現代日本のユーモア文学 3

「現代日本のユーモア文学 3」(立風書房 1980)

編集は吉行淳之介・丸谷才一・開高健。
装丁、山藤章二。

収録作は以下。

「ロマネスク」「親友交歓」太宰治
「人魚」「数へうた」堀口大學
「思想と無思想の間」丸谷才一
「やぶれかぶれのオロ氏」「最高級有機質肥料」筒井康隆
「初春夢の宝船」「扮装する男」遠藤周作
「種貸さん」田辺聖子
「甲子夜話の忍者」山田風太郎
「西遊記の一節」佐藤惣之助
「たばこ娘」源氏鶏太
「尋三の春」木山捷平
「鮠の子」室生犀星

3巻は粒ぞろい。
どれもこれも面白い。
なかでも面白かったものを簡単に紹介していきたい。

「ロマネスク」太宰治
ひとを食ったような創作説話3編をたばにしたもの。
仙術太郎、喧嘩次郎兵衛、嘘の三郎という、運に見放されたような3人の半生が語られる。
太宰治の文章は調子がよくて、するする読める。

近代の文学者たちが説話の手法をとり入れなかったら、その仕事は荒地のような惨状だったのではないか。
これは説話好きの思い入れかもしれないけれど。

「最高級有機質肥料」筒井康隆
総統の娘と結婚できるということで、惑星国家ミトラヴァルナに大使としておもむいた〈私〉。
その惑星は、すべての大使がとんで帰ってきたという、いわくつきの惑星だった。
ミトラヴァルナ人は植物から進化した生物で、〈私〉は非常な歓待をうける。
が、翌日〈私〉の排泄物を頂戴したというミトラヴァルナ人から、それがどれほど美味だったかえんえんと聞かされるはめにおちいる。

スカトロジックな一編。
この描写力はさすがと思わせられるけれど、あまり思い出したくない。
ラスト、〈私〉は地球の病院に収容されている。
総統の娘が見舞いにきても、最高級有機質肥料製造機がやってきたと感じるだけ。

「初春夢の宝船」遠藤周作
ミクロの決死圏が実現化された未来。
山里凡太郎は、肺がんを削除すべく、医師らとともに潜水艇に乗りこみ、あこがれの女性の体内へおもむく。
手術は成功したものの、祝杯が効きすぎ、帰り道をまちがえて肛門のほうへ。
大変な苦労ののち脱出する。

「最高級有機肥料」のつぎに並べられているのがこの作品。
「最高級…」と同テーマではあるのだけれど、ラストがちがっている。
脱出した山里凡太郎は、あこがれの女性を相変わらず美しいと思い、幻滅したりしないのだ。
個人的には、〈私〉より山里のほうが幸せでいいなあ。

編集者たちは、このふたつの作品を並べることに喜びをおぼえたにちがいない。

「種貸さん」田辺聖子
早く子どもがほしいと思っている里枝。
最初の夫は交通事故でなくなった。
再婚相手は、これも再婚である夫の他市。
他市には別れた妻とのあいだに娘がいて、ときどき訪ねてくる。
里枝は娘をかわいがりたいのだけれど、娘は里枝になつかない。
夫と娘、それに姑は、いつも3人固まって、陰気で頼りないくせに気むずかしい。
3人が温泉にでかけたさい、里枝は住吉大社の種貸さんを訪れる…。

愚痴っぽい小説だけれど、そう感じさせない。
とにかくうまい。
小説と聞いてイメージする最大公約数的なものがここにある気がする。

「甲子夜話の忍者」山田風太郎
忍術書をめぐるエッセー風の出だし。
忍術書の集大成、「万川集海」は、寛政年間、衰亡に瀕していた甲賀流の末裔が、忍術と生活双方の保護を幕府に訴えるために作成したものだと作者。
書いたものは当人も信じていなかったにちがいない。
原稿料のために忍術小説を書いた身として、作者は大いに同情する。

と、ここまでが前置き。
話は、松浦静山の「甲子夜話」にでてくる忍者の話へ。
作者は、忍者の子孫が静山のまえで術を披露する話を小説仕立てで紹介する。

と、思ったら、「どういうわけかこの話は、いま流布されている「甲子夜話」には載っていない」と、最後の一行でひっくり返す。

エッセーから小説へ、どこでどう変わったのかわからず狐につままれたような気分になる。
まさに忍術を目の当たりにしたような一篇。

「たばこ娘」源氏鶏太
戦後まもないころが舞台。
〈私〉はタバコ中毒で、いつもツユという娘からタバコを買っている。
ツユから買うのは、それがただ単に安いから。
ところが、ツユのほうは〈私〉にべつの気持ちをもっている。
〈私〉がタバコを10個ほしいというと、ツユは断る。
「十個もいっぺんに買うたら、兄さん、無茶のみするにきまっとる。それよりなア、うちやっぱり、兄さんから毎日買うてほしい」
その後ふたりは阪急で会う約束をするのだが…。

ラストは安直。
でも、主人公のタバコにかける情熱と懊悩、その過剰さがとても面白く記憶に残る。

「尋三の春」木山捷平
作者が小学3年生のとき、若い男の先生が赴任してきた、その回想記。
この面白さは要約ではつたわらない。
なんでもないことが、みずみずしくえがかれている。
結論めいたことはなにも書かないのに忘れがたい。
こういうのを名作というのだろう。

「数へうた」堀口大學
これも面白かったので、最後に引用しよう。
「最後の一聯は佐藤春夫君が追加してくれた、おかげで大そう立派になった」
と註がついている。

「うそを数えて
 ほんまどす

 めくらを数えて
 あんまどす

 ととを数えて
 さんまどす

 とんぼを数えて
 やんまどす

 まぬけを数えて
 とんまどす

 くとうを数えて
 コンマどす

 したを数えて
 エンマどす」

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