「ほんとうはひとつの話」「アンチクリストの誕生」

「カニグズバーグ選集 1」(カニグズバーグ/著 松永ふみ子/訳 岩波書店 2001)で読んだ。
この本には、「クローディアの秘密」も収録されているけれど、読んだことがあるのでとばして、これだけ読了。
ちなみに、「クローディアの秘密」は傑作。

「ほんとうはひとつの話」は短編集。
4つの短編が収録されている。
さし絵を描いているひとが、みんなちがうのが面白い。

「ジェイソンを招(よ)ぶ」 M・メイヤー/さし絵
お誕生会をする男の子の話。

「流星の夜」 L・シンデルマン/さし絵
おばあちゃんと流星をみにいく男の子の話。

「デブ・キャンプ」 G・パーカー/さし絵
デブ・キャンプにいくはめになった女の子の話。

「ママと天国の真珠の門のこと」 G・E・ヘイリー/さし絵
黒板に絵を描く女の子の話。

みな短くて読みやすい。
どれも独立した短編だけれど、「ほんとうはひとつの話」という表題でまとめられているから、各短編の底流には共通したものが流れているのだと思う。
「流星の夜」と「デブ・キャンプ」は、特に素晴らしい。
この2作は、さし絵の入れかたが絶妙だ。

「ジェイソンを招(よ)ぶ」と、「ママと天国の真珠の門のこと」には、最後に思わせぶりな一文がある。
これが少々うるさい。
「いま聴いたのはどんなお話だったの」
と、子どもを問いつめる母親のよう。

カニグズバーグはいつも素晴らしく、この本も面白かったけれど、そこだけが難点。

「アンチクリストの誕生」(レオ・ペルッツ/著 垂野創一郎/訳 筑摩書房 2017)

本書も短篇集。
収録作は以下。

・「主よ、われを憐れみたまえ」
・一九一六年十月十二日火曜日
・アンチクリストの誕生
・月は笑う
・霰(さん)弾亭
・ボタンを押すだけで
・夜のない日
・ある兵士との会話

さらに、ゆきとどいた訳者あとがきと、皆川博子による解説。

世界のあちこちを舞台にし、時代もいろいろ。
奇妙な発想にもとづいた密度の高い物語が、一気呵成に語られる。

物語は結末にいたるまでに、さまざまな可能性があるはず。
でも、本書の諸作品はほかの可能性を感じさせない。
どうしてもこうなってしまう――という感じが強い。
登場人物は、さだめられた運命を演じる人形のよう。
この点、久生十蘭や、スタンダール、ツヴァイクの諸作品を思い起こさせる。
また、奇想にもとづいた小品は、同じちくま文庫の「わが夢の女」に収録された作品のようだ。

「主よ、われを憐れみたまえ」
ロシア内乱時代。
ロシア秘密警察(チェーカー)に捕えられたヴォローシンが、いとま乞いを許され、妻子のもとへもどり、再び出頭して、いわれたとおり暗号を解読する。
「走れメロス」のような題材だけれど、どうしてもそうはならない。

「一九一六年十月十二日火曜日」
1916年10月、ロシア軍の捕虜になった予備役伍長ゲオルグ・ピヒラーは、同じ新聞を何度も読んだあげく、事件や人物をすっかりおぼえこんでしまう。
そして、記事にしるされた人物たちを、大河小説の登場人物たちのように、たがいに知りあい同士だと思いこむようになる。

「アンチクリストの誕生」
本書でもっとも長い、中編サイズの作品。
1742年ごろのパレルモが舞台。
流れ者の靴職人と結婚した女房とのあいだに、アンチクリストが誕生する。
靴職人は悩んだあげく、この赤ん坊を殺そうとするが――。

要約すると上記のような感じだけれど、読んでいるときの印象はそうではない。
靴職人には秘密があり、女房にも秘密がある。
前半は、過去の秘密に悩まされたり、秘密が明かされたりする記述が続き、物語の焦点がどこにあるのかいまひとつわからない。
これも、いわゆる奇想作家に特徴的な作風といえるだろうか。

「月は笑う」
先祖代々、月に呪われ続けてきたサラザン男爵の話。

「霰(さん)弾亭」
「アンチクリストの誕生」に次ぐ長さの作品。
〈わたし〉の1人称。
舞台はプラハ。
霰弾亭で酒豪を誇るフワステク曹長が、決別していた過去――いまは中尉夫人となった女性――と出くわし、致命的な一撃を受けたことを、〈わたし〉が語る。

「ボタンを押すだけで」
1人称による語りもの。
宮廷顧問官の娘を女房にもらったアラダーは、教養を高めるために、講演を聴いたり、芝居をみたり。
あるとき、降霊会に参加したアラダーは、だれかの霊を呼ぶことをもとめられ、まだ存命中の、女房の友人であるケレティ博士の名前を霊媒に告げる。
「月は笑う」同様、寝取られ男もの。

「夜のない日」
舞台はウィーン。
レストランでのいさかいが元で決闘するはめになったデュルヴァルは、決闘までのあいだの時間を、寸暇を惜しんで数学の研究についやす。
ガロアをモデルとした一篇。
久生十蘭が書きそうな話だ。

「ある兵士との会話」
1人称による小品。
旅行先のバルセロナで、〈わたし〉は口のきけない若いスペイン兵士と身ぶり手ぶりによる会話を楽しみ、くつろいだ気分になるものの、ある出来事が起こり、それに対する怒りと悲しみのため、兵士から〈ことば〉が失われてしまうのを目撃する。

小品が、読んでいて楽しい。
どの話もアイロニカルな味わいがある。
登場人物たちは自身になにが課せられているのかを知らないまま、運命に翻弄される。
きっと、運命というのは、皮肉の別名なのだろう。


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