MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

失われたアイデンティティー

2009-08-18 19:44:20 | 健康・病気

頭に打球を受けたドジャースの黒田投手、
心配したが軽症で済んで安心した
(早くカープに帰っておいで)。
さて、
外傷による脳の損傷に、びまん性脳損傷という概念がある。
出血や挫傷など脳の局所的な病変が顕著でないにも
かかわらず、
意識障害が重篤であったり、手足の強い麻痺が見られたり、
あるいは高次脳機能の障害が見られ、
CTやMRIなどで認められる所見以上に
脳の広範な損傷が推測される場合、
びまん性脳損傷の可能性を考慮する。
びまん性脳損傷の最も軽症型は脳震盪であるが、
意識障害が6時間以上続くような重篤な例を
“びまん性軸索損傷”という。
軸索とは神経線維のことである。
大脳の神経細胞と
そこから伸びる神経線維(軸索)の位置関係を見ると、
相対的に重量のある神経細胞は大脳の表面近く(皮質)に
密集しており、これにつながる神経線維は
脳幹や大脳基底核など脳の深部に向かっている。
もし、バイク事故などで頭部に強い衝撃を受けた場合、
ヘルメットを着用していたおかげで脳挫傷や出血などの
脳への直撃的損傷は免れたとしても、
頭部の正面からではなく左半分とか右半分とかに
衝撃を受けると、脳に回転性のエネルギーが
加わることになる。
これにより大脳表面(大脳皮質)に存在する神経細胞に遠心力が
働いて、深部で固定されている神経線維が途中で
寸断されてしまうのである。
この神経線維の寸断が広範囲におよぶと、
意識や運動機能だけでなく
言語、記憶のほか様々な認知機能にも障害を来たす可能性がある。
血腫を取り除けば症状が期待できる局所的な病変とは異なり、
このような重篤な“びまん性”の脳損傷に対する
有効な治療手段はほんどない。
脳自体が持つ回復力、すなわち脳の可塑性に
期待するしかないのだが、
それにはリハビリテーションへの本人の努力と
周囲の人たちの協力が不可欠だ。
脳の自己再生能力はきわめて乏しい、しかし、
時に驚くべき回復力が見られることがある。
本稿では、
障害の残った人(ここでは、自我認識の障害が残った人)
に対して
周囲の人たちがどのように関わってゆくべきか。
その点を強調した力のこもった記事を紹介する。
8月9日付 New York Times 電子版
なお、訳したあとで、プロ?の翻訳家 SHIN さんが
ご自身のブログで訳されていたのを発見!
さすがな邦訳なので、こちらの方が読みやすいかも (涙)。
ご参照いただきたい↓。
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-08-11

After Injury, Fighting to Regain a Sense of Self 外傷後、自我を取り戻すための戦い

Adamlepak

脳に損傷を負った19才の Adam Lepak は理学療法と記憶訓練漬けの毎日だ

 Adam Lepak は母親の方を見て言った。「あんたは偽者だ」
 7月下旬のある火曜日のことだ。Cindy Lepak さんは、自分の19才の息子が疲れ切っているのがわかった。私はオートバイ事故で頭を打ち、新しいことを覚えることが困難となった、私がオートバイ事故をしたためだ…何時間もの理学療法や記憶の訓練に明け暮れる大変な毎日がしばしば彼にそういった自責の念を抱かせた。
 「Adam、偽者ってどういう意味?」と彼女は言う。
 彼は顔を背けて言った。「あんたは自分の本当の母親ではない」彼の声が変わった。「Cindy Lepak さん、あんたのことを気の毒に思うよ。あんたはこの世界に生きているけど、現実の世界にゃ住んでいない」
 精神病患者に、最も近縁な関係に深く懐疑的になり、しばしば、彼らを愛し、世話をしてくれる人たちから関係を断とうとする人が少数存在することは、ほぼ100年前から医師たちの間では知られている。配偶者が偽者である、成長した自分の子供が影武者である、介護人、友人、さらには自分のすべての家族が見せかけで、そっくりの偽者であると主張することもある。
 そういった誤った妄想はしばしば統合失調症の症状にみられる。しかしこの10年余りの間で、統合失調症ではないが、認知症、脳手術、外傷による頭部への衝撃などの神経学的な障害を抱える数百人に同様の妄想が見られていることを研究者たちは記録している。
 脳科学者の少人数のグループが今、脳科学におけるもっとも複雑な問題の一つ、自己認識 (identity) への手掛かりとして、誤認症候群 (misidentification syndromes) を研究している。前述の妄想はそう呼ばれているのだ。脳はどの部位でどのようにして“自我”を維持しているのだろうか?
 研究者たちが明らかにしたことは、脳には“自己認識の領域 (identity spot)” は単一の部位としては存在しないということである。代わりに脳は幾つかの異なる神経領域を使っており、それらは密接に機能し、自己と他者の認識を維持したり更新したりしている。自己認識を形成する機序を知ることは、人が認知症の進行に際してどのようにして彼らの自己認識を保とうとしているのか、また、Adam のように、脳損傷と戦うとき、時に人は自己認識をどのようにして取り戻すことができるのかについてを医師たちが理解する助けとなるだろう。
 「1987年当時、このような最初のケースを報告したとき、大して興味を示した人はいませんでした。ただ珍しいケースというだけでした」と、Albert Einstein College of Medicine と Beth Israel Medical Center で神経学と精神医学を担当している Todd E Feinberg 博士は言う。ちょうど彼はこの話題に関する本、『軸索から自己認識へ (From Axons to Identity)』(Axons とは神経線維のこと)を出版したばかりだ。
 「今では、このようなケースに爆発的な興味が向けられています」と、Feinberg 医師は言う。「自我、あるいは自己認識の神経生物学、さらには人間であることが意味すること、そういった問題にこれらのケースが関係しているからです」

Who is That? あれは誰?
 「Adam、あれは誰?」つい先日の午前中、Mike という名の理学療法士は、姿見の前でこの若い男性の痩せた身体を支えながらそう尋ねた。反対側からは一人の看護師が彼を支えていた。「あそこに誰が見える?」
 「Mike」
 「正解」と看護師の Pat Taisey 氏は言った。彼女は Lepak 夫妻が仕事で留守の時、ほぼ毎日自宅で彼と過ごしている。「だけど、鏡の中に誰か別の人は見えない?Adam」
「あんただ、Pat」
「正解、で、他にも誰かいない?」と彼女は言った。
 自信のなさそうな微笑で Adam は顔に皺を寄せた。
 2年前なら、答えるのは簡単な質問だったろう。彼はガールフレンドのいる大学1年生だった。仲の良いグループにも入っていた。ベジタリアンであり、健康マニアで Syracuse 地区のストレート・エッジな(ドラッグ、アルコール、乱れたセックスをやらない)バンド、Sacred Pledge のドラマーだった。
 Weedsport の高校を卒業すると、彼はヴァンに乗り込みバンド仲間と一緒に国中を回り、クラブやパーティで演奏し、公共施設で寝泊まりし、ごみ箱から食べ物をあさり、カリフォルニアではビーチで寝た。
 「私は喜んで彼を行かせました」と、Lepak 夫人は言う。「しかしそのような生活は自分に合っていないと考えたのでしょう」。彼は近くのニューヨーク州 Auburnにある Cayuga Community College に入学した。
 2007年10月、彼は授業に遅れそうになり、ホンダのインターセプター・バイクに乗って Weedsport Sennett Road の少し上りとなっている坂を飛ばしていた。と、その時、向きを変えるために彼の走る車線に停止している車に気付いた―すでに手遅れだった。彼はとっさにその車を避けた。ヘルメットを被ってはいたが、バイクは転倒し、彼はアスファルト上に激しく叩きつけられた。その後、言葉を発することなく、ほとんど動くこともない植物状態に近い状態が6ヶ月間続いた。
 診断はびまん性軸索損傷 (diffuse axonal injury) だった。「教科書的な定義としては、要約すれば、意識を保つのに重要な神経線維の束が切断されるほどの損傷を言います」と、Adam の緩やかな回復を見てきたニュージャージー州 West Orange の Kessler Institute for Rehabilitation の神経内科医 Jonathan Fellus 医師は言う。「それはまるで、主要な高速道路が打撃を受けたかのようであり、そうなると脳が機能するためには裏道を使わなくてはならなくなります。ただ、回復には個々の脳で異なる反応を見せます。予測をするのは不可能と考えます」
 脳が個人認識に関連する情報を処理する際の脳のイメージを捉えてきた研究者たちは、脳の数ヶ所が特異的に活性化していることに注目している。大脳皮質正中構造と呼ばれる部位は、額の近くの前頭葉から脳の中心へ向けてりんごの芯のように走行している。

Areasofidendity

認識の領域:認識の妄想の多くで前頭葉と側頭葉内側部が障害されていることが多いと主張する科学者たちがいる。人が自分自身について考えるとき、正中領域の皮質が活動する。

 これら前頭葉正中領域は、記憶や情動を処理する脳の領域、すなわち両耳の深部に存在する側頭葉内側部と連絡している。そして、認識の妄想では、これらの情動の中枢がうまく前頭葉正中領域と繋がっていないか、あるいは十分な情報が伝えられていないことがこれまでの研究によって示唆されている。母親はまさしく母親のように見え、声も聞こえている、しかし彼女の存在の感覚が失われている。彼女の存在がどういうわけか現実ではないように見えるのである。
 古典的な認識妄想は、フランス人精神学者 Jean Marie Joseph Capgras 博士の名にちなんで Capgras 症候群と呼ばれている。1923年、彼はJean Reboul-Lachaux 博士と共に、夫や娘など最も近しい人たちであっても、身近な人間のすべてを、多くの様々なにせものと思いこんでいた53才の患者のケースを報告した。
 雑誌 Neurology の1月号に報告された同様の症例の解析で、New York University の神経学者 Orrin Devinsky 博士は、妄想を持つ人たちは概して左半球より右半球の損傷が多いと述べている。線形推論や言語は主に左脳の機能となっている傾向がある一方、抑揚や強調などについての全体的判断は右脳で多く処理される傾向にある。右脳が損傷された人が両親や愛する人と一緒にいながら親密な情動的な気持ちに欠ける場合、右脳によるチェックがないまま左脳はそういった葛藤をカテゴリー的論理によって解決しようとする。その場合、対象者を替え玉として処理してしまうしかないのである。
 「さらに、もし、現実をチェックし何が正しく何が間違っているかを判断する皮質領域に別の損傷があった場合、その誤りを修正することができなくなります」と Devinsky 博士は言う。
 調子の良い日であれば、理学療法を行っていたあの日の朝のように、Adam の情動中枢は脳の機能的回路にうまく接続しているようにみえることもあった。鏡を見つめながら、彼の微笑みは確信のない様子からいたずらっぽいものへと変わり、質問に答えるのである。
 「僕だよね?」と、彼は言った。

Brother, Friend and Son 兄弟、友人そして息子
 交通事故の後、Adam の弟 Nick はできるかぎりの援助を行った。援助の方法は、以前と同じように兄弟として接することに尽きる、と専門家は言う。Nick は全力で当たった。
 「ある日、彼を台所の床に横にさせて、彼の頭の上でアイスキューブを持って額に滴が落ちるようにしました。中国の水責めの拷問のような感じで」と Nick は言った。「彼は狂ったように怒りました。でも、そのあとはすばらしい一日になったんです」
 損傷を受けた脳において、どのような治療や訓練によって一貫性のある認識が温存され、再建されるのか、すなわち、神経の裏道の舗装が行われるのかはわかっていない。しかし脳にはそれが可能であると、神経科学者たちの間で広く意見は一致している。脳には“可塑性”が備わっていることが最近の研究で示されている。損傷を受けなかった領域が近傍の健全な脳組織を利用して、損傷部を迂回することで失われた機能を代償することが可能となる。
 しかし、それは努力なくしては起こらないようにみえる。信号経路を裏道に切り替えるためには、ある程度のデータ量が脳に必要となる、と科学者たちは言う。脳に対して、活動的であること、問題解決を続けること、あるいは社会的期待に応えることなどが求められる。
 重傷の脳損傷から回復した人にとっては、彼らが失ってしまっている馴染み深い社会的環境と接触し刺激を受けることに期待があることが最近のいくつかの実験で示されている。New York の神経科学者は、2005年の脳イメージの研究で、時々しか命令に応ずることのできなかった二人の重傷頭部外傷患者の脳で、愛する人の声によって広範囲にわたって神経回路が活性化したことを確認した。昨年、スペインの神経科学者のチームはこの所見を追認している。
 認知症の研究では、相当高齢になるまで頭脳明晰でありながらアルツハイマー病に冒されていたような脳を持っていた人たちがいることを発見している。彼らの多くは、彼らに精神的な要求をする友人たちとの通常のカードゲームや議論を行いながら最後まで社交的であり続けている。
 何も話さないまま横になっていた New Jersey、Kessler での最初の6ヶ月間、Adam は多くの聞き慣れた声を聞いた。母親は毎日、彼のそばにいた。父親は毎週末、ニューヨークから4時間かけて車でやってきた。ガールフレンドの Sarah Huey は2週間に一回、週末に自分の母親と訪れた。友人たちもグループでやってきた。やがて彼は質問や命令に反応して親指を動かし始めた。それは、わずかでも意識の回復過程に入ったことを示す確かな徴候だった。そういった状態は完全に覚醒した意識状態まで回復するのに必須の移行期である。「最初は大変つらかったです」と、父親の Mike Lepak さんは言う。「彼の脳になんとかして活を入れることができたらと誰もが思ったでしょう」
 自宅では、彼は別の種類の親密さを経験した。そのころには不安定ながら歩行し、短い文で話し始めていた。母親は在宅で彼の世話をするという大変な作業を大いにこなしていた。記憶の訓練を行い、絶えず声かけをし、昼間の介護者を雇い、保険者と交渉を行った。Lepak 夫妻は民間保険と州および連邦の助成を組み合わせてやってきた。父親は Adam が移動しやすいように自宅に小さな別棟を建てた。彼はまだ大部分を車椅子上で過ごしているのだ。
 しかし、彼の生活にかかわる人たちはできる限り彼を Adam として扱い始めていた。「彼は私に色々してくれたけれども、今、以前に戻るよい機会なのだと思っています」と Nick は言う。「彼は私の兄なのですから」
 彼の友人たちもしばしば立ち寄ってくれ、彼を昼食に連れ出し彼を大笑いさせた。
 つい先日の午後、ダイニング・ルームのテーブルを囲みながら彼ら8人は事故の前の何年間かの話をした。話題の中心人物は最初無愛想に見えた。しかし、いくつかの懐かしい話を聞くと彼は心を動かした。地方のコーヒーショップから固くなったドーナツの袋を盗んで、それをタクシーめがけて投げつけた話だ。ちょうどその時、彼が絶妙のタイミングで爆竹を鳴らすと友人の一人が椅子から転げ落ちた。話が進むたびに笑いが大きくなっていった。Adam は笑顔を見せ、そしてしばらくすると一団は静かになった。
 「Adam、君には話はあるかい?」と、友人の一人 Sean Steinbacher は言う。
 「やあ、遠慮せずに話せよ」と別の一人 Shane DiRisio が言う。彼はふざけているのではない。「Adam、どうかしたかい?話題がないのかい?」
 彼には話題はなかったが、意見は持っていた。親しみをもって彼らを見た。「どいつもこいつも」笑顔で彼は言った。「最低だ」

Starting Over 再出発
 Albert Einstein のFeinberg 博士は認識妄想を、すなわち大部分のそのような患者が苦しんでいる右前頭葉の損傷の結果としての原始的な心理的防衛とみている。そのような心理的防衛には、機能障害の否定、他者への障害の投射、あるいは毎日の生活がどこか非現実であってほしいという幻想が含まれる。
 「これらは3才から8才の子供にみられる防衛機序です」と、Feinberg 博士は言う。「しかし、これらの防衛が積極的順応であることを理解することが重要です。脳は生き残るために戦っているのです」
 それらの防衛を阻止することができ、すべての人たちがそういった防衛姿勢を共有しているわけではないことを理解することができるようになることが、脳の前頭領域が再びネットワークに戻ってきていることの証拠なのだ、と彼は言う。
 この数週間、Adam の妄想は徐々に少なくなってきている。7月、障害のある人たちに乗馬の機会を提供するニューヨーク州 Grotonの牧場までの一時間のドライブ中、Adam の心はわくわくしていた。「ママ」と、彼は繰り返し尋ねた。「僕に何が起こったの?」
 「Ad、教えてちょうだい」と、ある時点で母親は言った。「つい一分前にあなたは言ったばかりよ。あなたは何が起こったか知ってるのよ。あなたはわかってるのよ」
 「話したくないんだ」と、彼は言った。
 「なぜなの?」
 「僕がまともじゃないって思われそうだからさ」と、彼は言った。
 「そんなこと思わないわ。話してごらんなさい」
 「いやだ」と、Adam Lepak は言った。そして物思いにふけっているように窓の外をしばらく眺めた。
 「ママ?」窓の外を見つめたまま言った。
 「なに、Ad」
 「僕はバイク事故に遭ったみたいだ」

彼はこれからもこの困難な障害を抱えて生きてゆくのだろう。
典型的な誤認症候群の患者さんを MrK は見たことはないが、
本人はもちろん、こと家族には
相当に辛い症状であると想像される。
愛する家族の一人だから介護をしてあげたいと思っても
偽者と思われてしまうのだから…
びまん性脳損傷では、この誤認症候群のほか
様々な高次脳機能障害で苦しんでいる人たちがいる。
そういった人たちにどういう姿勢で接するべきなのか。
脳の回復力を信じて、決してあきらめず、
地道な援助を継続してゆくことこそ重要なのであろう。

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