時間エージェント

「時間エージェント」(小松左京 新潮社 1975)

カバー、下川勝。
解説、星新一。
新潮文庫の一冊。
短編集、収録作は以下。

「四次元トイレ」
「辺境の寝床」
「米金闘争」
「なまぬるい国へやって来たスパイ」
「売主婦禁止法」
「時間エージェント」
「愛の空間」

「時間エージェント」はタイムパトロールの連作もので、8話収録。

「第1話 原人密輸作戦」
「第2話 一つ目小僧」
「第3話 幼児誘拐作戦」
「第4話 タイムトラブル」
「第5話 地図を捜せ」
「第6話 幻のTOKYO CITY」
「第7話 ジンギス汗の罰」
「第8話 邪馬台国騒動」

小松左京さんの短篇の特徴に、冒頭の主人公をすっかりおいてけぼりにして、社会的なアクションとリアクションを積み上げ、大論説を張るというものがあるように思う。

解説の星新一さんにいわせれば、
「私の作風はどちらかというと閉鎖的で自己の小宇宙を作りあげたがる傾向を示しているが、彼のは逆に開放的で、周囲の殻をぶちこわし、とめどなく広がる傾向を持っているのである」

本書では、「米金闘争」「売主婦禁止法」「愛の空間」がそのたぐい。

「米金闘争」は、三文作家が細君から「予定納税」について聞かされ、逆上するという話。
作家は税金の起源についてしらべ、いよいよ腹を立てて納税を拒否。
税務署員と執行吏が差し押さえにくると、社会科の勉強になると子供のクラス全員をよび、万国旗や花火で盛大にお出迎え。

その後、山奥の過疎地の水田を二束三文で買いとり、農家の届けをだし、補助金は高利でまわす。
コメは買って、政府に売り、逆ザヤをもうける。
業界関係のいいところにのし上がり、生産者米価を上げろと運動。
ついに公務員の給料はコメで支払われることになり、アジア経済圏ではコメ本位が樹立…。

縦横無尽の博識によるほら話。
小松左京さんの面目が躍如としている。

「時間エージェント」は、「007シリーズ」の形式を借りたタイムパトロールもの。
主人公〈ぼく〉の1人称。
失業していたぼくは、ひょんなことから「時間管理局20世紀日本東京支部」に採用されてしまう。
所長はマリという美人。
それから、各支部を統括している、“彼”とだけ呼ばれる老紳士。
ぼくはマリといちゃいちゃしながら、“彼”からの任務を遂行する。

小松さんの博識と饒舌を生かすのに、この形式はふさわしい。
とくに、毎回趣向を変えているのには感心する。
“彼”から指示がくるときもあれば、ぼくが気絶から目覚めるというスリリングな発端もある。
不動産売買をめぐる未来の地図の話もあれば、詭計によって第三次大戦を回避する話もある。

タイムパトロールものというと、ほんとうの歴史はこうだったというようなストーリーが多いような気がするけれど、それは「第7話 ジンギス汗の罰」の1作のみだ。

また、描写も堂に入ったもの。
江戸時代を舞台にした、「第2話 一つ目小僧」での、吉原からの帰り道の描写はこう。

「入谷田圃――といっても、わかるまい。現在は、あの浅草六区の映画館の立ち並ぶあたりから、四区、五区のあたりが、そのときはまだ、一面の田圃で、張ったばかりの水に月が映え、気の早い蛙が鳴きかけていた」

また、江戸時代にいったさいのマリのスタイル。

「所長は黄八丈をスラリと着こなし,黒繻子の帯に素足に塗り下駄、髪は櫛巻きで、珊瑚玉の簪(かんざし)をさした水茶屋スタイル」

この描写が妥当かどうか、判断できる知識はこちらにはないのだけれど、まったく、見てきたようなことを書く。

6話でマリがいなくなってからドタバタ調が強まり、8話で終わってしまったのはいかにも残念。
それでも、充分に楽しめた。

最後に、「愛の空間」にふれよう。
これは、すごくへんてこな話なのだ。

仕事帰りの帰り道、彼は路上のもやもやしたものに出会う。
そいつのなかを通り抜けると、風景が一変し、なにもかもが性的な様相を呈すことに。
しかも、そいつは増殖し、ついには地球全土をおおう「空間」となる。
……

類話が思いうかばない。
世界中、どの言語でもこんな話は書かれたことがないんじゃないだろうかと思うほど。
もし、「世界へんてこ小説アンソロジー」なる企画があったら、ぜひとも入れてほしい奇想小説だ。


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )