世界短編傑作集2

「世界短編傑作集2」(江戸川乱歩編 東京創元社 1961)

創元推理文庫の一冊。
読んでいるのは、たまたま手元にある初版で、もうぼろぼろもいいところなのだけれど、造本は堅牢で壊れる気配がない。
製本は鈴木製本所。
最近の、驚くべき壊れやすさの本とくらべると、昔の仕事はたいしたものだなあと思ってしまう。

さて、収録作は9編。

「赤い絹の肩かけ」モーリス・ルブラン 井上勇訳
「奇妙な跡」バルドイン・グロルラー 阿部主計訳
「ズームドルフ事件」M・D・ポースト 宇野利泰訳
「オスカー・ブロズキー事件」R・オースチン・フリーマン 井上勇訳
「ギルバート・マレル卿の絵」V・L・ホワイトチャーチ 中村能三訳
「好打」E・C・ベントリー 井上勇訳
「ブルックベント荘の悲劇」アーネスト・ブラマ 井上勇訳
「急行列車内の謎」F・W・クロフツ 橋本福夫訳
「窓のふくろう」G・D・H&M・I・コール 井上勇訳

訳者では、井上勇さんが大活躍されている。
面白かったのは以下。

「赤い絹の肩かけ」モーリス・ルブラン 井上勇訳
朝、家をでたガニマール警部は、いかにも怪しい通行人を目撃。
あとをつけてみると、あらわれたのはリュパン。
じつは、いままでのことはガニマール警部をおびきだすための芝居。
リュパンは、さまざまな証拠品とともに、昨夜起こった殺人事件ついて語りだし、「この事件をきみに贈呈する」という。
「ぼくはこの肩かけのきれはしだけもらっておく。肩かけを復元したいときは残りを持参したまえ」とも。
ガニマール警部は、ちくしょうと思いつつも、リュパンの推理の裏づけ捜査をはじめるが…。

ルパン物の一編。
リアリティという点では、こころもとないけれど、ルパン物は他愛ない面白さに満ちている。
最後までわくわくしながら読むことができた。

「オスカー・ブロズキー事件」R・オースチン・フリーマン 井上勇訳
科学者探偵、ソーンダイク博士物の一編。
倒叙形式。

陽気で思慮分別に富んだサイラス・ヒクラーは、泥棒で生計を立てている人物。
いつもひとりで仕事をし、もうけは不動産に投資。
ある日、ひとりの男が道をたずねてくる。
サイラスはその男をひと目でブロズキーだと認める。
ブロズキーは名高いダイヤモンド商人で、原石のストックができるとそれを自分でアムステルダムまでもっていき、自分で監督してカットさせる。
いまも、原石をもっているにちがいない。
サイラスはブロズキーを鉄棒で殴って殺し、原石を奪う。


死体は線路にはこび、列車にひかせる。
大騒ぎの駅構内には、博士とよばれる背の高い男がいる。
ここでソーンダイク博士が登場。
同時に章が変わり、第2章へ。

いままでは3人称だったけれど、章がかわったここからは、ソーンダイク博士と同行した医師の談話という形式で、ソーンダイク博士の捜査が語られる。

もともと倒叙形式はそう好きではないし、科学的捜査というのも細ごましていて面倒そうだと、ソーンダイク博士物はこれまで敬遠してきたのだけれど、これは面白かった。
とにかく緊迫感がある。
サイラスがブロズキーを殺すところもそうだし、サイラスが残した証拠を、博士が地道にあつめていく作業もそう。
やっぱり、自分で読んでみなければわからないものだ。

「巧打」E・C・ベントリー 井上勇訳
トレント物の短篇。
ゴルフ場が舞台。

第2ホールのフェアウェーで倒れているところを発見されたアーサー・フリア。
死因がなにかはよくわからず。
落雷か、なにかの爆発のようなものがあったよう。
トレントは関係者に話を聞き、アーサー・フリアの人間関係と、使用された凶器を推理する。

この短篇、完成度が高いとはいえないと思う。
落雷と爆発は、それほどまちがえやすいものだろうか。
使用された凶器は、そう簡単につくれるものだろうか。
ましてや、その凶器を特定の場所で被害者がつかわなければ、ことは成就しないというのは、あまりにも危険が大きすぎるのではないか。
それに、凶器についてトレントしか気づかないというのは、いかにも無理がある。

にもかかわらず、この作品が気に入ったのは、最後の会話のため。
殺されたアーサー・フリアは、好人物とはとてもいえない人間だった。
トレントと犯人は、たがいに真相を知りつつ、犯人の犯行への苦心とその心境についてことばをかわす。
こういう腹芸的場面に弱いのだ。

解説はいつものとおり中島河太郎さん。
収録作発表当時の状況をひとことでみごとにあらわしているので、最後に引用しておこう。

「(当時の作品は)人情の機微をついたものより、科学的な犯罪工作に工夫をこらしたものが多かった。意外性が重視されればされるほど作者は難解な謎を用意し、それを合理的に説明するために、専門知識をもちこまねばならぬようになって、読者の敗北感はすっきりしなくなってきた。そのため、本格的な謎解き短篇はだんだん袋小路にはいってしまうのである」



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