明らかに影響が認められるのが、アーサー・マッケンの長編「三人の詐欺師」と、コナン・ドイルの、「緋色の研究」だという。
「三人の詐欺師」では、クララと同様の役回りをする女性が登場することが、「緋色の研究」では、アメリカ西部でのモルモン教がらみの物語が、それぞれ本書からの影響だと書かれている。

最後に、なぜ本書がこれまで翻訳されてこなかったのか考えてみたい。
これはあくまで想像だけれど、その理由は、たぶん読んだひとが、この本を面白いと思わなかったからではないかと思う。
全体にユーモア小説仕立てだし、男性登場人物の影が薄い。
こわもての悪漢がでてこないし、なにかと対決するといった劇的な場面にもとぼしい。
スティーブンソンのほかの作品のようなつもりで手にとると、大いにあてがはずれてしまう。

なにより、クララの話す物語が、全体の構成とあんまり関係がないというところが致命的。
あれだけたくさん読んだのに、それが全体の事件とほとんど関係がないなんてと、読んだひとたちはほとんど怒ったのではないか。
(ここで、ポール・オースターの「闇の中の男」のことを思いだした。この小説も、作中内で語られる物語が中途半端で終わってしまう。でも、オースターには腹を立てたけれど、スティーブンスンには腹が立たない。読者というのは勝手なものだ)

まあでも、最初から古風なユーモア小説だと思えば腹も立たない。
クララが語る長い長い脱線もそれなりに楽しめる。
それに、なにより懐かしいフロリゼル王子に再会できたことが嬉しい。
本書は、ゴットオール氏となったフロリゼル王子の温かい言葉で幕を閉じる。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 爆弾魔(承前) DVD「アルビノ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。